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不整脈科

対象疾患・治療法
先天性QT延長症候群

先天性QT延長症候群

QT延長症候群(LQTS)は、心電図上のQT時間延長とT波の形態変化を特徴とし、ときにTorsade de Pointes(TdP)と称されるQRSの極性と振幅が心拍ごとに刻々と変化する多形性心室頻拍を認め、失神や心臓突然死の原因となる症候群である(図1)。


図1. 先天性QT延長症候群の12誘導心電図(A)と多形性心室頻拍(Torsades de Pointes)

図1.先天性QT延長症候群の12誘導心電図(A)と多形性心室頻拍(Torsades de Pointes)

1. QT延長症候群の原因遺伝子

LQTSは先天性と後天性(二次性)に大別され、先天性QT延長症候群は常染色体優性遺伝のRomano-ward症候群(LQT1~15)と、常染色体劣性遺伝で難聴を伴うJurvell and Lange-Nielsen症候群(JLN1~2)に分けられるが頻度は圧倒的に前者が多く、近年は遺伝子診断が一般的になり遺伝子型で分類されることが多い。また後天性LQTSでも3割近くが遺伝的背景を有すると考えられている。LQTSの原因遺伝子として、現在までに9つの染色体上に15個の遺伝子型が報告されている(表1)。

先天性LQTSの遺伝子診断率は50~70%であり、遺伝子診断される患者の中における各遺伝子型の頻度は、LQT1が40%、LQT2が30~40%、LQT3が10%と3つの遺伝子型で90%以上を占める。


表1:先天性QT延長症候群の原因遺伝子とチャネル機能

表1:先天性QT延長症候群の原因遺伝子とチャネル機能

どのような患者さんに対して遺伝子検査を行うべきか? 2018年の日本循環器学会のガイドラインでは、担当医が積極的にLQTSを疑い場合、あるいは無症状でもQTc時間が500ms(成人)または480ms(小児)以上の場合には遺伝子検査が強く推奨される。


表2. 先天性QT延長症候群に対する遺伝子診断の推奨とエビデンスレベル

表2. 先天性QT延長症候群に対する遺伝子診断の推奨とエビデンスレベル

何故遺伝子変異があるとQT時間が延長し、TdPのような不整脈が発生するのか?多くの場合、心室筋細胞の外向き電流(LQT1:IKs, LQT2: IKr)が減少(loss of function)するか、または内向き電流(LQT3: late INa)が増加(gain of function)することにより活動電位持続時間(APD)が延長し、心電図上のQT時間の延長を呈する。さらに活動電位のプラトー相付近の時間が長くなることから内向きCaチャネルが再活性化し、早期後脱分極(EAD)を生じると不整脈につながると考えられる(図2)。


図2. 心電図QT時間と心筋活動電位持続時間(APD)との関係

図1.心電図QT時間と心筋活動電位持続時間(APD)との関係

2. 遺伝子型別の心事故の誘因と生活指導

LQTのなかでも頻度の多いLQT1、LQT2、LQT3では遺伝子型に特異的な不整脈の誘因が知られている。図3のように、LQT1患者における失神発作、心停止、突然死などの心事故の多くは運動中に(特に持続する運動、マラソン、水泳)に多い。LQT2患者の心事故の多くは、情動ストレス(恐怖や驚愕)、睡眠中の雑音(目覚まし時計など)による覚醒時など、急激に交感神経が緊張する場合、時間帯では朝方に多い。一方、LQT3患者の心事故の多くは、運動とは関連が少なく、むしろ夜間、睡眠中や安静時に多い。

生活指導としてLQT1患者では運動制限は必須である。無症候の場合でも、LQT1型と診断がついた場合には少なくとも競争的スポーツは避けるように指導する。また水泳中の心事故が特徴的であるため、特に未成年者では競泳、潜水などは禁止する必要がある。

LQT2患者でもある程度の運動制限は必要である。またLQT2では妊娠・出産後にQT延長が増悪し、心イベントが発生することがあり、ハイリスク患者においてはβ遮断薬など治療を継続したうえでの妊娠・出産が望ましい。


図3. 先天性LQTSの遺伝子型別・心事故の誘因(厚労科研・清水班「遺伝性不整脈疾患の遺伝子解析と多施設登録研究」より)

図3. 先天性LQTSの遺伝子型別・心事故の誘因(厚労科研・清水班「遺伝性不整脈疾患の遺伝子解析と多施設登録研究

3. 遺伝子型特異的治療

先天性LQTSでは遺伝子型特異的な治療がすでに実践されており、LQT1ではβ遮断薬の有効性が最も高い。補助的抗不整脈薬としては、late Na+電流(INa)遮断作用を有するメキシレチン、Ca2+拮抗薬のベラパミルが、β遮断薬との併用で補助的効果が期待できる。LQT2でも第一選択薬はβ遮断薬であるが、その有効性はLQT1に比べてやや低く、他の抗不整脈薬(メキシレチン、ベラパミル)の併用が必要な場合もある。またLQT2に対してはβ遮断薬のなかでも、特にナドロールが推奨されている。さらに低K血症はQT延長を助長するため、K+製剤やK+保持性利尿薬によって一定水準(>4.0mEq/l)の血清K+値を維持することが望ましい。LQT3ではlate-INaの増大によってQT延長をきたすことから、メキシレチンがQT短縮に有効である。先天性LQTSに対するβ遮断薬の適用について、失神やVT/VFなどの既往があれば当然治療開始すべきであるが、例え無症状の患者であってもQTc時間が470ms以上あれば、内服を推奨すべきと考えられる(表3)。また無症状でQTc<470msでも、性別や遺伝子型によってその適応が考慮されている。

デバイス治療:ペースメーカ治療は、LQT3では徐脈時にQT延長が顕著となるため特に有効であるが、LQT2でもペーシングによる有効性が示唆されている。心停止既往例や薬物治療にもかかわらず再発を認める例では、いずれの遺伝子型でも植込み型除細動器(ICD)の適応となる。一方、無症状でβ遮断薬も試されていない症例に対してICD植え込みは行わない。


表3. 先天性LQTSに対するβ遮断薬の適用

表3. 先天性LQTSに対するβ遮断薬の適用

4. 遺伝子変異部位別の重症度の違い

最近では、各遺伝子型の遺伝子変異部位や変異タイプによる重症度や治療に対する反応性の違いも報告されている。

LQT1型では、国際多施設登録(米国、欧州、日本)のLQT1患者600例において、遺伝子変異部位、変異タイプ、機能異常の臨床重症度に及ぼす影響が検討されている。遺伝子変異部位別では、KCNQ1 遺伝子上の膜貫通領域に変異を有するLQT1患者はC末端領域に変異を有するLQT1患者に比べて心事故発生率が有意に高く(図4)、QT時間も有意に長かった。また、膜貫通領域に変異を有するLQT1患者はC末端領域に変異を有するLQT1患者に比べて、トレッドミル運動負荷に対するQTc時間の延長も顕著であることが報告されている。さらに機能的にdominant negative effectを示すLQT1患者はそれ以外のLQT1患者に比べて、心事故発生率が高いことも報告された。一方、LQT1型における変異タイプの約80%はミスセンス変異であったが、LQT1ミスセンス変異のなかには日本人に特有の場所(Hot-spot)があり、我々はこれまでの1000例のLQT1患者データから一部のHot-spot変異が特にハイリスクであることを証明した。

LQT2型では、KCNH2遺伝子上のpore領域に変異を有する患者では、それ以外の領域に変異を有する患者に比べて心事故の発生率が高いことが報告されている。当センターも参加している国際多施設登録では、変異タイプを含めたLQT2型の重症度評価も行われており、ミスセンス変異ではpore領域に変異を有する患者が最も重症であるが、C末端領域に変異を有する患者では、ミスセンス変異に比べてフレームシフト変異やナンセンス変異などのノンミスセンス変異の方が重症であることも明らかとなった。

LQT3型においても、日本国内、国外多施設登録により遺伝子変異部位による重症度評価が現在進行中である。これらの結果により、遺伝子型にとどまらず、今後は原因遺伝子上の変異部位や変異タイプなどを考慮した治療が行われていくものと考えられる。


図4. LQT1患者におけるKCNQ1遺伝子上の変異部位別の心事故発生率

図4. LQT1患者におけるKCNQ1遺伝子上の変異部位別の心事故発生率

5. 国立循環器病研究センターにおけるLQTSの遺伝子検査について

循環器病のなかでも最も遺伝子検査が診断や予後予測・治療に有用な疾患の一つがLQTSです。従ってLQTSに対する遺伝子検査は保険診療となっています(遺伝子診断料:8000点、遺伝カウンセリング料:1000点)。LQTSでみつかる遺伝子変異のおよそ90%はLQT1~3型であることから、当センターではまずLQT1~3の3つの主要遺伝子を調べます。それでも30%前後の患者で遺伝子型が未定(LQT1~3以外)であるため、次世代シーケンサー(NGS)を用いた最新の解析法を用いて研究しています。今後のNGSを使った遺伝子解析の臨床応用により、網羅的、迅速かつ正確にLQT関連の遺伝子型を診断し治療に貢献できると思われます。また、当センターではこれまでに2000名以上のLQTS患者のデータを蓄積しており、豊富なデータの蓄積をもとに遺伝子型・変異部位ごとの生活指導、治療等の助言をおこなっており、個別治療(Precision Medicine)を実践しています。

最終更新日:2021年10月08日

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