広報活動
糖尿病治療薬glibenclamideの重症脳梗塞治療への有効性を検討 :国際臨床試験CHARM
2024年11月21日
国立研究開発法人国立循環器病研究センター
国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)の豊田一則副院長が国際顧問と国内代表者を務める国際無作為化比較試験The Glibenclamide for Large Hemispheric Infarction Analyzing mRs and Mortality (CHARM)の主解析結果が、英文医学誌「Lancet Neurology」オンライン版に、令和6年11月21日に公表されました。
本研究では、古典的な糖尿病治療薬グリベンクラミドが、サイズの大きな脳梗塞(以下、広汎脳梗塞)での浮腫抑制効果を示すことに着目し、同薬を用いた広汎脳梗塞患者の治療効果を検討しましたが、全体的には有意な治療効果を示せませんでした。しかしながら、再灌流療法の適応となる梗塞のサイズが125mL以下の患者においては、グリベンクラミド投与が偽薬投与よりも有用な可能性が見られました。
註)
再灌流療法: 脳梗塞急性期に行われる血栓溶解薬t-PAの点滴治療ないしカテーテルを用いた血管内治療での血栓回収。
■プレスリリースのポイント
広汎脳梗塞は、脳浮腫を伴って増悪し、死亡や高度障害の原因となります。
糖尿病治療薬グリベンクラミドの静注薬が、脳浮腫の抑制に有用なことが分かってきました。
広汎脳梗塞へのグリベンクラミド投与と偽薬投与の比較試験CHARMを、日本を含む世界21か国で行いました。
主解析結果では、グリベンクラミドの治療効果を示すことは出来ませんでした。
125mL以下の梗塞を有する患者においては、グリベンクラミドの良い治療効果の傾向が見られました。
今後の研究の進展が期待されます。
註)
脳浮腫: 脳梗塞などに伴って起こる、脳への異常な水分貯留による脳の腫れ。
■背景
広汎脳梗塞は脳浮腫を伴い、頭蓋内圧上昇や脳ヘルニアを引き起こして死亡や高度障害の原因となります。このような広汎梗塞に対して、主に救命目的に開頭手術を行うことはありますが、浮腫を軽減できる薬物治療は限られています。
神経細胞などに存在するスルフォニルウレア1-一過性受容体電位メラスタチン4と呼ばれるイオンチャネルが開口すると、脳梗塞後の細胞傷害性浮腫や血液脳関門破綻に関与します。半世紀以上にわたって、脳梗塞の経口治療薬として用いられていたグリベンクラミドを静注で投与することによって、このイオンチャネルが阻害され、浮腫を抑制することが動物実験で示されました。また、少数例の脳梗塞患者への臨床試験GAMES-RPにおいても、広汎脳梗塞患者にグリベンクラミドを静注投与することの安全性が示されました。次いで多数例でグリベンクラミドの治療効果を明らかにするため、CHARM試験を実施しました。
註)
脳ヘルニア: 脳内の圧が高まり、脳の中にある境界や隙間から、脳組織の一部がはみ出す状態。
イオンチャネル: 細胞の生体膜にある膜貫通タンパク質の一種。ここを介して、イオンを透過させる。スルフォニルウレア1-一過性受容体電位メラスタチン4をはじめ、多くの種類のチャネルがある。
細胞傷害性浮腫: 毒物や低酸素状態によって細胞の物質代謝が阻害されて起こる浮腫。
血液脳関門: 脳の毛細血管の内皮細胞が構成する防御壁で、神経細胞に有益な物質と有害な物質を取捨選択して通過させる。
■研究手法と成果
CHARM (ClinicalTrials.gov NCT02864953)は、日本を含む世界21か国143施設が参加した、第Ⅲ相、二重盲検、無作為化、実薬-偽薬比較試験です。18歳から85歳までの発症から10時間以内に試験薬投与が可能な、広汎脳梗塞患者が組み入れられました。「広汎梗塞」の基準として、実測で80~300 mLか、あるいはASPECTSと呼ばれる早期虚血を半定量的に計測する10点満点の尺度(点数が低いほど傷害範囲が広い)で1~5かのいずれかを満たす場合としました。
患者は無作為に、グリベンクラミド(総量8.6 mg)と偽薬のどちらかを72時間かけて静注投与するよう、1:1に振り分けられました。
対象患者のうち70歳以下が688例に達することを目標に、2018年8月より登録を開始しましたが、COVID-19蔓延による登録遅延などを理由とした支援企業の判断によって、2023年5月の535例登録時点で、新規登録を中止しました。今回の研究では、70歳以下の患者431例(グリベンクラミド群217例、偽薬群214例)に対象を絞って治療の有効性を評価しました。
性別は女性が32%/34%(それぞれグリベンクラミド群/偽薬群)、平均年齢58.0歳/58.7歳、アジア人20%/21%、神経学的重症度(42点満点で点が高いほど重症な尺度であるNIH脳卒中スケールの中央値)19/19、静注血栓溶解療法施行率 38%/39%、経皮的血栓回収療法施行率19%/19%でした。
修正ランキンスケール(0~6の7段階の尺度で点が高いほど障害度が高く、6は死亡を示す)を用いた90日後の自立度を、図1に示します。同スケールの分布は、両群間で有意差がありませんでした(オッズ比1.17, 95%信頼区間0.80-1.71)。安全性に関して、何らかの重篤有害事象がグリベンクラミド群の77%、偽薬群の68%に生じましたが、このうち低血糖は各々6%と2%でした。
登録患者の条件をさらに絞って解析を行ったところ、125mL以下の梗塞を有する患者においては、グリベンクラミド群の修正ランキンスケールの分布が、より自立患者が多い傾向を示しました(図2)。
註)
第Ⅲ相試験: 多数の被験者を用いて、試験薬・機器の有効性や安全性を検証する試験。
二重盲検: どちらの治療法(試験薬または偽薬)が被験者に用いられているかを、被験者も試験を実施している者も知らない試験スタイル。客観的に試験を行うための方法。
■今後の展望と課題
今回の研究の主たる結果からは、広汎脳梗塞へのグリベンクラミドによる治療効果は証明できませんでした。また、古典的糖尿病治療薬の宿命的な副作用である低血糖が、偽薬群に比べてやや目立ちました。これらはけっして有望な結果とは云えません。
ただし、125mL以下の脳梗塞患者に良い傾向を認めたことは、臨床的に意義深いと思われます。2024年5月31日の国循プレスリリース<https://www.ncvc.go.jp/pr/release/pr_42933/>で当院脳血管内科の井上学特任部長らが紹介したように、脳梗塞の劇的な後遺症改善効果が期待出来る血栓回収療法が有効な患者は、128mLくらいまでの梗塞サイズの患者と考えられています。例えば、このような患者に血栓回収療法とグリベンクラミド投与を併用したらどうなるかなど、今後の研究の進展が期待できます。
■発表論文情報
著者: Kevin N. Sheth, Gregory W. Albers, Jeffrey L. Saver, Bruce C.V. Campbell, Bradley J. Molyneaux, H. E. Hinson, Charlotte Cordonnier, Thorsten Steiner, Kazunori Toyoda, Max Wintermark, Ross Littauer, Jessica Collins, Nisha Lucas, Raul G. Nogueira, J. Marc Simard, Michael Wald, Kate Dawson, W. Taylor Kimberly
題名: Intravenous glibenclamide for cerebral oedema after large hemispheric stroke (CHARM): a phase 3 multi-centre placebo-controlled randomised trial
掲載誌: Lancet Neurology
リンク:https://www.thelancet.com/journals/laneur/article/PIIS1474-4422(24)00425-3/fulltext
■謝辞
本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
- バイオジェン社
【報道機関からの問い合わせ】
国立研究開発法人国立循環器病研究センター 企画経営部広報企画室
TEL : 06-6170-1069 (31120) MAIL: kouhou@ml.ncvc.go.jp
最終更新日:2024年11月21日