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健診部

心不全重症化予防事業の新しい保健指導で用いる生涯健康支援10項目の我が国のエビデンス

国立研究開発法人 国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)健診部の小久保 喜弘 特任部長らは、心不全重症化予防事業(注1)の新しい保健指導で用いられている、生活習慣改善指導ツール「Lifelong Health Support 10(生涯健康支援10)」に関する我が国のエビデンスを総説論文としてまとめました。本研究成果は、日本衛生学会の英文誌Environmental Health and Preventive Medicine (Impact Factor 4.395、2022年6月)に2022年6月9日に公開されました(注2)。

■背景

令和4年版高齢社会白書(注3)によると、我が国の高齢化率は、28.9%と世界で最も高く、今後も増加していきます。今後益々、健康寿命の延伸に寄与するための予防が重要です。これまで、日本高血圧学会(JSH)の高血圧治療ガイドライン2014年(注4)の生活習慣改善ポイントを使って、生活習慣のアドバイスを行っておりました。その内容は、健康的な食事(①減塩、②野菜・果物の積極的な摂取、③魚の摂取量を増やす)、④適正体重の維持、⑤身体活動を増やす、⑥過剰飲酒を避ける、⑦喫煙・受動喫煙を避ける、からなります。これら7項目は表1に示しました通り、日本と欧米の高血圧ガイドラインで表現は少しずつ異なりますが、目指すべき方向性はほぼ同じであり、他の諸外国の高血圧ガイドラインも同様の傾向でした。このことから、高血圧を制するための戦略は文化を超えて、民族を超えてもほぼ普遍であることが分かりました。また、がんを防ぐための新12か条のうち、最初の8か条と概ね該当しています(注5)。9か条以降はがんの情報を良く知ることと検診となるので、生活習慣改善のポイントとしては、高血圧予防と概ね同様であることが分かります。
さらに、日本動脈硬化学会(JAS)の動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版(注6)の生活習慣改善ポイントの中で、高血圧治療ガイドライン2014年にない3項目、⑧揚げ物や甘い清涼飲料水を避ける、⑨食物繊維、⑩大豆製品を多く摂取する、を加えて合計10項目にして、健康長寿を目指すための「循環器病の予防 鍵は10項目」として使用しておりました(注7)。

■目的

2020年10月に吹田市、吹田市医師会と協定を締結し、心不全重症化予防対策事業を開始しました(注8)。そこで心不全予防とし国循健診部の医師、保健師、管理栄養士、歯科衛生からなる予防医学の専門家チームを組織し、新しい保健指導を始動しました。心不全予防を通して、健康寿命の延伸に寄与できる新しい生活習慣改善指導ツール「Lifelong Health Support 10(生涯健康支援10)」を開発しました。この総説論文は、生涯健康支援10におけるそれぞれの項目において、日本の疫学研究に関するエビデンスを示すことを目的としています。

■総説の概要について

この総説では、生涯健康支援10の項目とがん、循環器病、をはじめ、認知症、糖尿病、慢性腎臓病などの慢性疾患のリスクとの関連を調べた日本の疫学研究のエビデンスをまとめたものです。

  
図1.生涯健康支援10項目の避けるものと増やすもの

1.喫煙・受動喫煙を避ける
喫煙はがん、循環器病(CVD)、冠状動脈性心臓病(CHD)、脳卒中の発症と死亡のリスク因子であることが示されました。その他に、喫煙は高血圧、糖尿病、心房細動、認知症、慢性腎臓病(CKD)リスクでもありました。最近の研究では、少量の喫煙でもがんと循環器病の死亡リスクが関連しているということがわかりました。吹田研究では、男性ではメタボリックシンドローム(MetS)と同じくらい喫煙は循環器病発症リスクに影響がみられMetSかつ喫煙している女性は循環器病発症リスクが極めて高いです。
禁煙による改善効果は、CVD、CHD、脳卒中では禁煙後5年以内で減少し、10年後には非喫煙者と同レベルに達します。70歳以前に禁煙した人は、肺がんによる死亡リスクが下がりました。3年間の禁煙により認知症が、また5年間の禁煙により糖尿病罹患リスクが非喫煙者と同レベルに減少しました。また、受動喫煙による曝露も、がんの発生および死亡、女性の脳卒中死亡の危険因子です。小児期に喫煙する家族が3人以上いた非喫煙者は、成人期に膵臓がん死亡リスクが増大しました。

2.身体活動を増やす
身体活動量を増やすことは、がん、CVDおよび脳卒中の発症、死亡、糖尿病、認知症、抑うつリスクの低下が見られました。CVDの病歴の有無にかかわらず、身体活動量を増やすことでCVD死亡率が低下しました。吹田研究では、日頃の階段の利用割合が2割未満と比べ6割以上で心房細動のリスク低下と関連していました。生活習慣改善ポイントとして、世界保健機構(WHO)と厚生労働省によると、1日あたり成人(20〜64歳)は運動強度が中程度以上の運動を60分以上、高齢者(65歳以上)は60分以上の運動が望ましいと示されています。

3.過度な飲酒を控える
アルコール消費量と死亡率にはJ字型の関連性がみられ、機会飲酒や少量から適量の飲酒者は、飲まない人よりもがん、CVDの死亡、CHD、脳梗塞、認知症の発症リスクが低いですが、過剰飲酒者はがんとCVD死亡、脳梗塞、脳出血、認知症発症のリスクが高いです。休肝日を設けることにより、男性のがんとCVD死亡リスクが下がりました。過剰飲酒は糖尿病のリスクを高めます。吹田研究では、日に2合以上の過剰飲酒は心房細動のリスク因子でした。
生活習慣改善ポイントとして、中年男性はビールロング缶(500ml)1本程度に制限する必要があります。女性、高齢者、肝障害のある人は、男性より少ない量を消費する必要があります。一般的に、入浴、運動、または仕事の前に飲酒を避けるべきであり、妊娠中および授乳中は飲酒してはいけません。飲まない人には無理して飲酒しないように忠告しましょう。また、アルコール依存症は、適切な受診なしでは治癒できない障害であることに留意する必要があります。

4.揚げ物や甘い清涼飲料水を控える
日本食は健康に良いと考えられがちですが、高温の油で揚げたてんぷら、コロッケ、とんかつ、唐揚げなどはそうとも言えない様です。国民健康栄養調査では、揚げ物の消費量が増加しており、甘い清涼飲料水の摂取量も増加しています。
食用油の頻繁な使用や揚げ物により、胃がん死亡率の上昇傾向が示されました。一方、砂糖入りの清涼飲料水の摂取は、女性の結腸がん、腎臓がん、膀胱がん、および脳梗塞のリスクが高く、さらに、全死亡、CVD死亡、糖尿病罹患が増えることが示されました。
生活習慣改善ポイントとして、揚げ物の消費を減らし、甘い清涼飲料水を飲まないようにすることが肝要です。また、お茶、コーヒー、フレッシュジュースに砂糖を加えないようにし、甘い清涼飲料水から日本茶や中国茶などの他の飲み物に替えていくことをお勧めします。

5.塩分の摂取を控える
日本の伝統的な食事パターンは塩辛い傾向があり、塩分摂取は健康に悪影響を及ぼします。塩辛い食べ物を好む人は胃がん発症、死亡リスクが高くなります。塩分摂取は、CVD、脳卒中発症リスク、全死亡、CVD、CHD、および脳卒中死亡リスクの増加と関連していました。また、塩分摂取量と血圧の間の有意な正相関もみられました。
生活習慣改善ポイントとして、食品中の減塩と塩辛い食品の摂取量を減らすことが重要です。JSHは高血圧予防のために、塩分摂取量6g未満/日を推奨しており、ヨーロッパのガイドラインは5g未満/日を推奨しています。塩分の摂取量を最小限に抑えるには、「塩の代わりにスパイス、ハーブ、柑橘類の果汁を使用して風味を加える」、「塩や醤油またはソースを食卓に置かない」、、「代わりに減塩醤油または無塩醤油を使用する」、「ベーコンやハムなどの加工肉は避ける」、「麺類の汁を飲まない」、「味噌汁は1日1杯にする」、「つけ物の消費量を減らす」ことをお勧めします。

6.大豆製品を多く摂る
大豆の摂取が胃がん、女性の乳がん、糖尿病のリスクを減らすことを示されました。さらに、大豆製品の摂取は女性の脳梗塞、心筋梗塞のリスク低下と関連がみられ、イソフラボン摂取でも同様にリスク低下が示され、閉経後の女性の間で特にその傾向がみられました。発酵大豆は、非限局性乳がん、CVD、脳卒中のリスク低下、および全死亡、CVD死亡リスクの低下がみられました。また、大豆食品の摂取量が多い食事パターンを順守することは、認知症のリスクの減少と関連していました。
生活習慣改善ポイントとしては、より多くの大豆製品を消費することです。大豆の摂取量を増やすには、副菜として納豆、豆腐を加え、豆乳を飲むなどして摂取量を増やすことをお勧めします。

7.食物繊維を十分に摂取する
食物繊維の摂取量が多いと、男性のCVD死亡率と進行性前立腺がんのリスクの低下、非喫煙者におけるCVDリスク低下と関連がみられます。また、食物繊維摂取量と女性の乳がん、脳卒中死亡率の減少と関連していることを示しました。果物や穀物からの食物繊維はより多くの心血管保護特性を持っていることを示されました。また、食物繊維の摂取量が多いと、抑うつ症状、糖尿病の罹患率、糖尿病患者の血糖コントロールと末期腎疾患の発生率の低さに関連していました。
生活習慣改善ポイントとして、より多くの食物繊維を摂取することです。食物繊維の摂取量が不足しているのは特に若い世代で、日本の健康増進にとっての課題です。特に、水溶性食物繊維の消費が不足しています。男性と女性(18〜64歳)はそれぞれ最低21 g /日と、18 g /日の食物繊維を消費し、高齢の男性と女性は最低それぞれ20 g/日と17g/日の繊維を消費することをお勧めします。野菜を食事に加え、間食では果物を摂取し、豆類をサラダやカレーに加え、精製された穀物(小麦と米)を未精製穀類(全粒粉、玄米、雑穀など)に置き換えると毎日十分な食物繊維を得ることができます。

8.食事に野菜や果物を取り入れる
野菜や果物の摂取により胃がんや食道がん、CVD発症と死亡のリスクが低くなり、果物を摂取すると、非喫煙者で膵臓がん、男性の肺がんのリスクが低くなることが示されました。また、野菜摂取は、CKDのリスク低下と関連していました。地域住民の血清ビタミンC濃度は、脳梗塞および出血性脳卒中のリスクと逆相関していました。また、野菜が豊富な食事は認知症のリスクが低いことが示されました。
生活習慣改善ポイントとしては、果物と野菜の1日あたりの推奨量はそれぞれ200g以上350g以上です。 日本では、特に青年期に十分な野菜や果物を摂取する人は著しく少ないです。果物と野菜を常備して料理に追加し、生または加熱(ゆで、蒸し、煮込み)野菜を副菜に追加し、間食では果物を摂ることによって達成できます。

9.魚を習慣的に摂取する
魚の食事は日本の食事パターンの特徴であり、魚は心血管の健康に多くの利益をもたらすオメガ-3多価不飽和脂肪酸(PUFA)が豊富です。魚の摂取量が多いと、肺がん、肝臓がん、前立腺がん、CVDによる死亡率、CHDリスクが減少することを示しました。PUFA摂取量が多いと、膵臓がんリスクの減少と関連していました。さらに、魚の摂取は、認知症、糖尿病のリスク低下と関連していました。
生活習慣改善ポイントは、より多くの魚を消費することです。動物性タンパク質の主要な供給源として、肉や鶏肉を魚や魚介類に置き換えることをお勧めします。魚を調理するのが難しいと感じる人にとっては、市販のツナ缶や鯖缶を活用することをお勧めします。

10.適正体重を維持する
肥満は、癌とCVDのよく知られた危険因子です。内臓肥満はまたCVDリスクと関連していることが示されました。肥満は糖尿病の発症、CKDリスクとも関連していた。肥満と同様に、低体重も、癌とCVDによる死亡の危険因子である。
生活習慣改善ポイントとして、適切な体重を維持し、過度の体重の増減を避けることです。適度な量の定期的な食事をとること、より多くの野菜と果物を消費すること、身体活動量を増やすこと、高繊維食品を食べること、そしてジャンクフードを避けることは健康的な体重を維持するのに効率的に役立ちます。

■今後の展望と課題

生涯健康支援10は、保健指導のための良い資料になると考えています。また、健康メッセージを個別化し、病状やライフスタイルの期待に基づいて人々の健康を促進するのに役立つ可能性があります。生涯健康支援10のアイテムは普遍的であり、人種や文化によって大きく変化することはないと言えます。さらに、前向きコホート研究および非薬理学的介入試験からの新たな疫学的証拠を考慮した後、生涯健康支援10項目および関連する健康上のヒントを定期的に更新する必要があります。

表1.日本と欧米の高血圧ガイドラインの比較

 

欧州ガイドライン ESC/ESH 2018米国ガイドライン ACC/AHA 2017日本高血圧ガイドライン 2019
減塩<5g/日至適目標:ナトリウム <1500 mg/日, 多くの成人の減塩目標:ナトリウム
-1000mg/日
<6g/日
食事野菜、果物、魚、種実類、不飽和脂肪酸(オリーブオイル)の積極的摂取。肉の摂取を控える。低脂肪乳製品の摂取心臓に健康的な食事:DASH食(適正体重達成を目指す)。カリウム補給(CKDの存在やカリウム排泄を減らす薬の使用によって禁忌がない限り)野菜・果物の積極的摂取、
コレステロール・飽和脂肪酸の制限
(多価不飽和脂肪酸[魚]の積極的摂取)
適正体重の維持肥満を回避 (BMI <30 kg/m2 または腹囲<102 cm [男性], <88 cm [女性]。 健康目標:BMI≃20–25 kg/m2) 、腹囲<94 cm [男性]、 <80 cm [女性]過体重・肥満対象者に原料を目指す目標body mass index <25 kg/m2. 目標に到達できずとも約4kgの減量は血圧降下に有効.
定期的な運動習慣

定期的な有酸素運動(5〜7日/週で少なくとも30分の中程度の運動)

運動プログラムによる身体活動量の増加

主に定期的に(可能であれば1日30分以上)そして有酸素運動を行う

適正飲酒量男性:<14単位/週、女性:<8単位/週。 過剰飲酒を避けるエタノール量換算:男性<28 g/日、女性<24 g/日エタノール換算量:男性 <20-30 mL/日、女性 <10-20 mL/日
禁煙禁煙、および禁煙プログラムへの紹介禁煙、受動喫煙の回避禁煙、受動喫煙の回避

Environ Health Prev Med. 2019 Mar 11;24(1):19

<注釈>

(注1) 吹田研究
国循が1989年より実施しているコホート研究(研究対象者の健康状態を長期間追跡し、病気になる要因等を解析する研究手法)で、性年代階層別に無作為に抽出した大阪府吹田市民を対象としています。全国民の約90%は都市部に在住していることを考えると、その研究結果は国民の現状により近い傾向があると考えられています。

(注2) Arafa A, Kokubo Y, Kashima R, Teramoto M, Sakai Y, Nosaka S, Nakao YM, Watanabe E. Lifelong Health Support 10: the Japanese prescription for a long and healthy life. Environmental Health and Preventive Medicine. 2022; 27:23. https://doi.org/10.1265/ehpm.22-00085

(注3) 令和4年版高齢社会白書 (2022年6月14日)
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/index-w.html

(注4) 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会. 高血圧治療ガイドライン2014.
Japanese Society of Hypertension Committee for Guidelines for the Management of H. The Japanese Society of Hypertension Guidelines for the Management of Hypertension (JSH 2014). Hypertens Res. 2014 Apr;37(4):253-390. doi: 10.1038/hr.2014.20.

(注5) がんを防ぐための新12か条
https://ganjoho.jp/public/qa_links/report/statistics/pdf/2013_topics1.pdf
1.たばこは吸わない
2.他人のたばこの煙を避ける
3.お酒はほどほどに
4.バランスのとれた食生活を
5.塩辛い食品は控えめに
6.野菜や果物は不足にならないように
7.適度に運動
8.適切な体重維持
9.ウイルスや細菌の感染予防と治療
10.定期的ながん検診を
11.身体の異常に気がついたら、すぐに受診を
12.正しいがん情報でがんを知ることから

(注6) 日本動脈硬化学会(編):動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版. 日本動脈硬化学会, 2017.
Japan Atherosclerosis Society (JAS) Guidelines for Prevention of Atherosclerotic Cardiovascular Diseases 2017. J Atheroscler Thromb. 2018;25:846-984.

(注7) 知っておきたい循環器病あれこれ 133:循環器病の予防 鍵は10項目 ─ 健康長寿を目指す ─.  循環器病研究振興財団. 2019年3月1日.
http://www.jcvrf.jp/general/pdf_arekore/arekore_133.pdf

(注8) 吹田市健診受診者を対象とした心不全重症化予防対策に係る協定書の締結~”健都”循環器病予防プロジェクト~
https://www.ncvc.go.jp/pr/release/20201023_press/

■謝辞

本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
・国立研究開発法人国立循環器病研究センター(循環器病委託研究費「20-4-9」)
・研究成果展開事業 共創の場形成支援プログラム: 世界モデルとなる自律成長型人材・技術を育む総合健康産業都市拠点(JPMJPF2018; 分担研究者 小久保喜弘)
・明治安田生命と明治安田総合研究所

最終更新日:2022年07月25日

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