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患者の皆様へ

脳卒中

 

 2021年の厚生労働省の人口動態統計によれば、脳卒中(脳血管疾患)は日本人の死因の第4位です(1位:がん、2位:心疾患、3位:老衰)。また、寝たきりとなる原因の第1位の病気です。寝たきりの原因は、次いで認知症、高齢による衰弱、骨折・転倒が上位ですが、脳卒中は認知症、衰弱、骨折・転倒の大きな原因でもあります。ピンピンコロリを理想と考える日本人も多いのですが、そのためには(寝たきりにならないためには)、脳卒中にならないこと、予防することがとても重要と言えます。脳卒中は、誰にでも(特に高齢者には)起こる可能性がある病気で、怖いと思うかもしれませんが、生活習慣病をコントロールすることで脳卒中を予防したり、脳卒中が起きてもすぐに専門的な治療を受けることで症状を軽くすませたり、リハビリで後遺症を改善したり、薬や手術で再発を防いだりできることも分かってきています。このページでは、脳卒中について、分かりやすく解説したいと思います。

1. 脳卒中とは

 脳卒中とは、人間の身体の働きを中枢で統括している「脳」の血管が、詰まったり破れたりすることで、急に脳の一部の働きが悪くなり、それによって急に身体の働きが悪くなる病気です。脳の血管が詰まったり破れたりする原因は、長年の生活のゆがみにより生じた生活習慣病により、知らず知らずのうちに心臓や全身をめぐる血管がいたみ、最終的に脳の血管がやられてしまうことがほとんどです。

 昔から、「卒然として中(あた)る」、つまり突然わるい風にあたって体が動かなくなり、倒れるような病気が知られており、その発作を「卒中」、その症状が残ってしまった状態を「中気、中風(ちゅうふう、ちゅうぶ)」と呼びました。英語でも脳卒中のことを”Stroke (一撃)”と呼び、興味深い表現の一致です。

 さて、脳卒中には、血管が詰まっておこる脳梗塞、血管が破れておこる脳出血とくも膜下出血の、3つが含まれます。また、脳梗塞が起きかかったものの、症状が短時間で消失してしまう一過性脳虚血発作(脳卒中の前触れ)という病気もあります。(通常は脳卒中に含めませんが、一過性脳虚血発作についても以下の項で説明します。)これらの病気のいずれによっても、半身麻痺(まひ)、言葉の障害、意識の障害など、脳卒中に共通する症状が起きますが、病気の起き方が違うので、治療法や病気の経過も違います。以下の項でそれぞれについて詳しく説明していきます。

  1. 脳梗塞

     脳梗塞は脳卒中の過半を占める病気です。脳の血管が詰まり、血流が十分に脳細胞に行き渡らなくなると、すぐに脳細胞の働きが悪くなり、半身麻痺などの症状がでます。血流が悪いまま数時間程度がたつと、脳細胞は死んでしまい、生き返ることはありません。逆に、数時間以内に血流を再開することができれば、脳細胞の働きが元に戻り、脳卒中の症状も軽くなったり、消えてしまったりすることが期待できます。これを目指す治療を「急性期再灌流療法」と言い、以下の項で詳しく説明します。

     脳梗塞は、血管の詰まり方によって、「ラクナ梗塞」、「アテローム血栓性脳梗塞」、「心原性脳塞栓」と、「その他の脳梗塞」に分類され、それぞれ全体の1/4くらいの割合です。「ラクナ梗塞」「アテローム血栓性脳梗塞」は脳や頸部の動脈硬化が原因です。治療は、生活習慣病(高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満症、喫煙、大量飲酒、腎機能障害、メタボリックシンドロームなど)コントロールが重要で、抗血小板薬という薬を使うことが多いです。



     
     「心原性脳塞栓」は不整脈など心臓の病気が原因となります。抗凝固薬という薬を使うことが多く、近年はカテーテルを使った左心耳閉鎖術、卵円孔閉鎖術なども予防治療として行うようになってきています(詳細は「脳心連関 (brain-heart チーム医療)」参照)。「その他の脳梗塞」の中には、頸部や脳の動脈の壁が裂けてしまう脳動脈解離という病気が含まれます。これは比較的若い方に多い病気ですが、脳梗塞の他、クモ膜下出血の原因にもなることがあります。MRIなどの画像検査の普及により、頭痛のみの症状で発見されることも多くなりました。当院でも脳動脈解離に対する適切な治療法を確立すべく、研究を続けています。

  2. 脳出血

     脳の血管が詰まる脳梗塞に対して、脳の血管が破れる病気が脳出血です。くも膜下出血や硬膜下血腫との区別をわかりやすくするために、脳内出血と呼ばれることもあります。総じて、脳出血は脳梗塞よりも後遺症が残ることが多く、死亡率も脳梗塞より高いです。

     脳出血の主な原因は、高血圧と脳アミロイド血管症です。高血圧性の脳出血は脳の深部で好発し、脳アミロイド血管症に起因する脳出血は、脳の表面で発症することが多いです。脳アミロイド血管症はアルツハイマー病の発症とも関連しており、認知症にも十分な注意が必要です。脳梗塞や心筋梗塞などの予防のため、抗血栓薬(血液をサラサラにする薬)を服用されている方では、脳出血の発症の危険性が特に高まることがよく知られています。


     

     脳出血の最大の危険因子は高血圧です。したがって、高血圧を予防・治療することが脳出血の予防に極めて重要です。実際、20世紀の後半の降圧薬等の進歩と共に、脳出血の発症頻度は大きく減少しました。しかし、近年の脳出血の発症頻度は下げ止まりを見せており、未だ全脳卒中の約2割が脳出血です。日本を含めた東アジア諸国では、脳出血の発症が欧米諸国より有意に高頻度であり、遺伝子の影響も疑われています。その他の脳出血の原因として、脳腫瘍や脳動静脈奇形、海綿状血管腫、もやもや病などがあります。そのような疾患が原因の脳出血の場合は、原因疾患の治療を行わないと、再発する危険性が高いため、その治療が必要になります。

     脳出血を発症した場合の主な治療法は降圧療法(お薬で血圧を下げる治療)です。著しい重症化が予想される脳出血や、意識障害を伴う脳出血では、脳外科手術が考慮されることもあります。手術の術式は、病状によって、開頭血腫除去術、定位的脳内血腫除去術、脳室ドレナージ術、神経内視鏡手術などが選択されることが多いです。当院では脳内科と脳外科が共同で脳出血の診療を担当し、一人一人の患者様にとっての最適な治療法を提供しております。特に、脳動静脈奇形、海綿状血管腫、もやもや病などに関しては専門的に取り組んでおり、全国有数の数の治療を行っています。

  3. くも膜下出血(詳細は「脳動脈瘤」の項目を参照)

     脳動脈瘤が破れることにより、突然の頭痛や意識障害などの症状が出現します。破れる血管は脳の表面を走る主幹脳動脈で、血管の一部が瘤状に膨れた脳動脈瘤が破裂します。脳動脈瘤が破裂すると、脳の表面を覆うくも膜という薄い膜の内側に出血します。くも膜下出血は脳卒中の中では死亡率が高く、重症の脳卒中です。脳動脈瘤の病態や治療の詳細については「脳動脈瘤」の項目を参照下さい。

  4. 一過性脳虚血発作
     脳の血管が詰まり神経細胞が障害されることで発症する点は脳梗塞と同様ですが、血流が改善することで脳卒中の症状が24時間以内(多くは1時間以内)に消失する点が脳梗塞と異なります。一過性脳虚血発作は脳梗塞の前触れ発作と考えられており、治療を行わず放置すると今後脳梗塞を引き起こす可能性が高いとされています。特に、ABCD2 スコア(下図)の点数が高いことやMRIで脳梗塞病巣を認めた場合は、将来の脳梗塞発症率が高いことがわかっています。他にも一過性脳虚血発作をきっかけにして、心電図で心房細動などの不整脈やエコーで頭蓋内・頸部血管の狭窄といった脳梗塞の原因となる病気が見つかることがあります。早期に適切な治療を開始することで、後遺症を伴う脳梗塞発症を未然に防ぐ可能性が高まりますので、症状が改善しても早めに病院を受診する必要があります。


図.1 一過性脳虚血発作


図.2 ABCD2スコアと将来の脳梗塞発症

2. 脳卒中の症状

  多彩な脳の機能と障害による症状
  脳は部位に応じて、言葉や運動機能など様々なはたらきを持っています。そのため、脳卒中では脳の障害される部位によって、様々な症状が現れます。例えば、左側の前頭葉や側頭葉(下図)は言葉を話したり、理解する機能を持つので、障害によって言葉が話せない、理解できない(失語といいます)といった症状が起こります。また、前頭葉は運動に関係するため、障害により手足の麻痺や呂律のまわりづらさが現れます。視覚の機能を持つ後頭葉の障害では、程度によって視野半分が欠ける半盲や1/4が欠けるし文盲が起こります。

図.脳の部位ごとの機能と障害された場合の症状

  覚えておくべき!脳卒中の典型的な5症状
  このように、とても多彩な症状が起こりますが、代表的な症状を覚えておくことが大切です。日本脳卒中協会、米国の脳卒中キャンペーンで、以下の脳卒中を疑う5つの典型的症状が提示されています。

  1. 片方の手足・顔半分の麻痺(基本的に額は含まない)・しびれが起こる。
    手足のみ、または顔のみの場合もあります。

    片方の手足がしびれる
  2. 呂律が回らない、言葉がでない、他人の言うことが理解できない

    呂律が回らない
  3. 力はあるのに、立てない、歩けない、フラフラする(体のバランスが取れない)

    フラフラする
  4. 片方の目が見えない、物が二つに見える、視野の半分が欠ける
    片方の目にカーテンがかかったように、突然一時的に見えなくなる

    片方の目が見えない
  5. 経験したことのない激しい頭痛がする

    激しい頭痛

*これら症状のうち、1つだけの症状が出現することもありますし、いくつかの症状が重なる場合があります。また、重症な場合には意識が悪くなることもあります。もし、ご自分や周囲の人にこのような症状がみられましたら、一刻も早く専門医を受診してください。

*脳卒中以外の病気でも、このような症状が突然現れる場合がありますが、「普段の様子とは明かに違う」のであれば、緊急で病院を受診する方が無難です。

  FASTで脳卒中を疑おう!
  より簡潔に、3つの症状(顔の麻痺、腕の麻痺、言葉の障害)を取り上げたFAST(Face Arm Speech Time:ファスト)という標語も良く使われます。米国脳卒中協会では、脳卒中を疑う人を見たら、3つのテストをするように勧めており、その頭文字を取ってFASTと読んでいます(下図)。FASTの3項目のうち1つでも該当する場合、脳卒中の可能性が高いと考えます。FASTの脳卒中診断的中率は80%近いとも言われています。おかしいと思った場合は、FASTをやってみましょう。

act-fast
画像をクリックすると拡大表示できます。

(平成22年度循環器病研究開発費「新しい脳卒中医療の開拓と均てん化のためのシステム構築に関する研究」班より)

3. 脳卒中を疑ったら

 上のような脳卒中の症状が出現した場合には、可能なかぎり早く救急車を呼んで、病院を受診しましょう。脳梗塞では、発症してから、4.5時間以内の患者さんのみに行える特殊な治療(t-PA 静注療法)があります。脳の太い血管が詰まっており、症状が重い場合にはカテーテルにより血管の詰まりを取る治療(血栓回収療法)も行っています。どちらの治療も早ければ早いほど有効性が高く、後遺症を軽くすることができる可能性があります。時間が経ってしまった脳梗塞では、脳の血流を再開させても症状が改善しないことがあり、可能な限り早く治療することが重要です。

 特に、夜中に目が覚めたときや夜寝る前に症状が出現したときには、様子を見ずに迷わず救急車を呼びましょう。一時的に症状が改善しても、それが重度の脳梗塞の前兆であり、危険なサインであることもあります。

 Time is brainという言葉があります。脳梗塞治療に対する時間の重要性を謳った言葉です。脳梗塞では1分間治療が遅れると、190万の細胞が失われると言われています。それほど、早く治療することが重要なのです。

 

“Time is brain”
1,900,000 cells /min

 

 

 また、脳卒中が疑われる場合には、脳への血流を保つために、横にすることが原則です。意識がない時には、楽に呼吸ができ、吐いたものが喉につまらないよう、側臥位にして、直ちに119番に電話し、救急車を呼びましょう。

4.病院での問診、診察、検査、治療

  1. 診察から検査

    問診:ほとんどの脳卒中は「突然」発症します。「突然」片方の手足・顔半分の麻痺、しびれが出現し、「突然」しゃべりにくくなったり・言葉が出てこなかったり、「突然」目の前が二重に見えたりします。このように、まず、症状が出てきた経過([発症様式]という言い方をします。)を問診で確認します。「突然」の発症でなければ、脳卒中ではない病気も適切に考えていく必要があります。

    診察:麻痺、感覚障害の強さや範囲、どのようなしゃべりにくさかなどを診察で判断し、上の問診情報と併せて、適切な検査を選択していきます。

    頭部CT:X線を用いて脳の輪切り画像(断層像)を作成し、主に急性期脳出血の有無(右図の白い病変が脳出血)を確認します。急性期の早期虚血変化、慢性期の脳梗塞、脳出血はともに黒く描出されます。造影剤を点滴しながらCT検査を行うと、脳血流の状態もみることができます。撮影は仰臥位で行い、撮影時間は、造影剤を用いなければ約5分で、造影剤を用いると5~10分かかります。



    頭部MRI: MRI(磁気共鳴画像)検査は、磁力を使って脳の断層像を作成します。このためX線の被ばくはありません。MRIによって、急性期の脳梗塞(下図の白い小さな病変)を判定でき、急性期の脳出血も判定可能です。CTと同様に、造影剤を点滴しながらMRI検査を行うと、脳血流の状態もみることができます。撮影は仰臥位で行い、撮影時間は撮影内容によって異なりますが、10~20分です。
  2. 頭部MRI

    頭部MRA: 脳動脈を全体像として映し出すため、脳動脈の狭窄や閉塞、動脈瘤と称されるこぶ状の膨らみの有無を確認します。


    頸動脈エコー:人の耳では聞こえないほどの高い周波数の音を超音波といいます。この超音波を照射して頸動脈の状態を調べます。頸動脈プラーク(動脈硬化による病変)による狭窄の有無などを評価します。
     

    心エコー:心原性脳塞栓症は心臓内にできた血栓などの異物が原因となって脳梗塞を発症します。このため、心エコーで心臓内の血栓・異物の有無を確認する必要があります。
    その他、血液検査、心電図、胸部レントゲンを行います。

  3. 治療: 大きく分けて、①抗血栓薬内服、②抗血栓薬点滴、③脳保護薬点滴、④抗脳浮腫薬点滴、⑤血栓回収術に分けられます。

    ①② 抗血栓薬内服/点滴:脳梗塞の症状増悪や再発を予防します。脳梗塞の病態に応じて、「抗血小板薬」と「抗凝固薬」を使い分けます。t-PAがありますが、詳細は後述します。

    ③ 脳保護薬点滴:脳梗塞になると、脳血流が低下して脳の中で炎症反応が生じます。この脳梗塞による炎症反応を鎮める薬が脳保護薬を呼ばれます。

    ④ 抗脳浮腫薬:脳梗塞、脳出血を発症すると、主に脳内の炎症反応などによって脳がむくむ現象が生じます(脳浮腫)。脳浮腫が増悪すると脳全体が圧迫を受けますので、脳浮腫を増悪させないようにする治療が必要となります。

    ⑤ 血管内治療:脳血管に詰まった血栓を特殊な器具(ステントリトリーバー、吸引カテーテルなどと呼ばれます)を用いて、体の外に摘出する治療です。詳細は後述します。

    その他、血圧、体温、脈拍などの全身状態の管理も行います。さらに、日常生活動作の改善目的にリハビリテーションも並行して行っていきます。


    薬物療法 理学療法

  4. 脳梗塞急性期(4.5時間以内、時間以内)のみに施行される治療

    下記に示すt-PAという点滴や、血管内治療などが行われます。これらの治療を受けるには、治療効果を見込む厳密な適応基準が決められています。発症早期に来院されても、これらの治療の適応とならない場合には、従来通りの点滴・内服治療を行うことになります。

    急性期再灌流療法の概念



    ①  t-PA :組織型プラスミノゲン・アクティベーター (tissue-type plasminogen activator: t-PA) という薬を点滴して、血栓を溶かし、脳血流を再開させます。t-PAを使用すると、 3ヶ月後に自立した生活を送れる患者さんが、使用しなかった時と比べて有意に増加します。脳梗塞により脳神経細胞が死にいたる経過は早く、適切なタイミングを逃してt-PAを使用すると、逆に出血などの合併症で症状が悪くなる危険があります。症状が起こってから4.5時間以内に治療が開始できる患者さんのみが、治療の対象となります。2005年10月から日本で認可されて、発症後3時間以内の患者さんに使用されていましたが、2012年9月より治療対象時間が4.5時間に延長されています。近年テネクテプラーゼという新しい治療薬が欧米で使用され始めており、日本でも使用できるように現在、当センターを中心に臨床試験「T-FLAVOR」試験を進めております。

    ② 脳血管内治療:脳血管に詰まった血栓を特殊な器具(ステントリトリーバー、吸引カテーテルなどと呼ばれます)を用いて、体の外に摘出する治療が最も代表的です。患者さんの症状や、MRIやCTなどの脳画像を評価して、血管内治療の適応を検討します。特に太い脳血管が詰まった患者さんにおいては、t-PAだけではなかなか脳の血栓が溶けづらいため、血管内治療が有効です。基本的には発症から24時間以内の患者さんに実施可能ですが、頭の中に出血するなどの危険性もあります。そのため、患者さんの状態をよく検討し、慎重かつ迅速に血管内治療を実施すべきかどうか判断する必要があります。

    ③ ①と②を合わせて再開通療法と呼んでおりますが、最新の画像診断ソフトを併用することで発症から最大で24時間まで再開通療法が可能となることがあります。RAPIDという解析ソフトで造影剤を使用したCTやMRIの画像を取ると脳梗塞とこれから脳梗塞になる範囲が予測できます。これを指標に治療の対象になるか判定することが可能です。


     解析ソフトRAPIDによる画像解析。左(ピンク)は脳梗塞、右(緑)はこれから脳梗塞になることが予測されるペナンブラと呼ばれる領域です。この両者の差が大きければ大きいほど治療効果が高く、比率が1.8を超えていれば発症24時間まで再灌流療法が確立されています。当センターは日本で初めてRAPIDを導入した施設で、解析件数は日本最大です。

5.脳卒中の予防

 脳卒中にかかりやすい要因を危険因子と呼びます。脳卒中の最大の危険因子は、加齢と高血圧です。そのほかの危険因子も挙げられています。コントロールできる主要な危険因子を、下記項目ごとに説明していきます。

① 高血圧
 高血圧は血圧が140/90mmHg以上のことです。血圧が高いほど、直線的に脳卒中の発症率は高まります。高血圧は脳の血管の大きな負担となり、動脈がもろくなり、破れたりしやすくなります。血圧を下げることは、最も効果的な脳卒中の予防法です。過去の研究から、降圧療法で脳卒中の発症率を30~40%減少することが明らかになっています。一般的には、130/80mmHg未満を目標とします。さらに、血圧が変動することも、悪影響であるため、血圧の安定が望まれます。塩分を多く摂るほど高くなりますので、食事の塩分を少なくすることが重要です。

② 糖尿病
 脳梗塞の発症予防には、糖尿病の血糖管理だけでなく、高血圧や脂質異常症、肥満などの管理と併せて、包括的にコントロールすることが重要です。

③ 脂質異常症
 血液中の脂質は血管を詰まらせる原因になります。総コレステロール値が1mmol/L(38.7mg/dL)増えると脳梗塞の発症率が25%増加することが明らかになっています。とくにアテローム血栓性脳梗塞の発症リスクと関連することが示されています。スタチン(HMG−CoA還元酵素阻害薬)で治療した場合、脳卒中の発症が23%低下する報告があります。コレステロール値を適宜計測し、管理することが重要です。特に悪玉のLDLコレステロールが高い人は、脂肪の摂取を制限する努力が必要です。

④ 不整脈(心房細動)
 心房細動(なかでも非弁膜症心房細動)は加齢により増加します。心臓の心房に生じた血栓が脳血管に飛び、脳梗塞につながります。非弁膜症心房細動のある患者の平均5%が毎年、脳梗塞を発症し、心房細動のない集団に比べて、脳梗塞発症リスクを2~7倍に高めます。脳卒中発症のリスク層別化に、CHADS 2 スコアを用いることが推奨されています。CHADS 2 は「うっ血性心不全(1点)、高血圧(1点)、年齢75歳以上(1点)、糖尿病(1点)、脳卒中または一過性脳虚血発作の既往(2点)」の合計点がCHADS 2 スコアとなります。スコア0の脳卒中発症率は1%/年、スコア1の脳卒中発症率は1.5%/年、スコア2の脳卒中発症率は2.5%/年、スコア3以上の脳卒中発症率は≧5%/年と示されています。CHADS 2 スコア2点以上は、血液凝固を減らす薬物治療(直接作用型経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant, DOAC)もしくはワルファリン)を行うことによって脳梗塞の発症を減らすことができます。CHADS 2 スコア1点では、DOACの使用を勧められます。CHADS 2 スコア0点では、年齢65歳以上や血管疾患、心筋症の合併は、抗凝固療法を考慮しても良いとされます。

⑤ 喫煙
 ニコチンが血圧を上昇させ、動脈硬化を促進すると言われています。脳梗塞やくも膜下出血の危険因子です。喫煙本数が増えると、脳卒中発症率が上昇する用量依存性を認めます。禁煙が強く勧められます。5~10年間の禁煙で脳卒中のリスクは低下します。受動喫煙も危険因子になるため、受動喫煙の回避が勧められます。

⑥ 飲酒
 機会飲酒者と比べ、大量の飲酒習慣(エタノール450㎎/週以上)は脳卒中の発症率を68%増加させ、とくに脳出血やくも膜下出血を急増します。大量の飲酒習慣はやめましょう。

6.脳卒中後遺症

 急性期脳卒中治療の発展により脳卒中による死亡率は年々改善してきていますが、超高齢化社会において、脳卒中を発症する方は多く、その後の後遺症、合併症とうまく付き合っていく必要があります。主な合併症として、脳血管性認知症、脳卒中後てんかん、うつ病、サルコペニア、摂食嚥下障害などがあります。

① 脳血管性認知症
 一般的に「認知症」といえばアルツハイマー型認知症が有名ですが、脳卒中などの脳血管の病気がきっかけとなり認知症が発生することがあるのを「脳血管性認知症」と呼びます。頻度としてはアルツハイマー型認知症に次いで多く、認知症の約20-30%程度を占めるとされています。脳組織は脳卒中により一旦障害されてしまうと回復が難しく、根本的な治療はありませんが、脳卒中の再発はさらなる増悪を起こしてしまうため、脳卒中のリスクをきちんと管理することが重要になります。また、アルツハイマー型認知症が合併する症例もありその場合は混合型認知症と呼びます。

② 脳卒中後てんかん
 脳卒中の約10%程度の方に「脳卒中後てんかん」を合併するとされており、高齢者発症のてんかんの約半数が脳卒中後てんかんと考えられています。一般的には脳梗塞よりも脳出血で危険度は高く、一旦発症すると、発作の再発防止のために抗てんかん発作薬の内服を必要とします。症状は様々で、けいれんをする方もいれば、物忘れのような認知症に似た症状を来す方もあり、適切な問診や脳波検査、脳血流検査などが必要となります。

③ 脳卒中後うつ病
 脳卒中後に意欲や活動性の低下を来すようになり、「脳卒中後うつ病」と診断される場合があります。脳卒中患者様の約30%程度にみられるとされ、早期の発見と治療が必要となります。食欲がない、眠れない、疲れやすい、集中できないといった症状がある場合は、専門家に相談し、適切な治療が必要となります。治療としては、心理教育や支持的精神療法、抗うつ薬による薬物療法があります。

④ サルコペニア
 高齢になりますと、加齢、さらには病気や手術による長期安静、栄養不足により、筋力が低下し筋肉量が減少していく「サルコペニア」が生じることが問題となっています。ご高齢の脳卒中発症者の約30~40%がサルコペニアを有することがわかってきており、脳卒中発症をきっかけに、さらにサルコペニアが進む可能性があります。サルコペニアになると、体を動かす力や食べる力が低下し、歩行障害・転倒や誤嚥性肺炎などのリスクとなるため、対策が必要です。栄養面については、適切なカロリー摂取と共に、タンパク質摂取を3食均等にとることが重要です(ただし、腎臓病などでたんぱく質の摂取を控える必要がある場合を除きます)。運動面については、負担の少ない筋力トレーニングやウォーキングなどの有酸素運動が有効とされています。

⑤ 摂食嚥下障害、誤嚥性肺炎
 脳卒中後には、食べ物をうまく食べられず・飲み込みづらくなる「摂食嚥下障害」を合併することがあります。脳卒中発症まもなくは約30%~60%の患者様が摂食嚥下障害を合併するものの、早いうちから回復する場合が多いです。しかし、脳卒中発症から半年経過しても摂食嚥下障害が後遺する患者様は約10%いるとされます。この摂食嚥下障害が原因となり、唾液や食べ物を飲み込むときに、誤って気管に入り、誤嚥性肺炎をきたすことも問題となります。摂食嚥下障害が後遺しお困りの場合は、耳鼻咽喉科による「嚥下外来」で相談し、患者さんの嚥下状態に合わせた食形態、姿勢、工夫についてご説明を受けて頂くことをおすすめします。適切な方法で、栄養をしっかり確保することは、摂食嚥下障害への対策、誤嚥性肺炎の予防としても重要です。

7. 脳心連関:国循ブレインハートチーム(NCVC Brain Heart Team)の取り組み、治療紹介

 脳梗塞の原因の約3割は心臓病です。近年、脳卒中の原因究明や再発予防に有効な心臓病に関する検査法、治療法が登場しております。それらが役立つ可能性がある脳卒中に関して、最適な医療を提供するために脳卒中医家(ブレイン)と心臓医家(ハート)が共同となったチーム(ブレインハートチーム)を結成することが重要と言われるようになりました。当院は、開設当初よりこのような連携を構築してきた、いわばベテランチームです。日本国内ならず世界からも注目されており、世界脳卒中機構から、ブレインハートチームに関する世界の8モデル施設の1つに選出されました。

 脳卒中の診療においてブレインハートチームが活躍する場面は、大きく2つです。1つは卵円孔開存に関連した脳梗塞に対する再発予防治療です。もう1つは心原性脳塞栓症の代表的な原因である心房細動という不整脈の診断・治療です。そのほか脳卒中以外にも、失神で悩む患者さんに対しても、この診療連携体制を応用しています。

  1. 卵円孔開存に関連した脳梗塞
     卵円孔とは、心臓内の右心房と左心房の壁(心房中隔)にあいている小さな穴のことです。卵円孔は胎生期(お母さんのお腹にいる時)にお母さんからの送られてくる血液を全身へ循環させる通り道として重要な働きをしますが、出生とともにその役目を終え、生後 2〜3 日で自然に閉鎖します。ただし、成人の約4人に1人は卵円孔が閉鎖しきらずに、「卵円孔開存」として残っている場合があります。通常、この卵円孔開存があっても心臓含め身体に問題となりませんが、片頭痛や、次に説明する脳梗塞との関係が報告されています。

     卵円孔開存を通して足などの静脈にできた血栓が右心房から左心房に流れ、脳動脈に飛んで詰まらせてしまうことで、脳梗塞を発症することがあります。卵円孔開存が脳梗塞の原因となることは稀であり、脳梗塞の原因を卵円孔開存と診断するためには「ほかに脳梗塞を起こす原因がないのか」「卵円孔開存が脳梗塞を起こしやすい形であるのか」という2点が重要です。そのため、脳卒中医家が脳梗塞の原因を丁寧に検査し、心臓医家が卵円孔開存を詳細に評価し、両家の視点をあわせて総合的に診断することが求められます。卵円孔開存が原因で脳梗塞を発症される方の多くは、60歳未満の若年者で、高血圧や喫煙などの動脈硬化危険因子に乏しい方です。年齢が高くなると、後述する心房細動が隠れている可能性が高くなるため、卵円孔開存が本当に原因であるかはより慎重に診断する必要があります。卵円孔開存は主に超音波(エコー)検査で調べます。通常の超音波検査では見つからず、生理食塩水と微量の空気を撹拌して作ったマイクロバブルを注入したり、息こらえや咳払いといった卵円孔開存を広げる負荷を患者さんに協力してもらったり、といった工夫が必要です。実は、卵円孔開存を調べる検査は脳梗塞の原因を調べる標準的な検査の内容には含まれておりません。そのため、原因不明の脳梗塞と診断されている方のなかには、卵円孔開存について調べていなかったり、検査が十分でなかったりする場合があります。もし心当たりがある場合には当院のような専門医療機関に一度相談することが望ましいでしょう。

     卵円孔開存に関連した脳梗塞の再発予防には、カテーテルを用いた卵円孔開存を閉じる治療(経皮的卵円孔開存閉鎖術)を行うことが、一般的な脳梗塞に対する薬物治療よりも高い有効性(脳梗塞再発予防効果)があると証明されております。2019年12月より日本国内でも、当院を含む認定施設で実施できるようになりました。同様の治療は、心房中隔欠損症という病気に対する治療として豊富な実績があり、高い有効性と治療安全性が報告されております。

8.脳卒中後のリハビリテーション

詳細は「リハビリテーション」に詳細参照

 

最終更新日:2022年12月03日

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