国立循環器病研究センター

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循環器病対策情報センター ニュースレター Vol.21 (2026.10.13)

世界の疾病負荷研究(GBD): 日本における活用の可能性と課題
〜東北大学災害科学国際研究所/大学院医学系研究科 教授、慶應義塾大学医学部 特任教授 野村 周平 先生のご講演を拝聴して〜

循環器病対策情報センター長
飯原弘二

去る9月24日に開催されました、野村周平教授による「世界の疾病負荷研究(GBD):日本における活用の可能性と課題」と題された講演会の要旨をまとめました。

1. GBDとは何か - 共通の物差しとDALYs

GBD(Global Burden of Disease:世界の疾病負荷研究)の概要

GBDは、世界保健機関(WHO)やビル&メリンダ・ゲイツ財団など、世界の主要な国際機関や政策決定機関の意思決定に広く活用されている、疾病・傷害による健康損失を比較定量化するための体系的かつ科学的な取り組みです。米国ワシントン大学のIHME(保健指標評価研究所)を中心に推進されており、世界160カ国以上から2万人以上の研究者が参画しています。 GBD 2023における分析規模は以下の通りです。

  • 推計するパラメータ数: 6,070億超
  • 健康アウトカムとリスク因子: 375の疾病・傷害、88のリスク因子(全体で463項目)
  • 対象地域: 204の国・地域と、日本の47都道府県を含むサブナショナル(国の下位地域)を合わせた世界1,211地点
  • 対象期間: 1990年から2023年までの33年間、25の年齢グループ、男女別・男女混合で分析され、すべてのサブセットでデータダウンロードが可能です。

総合的な健康指標「DALYs(障害調整生存年数)」

GBDの根幹をなすのが「DALYs(Disability-Adjusted Life Years=障害調整生存年数)」という共通の物差しです。

  • 定義: 「死亡」と「障害」の双方を考慮した総合的な健康指標であり、単位は「時間(失われた健康な時間の合計)」です。
  • 算出式: DALYs = YLLs(早期死亡により失われた期間) + YLDs(病気や怪我で過ごした期間)。
  • 背景: 世界的な高齢化と健康転換(感染症から非感染症への移行:NCDs)が進み、複数の疾患を患いながら生活する時間が増加している現在、死亡数だけでなく障害による健康損失も含めて評価するために不可欠な指標となっています。

2. データで見る世界と日本 - 疾病負荷とリスク因子

死因トップ5の国際比較(所得階層・年次別)

GBD 2023の結果によると、所得水準や地域、時代によって死因の構造には大きな違いが見られます。

  • 低所得国(2000年 vs 2023年):
    • 2000年は1位「下痢性疾患」、2位「新生児障害」、3位「HIV/エイズ」など感染症や母子栄養関連が上位を占めていました。
    • 2023年でも1位は「新生児障害」、2位「下気道感染症」、3位「脳卒中」、4位「虚血性心疾患」など、感染症と非感染症(NCDs)が混在しており、低所得国でもすでに循環器疾患が主要な死因となっています。
  • 高所得国・日本(2023年):
    • 高所得国(米国や英国など)や日本では、「虚血性心疾患」「脳卒中」「アルツハイマー病」「COPD(慢性閉塞性肺疾患)」「肺がん」といった非感染症(NCDs)が上位の大部分を占めています。
    • 日本の2023年の死因トップは「アルツハイマー病」、2位「脳卒中」、3位「虚血性心疾患」、4位「肺がん」、5位「下気道感染症」となっており、1990年当時(1位:脳卒中、2位:虚血性心疾患など)と比較しても高齢化に伴う疾患構造の変化が顕著です。
    • ※GBDでは、死亡診断書上の心不全・老衰・詳細不明など原死因として使えないコード(garbage code)を妥当な原死因へ再配分し、また悪性新生物を部位別に集計するため、順位は厚生労働省の人口動態統計とは異なります(第3節参照)。

DALYsの原因ランキングと変化(世界・低所得国・日本)

  • 世界全体(2023年)のDALYsトップ3: 1位「虚血性心疾患」、2位「新生児障害」、3位「脳卒中」となっています。 また、糖尿病は2000年の15位から5位に上昇し(人口あたり+59.1%、年齢調整でも+20.9%)、高齢化だけでは説明できない実質的な悪化を示しています。
  • 低所得国(2023年)のDALYsトップ3: 1位「新生児障害」、2位「マラリア」、3位「下気道感染症」となっています。HIV/エイズ(-76.8%)、結核(-57.8%)、下痢性疾患(-72.7%)など感染症は劇的に改善した一方、新生児障害の改善は相対的に緩やかで(-46.5%)、交通事故は増加(+10.8%)しています。
  • 日本(2023年)のDALYsトップ10: 1位「アルツハイマー病」(2000-2023年の年齢調整変化率+7.7%)、2位「脳卒中」(同-42.1%)、3位「虚血性心疾患」(同-29.0%)、4位「腰痛」、5位「肺がん」、6位「糖尿病」、7位「加齢性難聴」、8位「その他の筋骨格系疾患」、9位「大腸がん」、10位「転倒」となっています。
  • 年齢調整の意味: アルツハイマー病は人口あたりのDALYs変化率では+168%ですが、年齢調整では+7.7%にとどまり、増加の大部分は高齢化で説明できます。また、腰痛や加齢性難聴のように死亡には直結しないものの生活の質を大きく損なう疾患が上位に入るのは、死亡と障害の双方を捉えるDALYsならではの特徴です。

リスク因子の寄与とその変化

全リスク因子が総DALYsに占める割合(2023年)を比較すると、以下の特徴があります。

  • 世界: 全リスク因子で4%(内訳:行動リスク28.9%、代謝性リスク18.1%、環境・職業リスク15.9%)
  • 日本: 全リスク因子で1%(内訳:行動リスク20.1%、代謝性リスク20.9%、環境・職業リスク9.0%)
  • 特徴: 日本は世界と比較して、「代謝性リスク(高血圧、高血糖、高BMIなど)」の寄与が相対的に大きいという特徴があります(世界では行動リスクが代謝性リスクを大きく上回るのに対し、日本では両者がほぼ同程度です)。
  • リスク因子の変化(年齢調整DALY率、2000→2023年): 母子の低栄養、タバコ、高血圧、不健康な食事は世界・日本ともに大きく改善した一方、高BMIのみ世界+13.9%、日本+11.6%と悪化しています(高血糖も世界では+4.0%)。
  • 主要リスク因子の順位(2023年):
    • 世界: 1位「母子の低栄養」、2位「高血圧」、3位「大気汚染」、4位「タバコ」、5位「不健康な食事」など。
    • 日本: 1位「高血糖」、2位「タバコ」、3位「高血圧」、4位「不健康な食事」、5位「高BMI」など。

日本における政策・戦略へのGBD活用事例

日本国内においても、厚生労働省の「健康日本21(第二次最終評価報告書/第三次推進のための説明資料)」や、内閣官房の「グローバルヘルス戦略」、政官民プラットフォームによる提言などにGBDの推計値やリスク因子分析が活用されています。これにより、我が国における疾病負荷の全体像や、都道府県別の30年間の健康動向(サブナショナル解析)が政策立案の基礎資料として役立てられています。

3. 推計はどう組み立てられているか - モデルと不確実性

GBDの推計は、多様で不揃いなデータを高度な統計モデルと一連の補正プロセスによって統合する仕組みになっています。

推計プロセスの全体像

  1. 死亡側(fatal):
    • 死因データ: 人口動態登録などを使用し、日本のように全数登録がある国では入力が安定しています。
    • Garbage Codeの再配分: 心不全、老衰、詳細不明といった「原死因として使えないコード」を、妥当性の低さに応じてクラス分けし、適切な原死因へ再配分します(日本のアルツハイマー病や認知症が上位に見えるのは、こうした再配分の結果も含まれます)。
    • CODEm(Cause of Death Ensemble model): 4つのモデル族を分割外予測の成績で重み付けして合成するアンサンブル手法で、単一の最良モデルを選ばずに推計します。
    • CoDCorrect: 原因別に推計した死亡数を、生命表から独立に推計した全死因死亡数(envelope)へ同時に整合させます。
  2. 非致死側(non-fatal):
    • 有病・発症データ: 定義や測定法が異なる多様な情報源(疾患登録、病院レセプト、調査、論文など)を扱います。
    • MR-BRT(Meta-Regression-Bayesian, Regularised, Trimmed): 測定法や診断基準、ICD版の違いを参照定義へ換算するクロスウォーク(cross-walk)を行います。
    • DisMod-MR 2.1: 発症率、有病率、寛解率、超過死亡率を区画モデル(常微分方程式系)で同時に解く、非致死推計の中核モデルです。得られた有病率に障害ウェイトを掛け合わせてYLDsを算出します。
  3. リスク側(risk factor):
    • 曝露データ: 健康・栄養調査や健診記録などから、ST-GPR(時空間ガウス過程回帰)を用いて曝露分布を推計します。
    • 相対リスクと反事実(TMREL): 比較の基準となる理論最小リスク曝露水準を反事実として置き、各原因の負荷への寄与(PAF)を算出します。

階層モデルと情報の借用、不確実性の扱い

  • 地理階層と情報の借用: 全ての地域を別々に推計するのではなく、「スーパー地域(7)→地域(21)→国・地域(204)→サブナショナル(日本は47都道府県)」という階層モデルで同時に推計します。データが豊富な国は自国のデータが強く働き、乏しい国は上位階層の水準へ引き寄せられる(収縮:shrinkage)仕組みになっています。最終的なサブナショナル推計は国の値に比例調整(レイキング)されます。
  • 欠測の扱い: 欠測年や欠測地域であっても「推計しない」ことはせず、時間・空間・年齢の隣接情報から借用して全セルで値を算出します。データ借用が強いほど不確実性区間が広がり、「値の欠落」ではなく「区間の拡大」として表現されます。
  • 留意点: GBDの数値は「絶対的な確定値」ではなく、その時点の証拠を最良に統合した推定値です。そのため、不確実性区間を読み込み、版やアクセス日を明示し、データが更新されることを前提に活用していくことが重要です。

 

以上

 

資料:第5回 循環器病対策情報センター講演会

最終更新日:2026年10月13日

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