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循環器病対策情報センター ニュースレター Vol.17 (2026.8.12)

がん登録制度の運営の経験より〜法制化の影響、政策の評価等
〜東京大学医学系研究科 公衆衛生学、元国立がん研究センター がん登録センター 東 尚弘先生のご講演を拝聴して〜

 

本講演の要旨

日本におけるがん登録制度の概要、法制化がもたらした功罪、および登録データを活用した「患者体験調査」の知見を概説しています。2016年の「がん登録等の推進に関する法律」施行により、日本のがん登録は大きな転換点を迎えました。全病院への届出義務化(全国がん登録)により、正確な罹患率や生存率の把握が可能となった一方で、情報の厳格な管理運営に伴う「説明可能性」や「リスク回避」の優先が、データの利活用における障壁となっている実態も浮き彫りになっています。

また、がん登録は単なる統計基盤に留まらず、患者の声を政策評価に反映させる「患者体験調査」の母集団リストとしても機能しています。調査結果からは、希少がんや若年がん患者が直面する病院探しの困難や、就労継続における課題など、医療の質向上に向けた具体的な論点が提示されています。制度設計においては、当初から多様な立場の意見を反映させ、推進と制限のバランスを最適化することが不可欠です。

1.がん登録制度の構造と経緯

1.1 二つのがん登録の役割

日本のがん登録制度は、目的の異なる二つの仕組みで構成されています。

区分

全国がん登録

院内がん登録

主な目的

罹患数の把握(統計・行政)

がん診療の評価・向上(医療の質)

実施施設

全病院および指定診療所(義務)

がん拠点病院等(努力義務・指定要件)

収集項目数

26項目(簡略化、ステージなし)

105項目(UICCステージ等詳細情報)

最重要事項

がん罹患の100%把握

施設単位の受診把握、医療内容の記述

患者同意

不要(法定義務)

不要(適切な管理を前提)

データの特性

予防・検診など罹患前を重視

医療の質など罹患後を重視

1.2 法制化の背景

従来、がん登録は患者の同意を前提としていましたが、これにより罹患率や生存率にバイアスが生じ、正確な実態把握が困難であるという課題がありました。特に院内データのみで計算された生存率は、不明例を「打ち切り」と処理しても真の値よりも高く算出される傾向(見かけ上の高値)がありました。2013年の法制化は、こうしたデータの偏りを排除し、正確な情報を求める患者関係者の強い要望に応える形で実現しました。

2.法制化がもたらした影響と運用の実態

法制化により、無同意での全例収集や一般研究者によるデータ活用が可能となった一方で、厳格な運用に伴う制約も生じています。

2.1 制度運営上の障壁と事例

「有用性」よりも「リスク回避」が優先されてしまう傾向にあり、VPNソフトに脆弱性が一旦見つかると、細かい体制整備や承認作業に時間を要し、その間運用が停止したり、規定のバランスに一旦疑義が生じるとその検討中活用が止まる、あるいは、従来の地域がん登録よりも格段に高い水準の管理が要求されるといった、運用・活用面からの障壁が現れました。

2.2 予後情報の取り扱いに関する課題

また、がん登録法に基づき病院へ提供される予後(生存確認)情報について、目的外利用や第三者提供の禁止規定が厳格に適用されています。これにより、通常の診療情報と区別して管理する必要があり、カルテへの転記も制限されるなどの弊害が生じています。これに対しては、 令和7年度(2025年度)より、予後情報を一定の加工(年月までのマスク化、死因の簡略化など)を行うことで、がん登録法の情報管理制限から外し、通常の診療情報と同様に扱う方針が承認されています。

3.がん登録の利活用:患者体験調査

がん登録は、患者の声を政策に反映させるためのインフラとしても活用されています。院内がん登録の患者を母集団とした「患者体験調査」は、代表性のあるデータとして重要視されています。

3.1 調査の目的と構造

第2期がん対策推進基本計画の策定時、患者の「実感が伴う評価」を求める声に基づき開始された。

  • 対象: 特定の年に診断され、院内がん登録実施施設で初回治療を開始した患者。
  • 方法: 2段階無作為抽出による郵送質問紙調査。国立がん研究センターが発送業者を介して匿名性を維持しつつ実施する。
3.2 2021年症例調査(第3回)の主要な知見

調査結果により、患者の属性(希少がん、若年がん、一般がん)による体験の差異が明らかになった。

  • 医療の全体評価: 全体平均は10点満点中8.2点と概ね高い。
  • 病院探しの困難度:
    • 全体では「全く困難ではなかった」が71.7%に達する。
    • 一方、若年がん患者では55.7%に留まり、病院選びに難渋する傾向がある。
  • 就労と復職:
    • がん診断を職場に伝えた人は約90%と高い。
    • 休職・休業率は全体で53.4%、65歳未満では64.6%に上る。
    • 退職・廃業率は全体で19.4%(65歳未満は13.9%)。
    • 医療者から就労継続について働きかけがあった割合は、若年患者で高い(57.7%)一方、全体では44%に留まる。

4.総括と教訓

がん登録制度の運営経験から得られた教訓は、新たな制度設計における極めて重要な示唆を含んでいます。

  1. 包括的な初期設計: 制度開始後に軌道修正を行うことは極めて困難です。スタート段階で、想定される諸事情を十分に考慮した設計が求められます。
  2. 目的の明確化: 罹患率の把握なのか、患者リストとしての活用なのか等、目的に応じた最小限かつ必要十分な項目設定とルール化が必要です。
  3. バランスの最適化: 適切な情報保護と、データ活用の推進メカニズムを制度内に織り込む必要です。
  4. 多角的な視点の反映: 制度設計には、医療現場、研究者、そして患者関係者など、早い段階から様々な立場の人を巻き込むことが不可欠です。

がん登録は、単なる統計収集の枠を超え、がん医療の質を評価し、患者中心のがん対策を推進するための不可欠な社会基盤として確立されています。

 

以上

 

資料:第4回 循環器病対策情報センター講演会

最終更新日:2026年08月12日

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