広報活動
症状が出る前から進行する『静かな多臓器老化』の正体
-革新的個別化医療を展望した新たな総説を発表-
2025年6月16日
国立研究開発法人国立循環器病研究センター
国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)の心血管老化制御部 部長清水逸平らの研究グループは、オタワ大学(カナダ)、パリ・エスト・クレイユ大学(フランス)の研究者と共同で心臓における老化の意義に関する総説を発表しました。臓器間のクロストークが老化を加速させ、早期の臓器機能不全を引き起こし、炎症や代謝異常を介して、酸化ストレスの増加や組織線維化を促進することにより、多臓器にわたる機能障害を招きます。今回の総説では心臓、肺、腎臓など複数の臓器連携に注目し、多臓器を同時に標的とする新たな治療戦略の可能性が提示されています。今後AIやRNA医薬を用いた個別化・予測型医療により、老化や多臓器障害の進行を抑制する未来が展望されています。
外的要因による心血管の早期老化4大要因
- 喫煙、過栄養、大気汚染などの外的要因は炎症や酸化ストレスを通じて心臓の老化を加速し、心疾患リスクを高めます。
- 高血圧・肥満・糖尿病も老化促進因子であり、運動やカロリー制限は保護的に働きます。
- 大気汚染物質である5は老化を促進する主要因の一つであり、肺での炎症や細胞老化を誘導し、心疾患や突然死のリスクを高めます。
- ウイルス感染、特にSARS-CoV-2は心臓機能に長期的な悪影響を与えることも報告されています。
老化による心血管系への直接的影響と治療標的の可能性
加齢は心機能を低下させ、収縮能が保たれた心不全(HFpEF)などの心疾患リスクを高めます。また、心臓の硬化や線維化が進み、運動耐容能が低下します。加齢に伴い心臓で活性酸素が蓄積しDNA損傷により慢性炎症が生じ、心機能が増悪することや、内皮細胞の老化が炎症や血流障害を招くことも報告されています。つまり、老化細胞と老化細胞から分泌される炎症性サイトカインなどの因子(SASP因子)は心疾患の進行に関わり、新たな治療標的となる可能性があります。
臓器間の相互作用(クロストーク)が老化を加速する
老化による炎症、細胞老化、ミトコンドリア機能の低下、微小血管障害などが、臓器同士の相互作用を通じて全身に波及し、組織の線維化やリモデリングを引き起こします。これにより、心血管系を含む複数の臓器が同時に機能低下に陥るリスクが高まります。
心臓と他の臓器の連関による疾患の進行は、症状が現れる前から静かに進行している “多臓器老化”の可能性があり、早期診断と予測的介入が極めて重要です。
今後の展望
RNAベースの治療やAIによるリスク予測など、最先端の技術を用いた「個別化・多臓器同時介入型」医療の可能性が示唆されており、次世代の治療戦略として老化そのものの進行を遅らせるアプローチが期待されます。
《参考資料》
発表論文情報
題名:Aging at the Crossroads of Organ Interactions: Implications for the Heart
著者:Ilke Sen, Natasha A. Trzaskalski, Yung-Ting Hsiao, Peter P. Liu, Ippei Shimizu, Geneviève A. Derumeau
掲載誌:Circulation Research
DOI:10.1161/CIRCRESAHA.125.325637
掲載内容
- 加齢と心臓—脂肪組織の相互作用
脂肪組織は加齢や肥満に伴い炎症や線維化を起こし、炎症性サイトカインを産生することで心臓の機能を低下させます。特に内臓脂肪の老化は、慢性炎症・インスリン抵抗性・心リモデリングを引き起こします。 - 加齢と心臓—肺の相互作用
加齢により肺の機能が低下し、細胞老化とSASP因子が増加することにより、COPDや肺線維症、肺高血圧などの慢性疾患リスクが高まります。タバコや大気汚染がこれを悪化させ、ウイルス感染(COVID-19など)は老化細胞を介して重症化に関与することが示されています。また、睡眠障害も老化促進と関係し、全身の心肺機能に影響を及ぼす可能性があります。 - 加齢と心臓—腎臓の相互作用
加齢は交感神経系やレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の活性化を通じて、心腎症候群を進行させます。細胞老化やSASP因子による炎症は、心臓と腎臓の線維化を促進し、臓器不全を引き起こします。抗老化タンパク質Klothoの減少も心腎障害に関与し、心筋肥大や線維化を悪化させます。心不全は腎機能低下を、腎不全は心機能障害を加速し、両臓器は密接に関連しています。 - 加齢と心臓・脳の相互作用
認知症やアルツハイマー病は、心血管疾患リスク因子と密接に関連しています。加齢に伴い脳の体積が減少し、神経伝達物質のバランスが崩れ認知機能が低下します。心血管年齢の上昇は脳年齢と関連し、心血管リスクが高いほど脳の老化も進行します。心血管疾患は脳の血流障害を引き起こし、認知機能低下や脳の老化を促進、認知症リスクを増加させることも報告されています。これらの結果は、心臓が脳と密接に関わっていることを示しています。 - 加齢と心臓・肝臓の相互作用
肝疾患は加齢とともに増加し、代謝異常関連脂肪肝疾患(MAFLD)患者の肝臓では細胞老化やDNA損傷のマーカーが高まります。老化細胞の蓄積は脂肪肝の進行を促進し、これらの除去が肝障害を改善することが動物モデルで示されています。肝細胞の老化は肝疾患の悪化や肝がん、肝関連死亡と関連し、細胞種によって老化の影響は異なります。MAFLDの重症度と心血管疾患リスクは強く関連し、肝臓と心臓の相互作用が示唆されています。 - 加齢と心臓・骨格筋の相互作用
加齢により骨格筋のミトコンドリア機能障害や神経変性が進行し、サテライト細胞の老化や筋力・筋量の低下(サルコペニア)が生じます。これにより全身の代謝異常が生じ、脂肪蓄積や炎症が進行、心血管疾患リスクが増加します。逆に、心疾患による慢性炎症や活動量の低下も筋重量を低下させ、両者は相互に悪影響を与え合います。さらに、運動により分泌される筋由来因子(マイオカイン)は心保護効果を持ち、炎症や線維化の抑制に関与します。心不全では筋萎縮や筋細胞死が進み、運動耐容能が低下します。また、サルコペニアが悪化すると心不全も進行しやすくなるなど、心筋と骨格筋の密接な関係が明らかになっています。 - 加齢と心臓・腸の相互作用
加齢に伴い腸内細菌叢の多様性や代謝物が変化し、腸内環境の悪化と「炎症性老化(inflammaging)」が進行します。腸内細菌由来代謝物が腸管バリアを破綻させ、炎症性サイトカインを介して全身性炎症や老化細胞の活性化を引き起こし、心血管疾患や2型糖尿病などの発症と進展に関与します。
心疾患では腸内細菌の構成や腸管透過性の変化が確認されており、動脈硬化を促進する代謝物が増悪することも注目されています。一方で一部の腸内代謝物は心保護作用を持ち、炎症・酸化ストレスの抑制や心機能の改善に寄与することが示されています。 - 加齢過程を標的とした心血管疾患予防の可能性
従来の心血管治療薬は各臓器の疾患を個別に対処することで開発されてきましたが、加齢という根本原因を標的とすることで、複数の加齢関連疾患を同時に予防・治療できる効果が期待されます。たとえば抗糖尿病薬メトホルミンは、老化遅延効果が期待され、心不全(HFpEF)や認知機能低下、サルコペニアなどへの効果をみる臨床試験がおこなわれています(PMID: 27304507, 38181790)。
「老化細胞除去療法(セノリティクス)」というアプローチも注目されています。老化細胞は心血管疾患の病態に関与し、その除去により心機能や代謝が改善することがマウスモデルで示されています。ダサチニブ+ケルセチン(D+Q)やABT263は加齢心の機能改善や線維化抑制に有効であることがマウスで示されています。安全面での課題があり、副作用の少ないセノリティクスの探索に関する研究が進行中です。
【報道機関からの問い合わせ】
国立研究開発法人国立循環器病研究センター 企画経営部広報企画室
TEL : 06-6170-1069 (31120) MAIL: kouhou@ml.ncvc.go.jp
最終更新日:2025年06月16日