広報活動
脳梗塞重症度や血管危険因子に関係なし 心房細動を伴う脳梗塞の早期抗凝固薬開始による再発予防は安全かつ有効
2025年6月3日
国立研究開発法人国立循環器病研究センター
国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)の脳血管内科(古賀政利部長、豊田一則副院長)は2020年2月~2023年5月国際共同ELAN試験(15カ国103施設参加の大規模臨床試験)日本代表として参加し、「心房細動を伴う脳梗塞発症早期から抗凝固薬開始に対する脳卒中重症度や血管危険因子の影響」を調査、解析を行い、「心房細動を伴う脳梗塞では、脳梗塞重症度や多様な血管危険因子に関係なく、発症後早期から直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)を開始することが安全かつ有効である」ことを示しました。
脳梗塞発症直後は出血のリスクが高く、治療開始時期に関する十分なデータがなかった
非弁膜症性心房細動を伴う脳梗塞の再発予防にはDOAC(凝固因子を直接阻害することのできる経口投与薬)を使った抗凝固療法が有効です。しかし、脳梗塞発症直後は出血のリスクが高く、この治療をいつから開始するか十分な研究データがありませんでした。ELAN試験で、従来行われている後期DOAC開始(軽症脳梗塞で発症3-4日、中等症脳梗塞で発症6-7日、重症脳梗塞で発症12-14日で開始)と比較して早期DOAC開始(軽症および中等症脳梗塞では発症48時間以内、重症脳梗塞では発症6-7日で開始)が安全かつ有効である可能性を示しました。
脳梗塞重症度や生活習慣病に該当する血管危険因子の影響について調査
今回の研究は「ELAN試験登録症例を対象とした、脳梗塞発症30日以内の複合評価項目*に対する脳梗塞重症度や血管危険因子と治療開始時期の相互作用」についての調査(*図1)を行いました。
解析対象は2,013例で70歳以上77%、女性46%を含みます。今回の調査結果から心房細動を伴う脳梗塞の早期DOAC開始による再発防止は、脳梗塞重要度や血管危険因子に関係なく、安全で有効であるとことが示されました。
図1.脳梗塞発症30日以内の複合評価に対する脳梗塞重症度や血管危険因子と治療開始時期の相互作用P値
*詳細データはページ下部参照
今後の展望と課題
本研究はELAN試験の事後解析であり、症例数や評価項目のイベント数が限られるため、推測の域を出ないのが課題です。しかし、多様な重症度や血管危険因子を有した心房細動を伴う脳梗塞患者に早期DOAC開始を適応できることを研究結果が示唆しており、これからの本研究領域にとって重要な知見となります。
※この研究成果は、Journal of Strokeオンライン版に令和7年5月31日に掲載されました。
《参考》
脳梗塞発症30日以内の複合評価項目に対する脳梗塞重症度や血管危険因子と治療開始時期の相互作用*詳細データ
| 早期DOAC開始 | 後期DOAC開始 | オッズ比(95%信頼区間) | 相互作用P値 |
重症脳梗塞(NIHSS≧10) | 12/165(7.3%) | 18/174(10.3%) | 0.69(0.33-1.47) | 0.913 |
非重症脳梗塞(NIHSS<10) | 17/819(2.1%) | 23/817(2.8%) | 0.73(0.39-1.37) | |
年齢≧70歳 | 24/759(3.2%) | 36/765(4.7%) | 0.67(0.4-1.13) | 0.545 |
年齢<70歳 | 5/225(2.2%) | 5/226(2.2%) | 1.00(0.30-3.33) | |
男性 | 17/534(3.2%) | 17/544(3.1%) | 1.02(0.52-2.00) | 0.145 |
女性 | 12/450(2.7%) | 24/447(5.4%) | 0.50(0.25-1.00) | |
体重≧75kg | 18/538(3.3%) | 14/519(2.7%) | 1.24(0.62-2.48) | 0.040 |
体重<75kg | 11/446(2.5%) | 27/472(5.7%) | 0.44(0.22-0.88) | |
虚血事象既往あり | 8/170(4.7%) | 10/194(5.2%) | 0.94(0.37-2.36) | 0.511 |
虚血事象既往なし | 21/802(2.6%) | 31/791(3.9%) | 0.66(0.37-1.15) | |
心筋梗塞既往あり | 2/78(2.6%) | 5/85(5.9%) | 0.54(0.12-2.43) | 0.695 |
心筋梗塞既往なし | 26/896(2.9%) | 36/896(4.0%) | 0.74(0.45-1.23) | |
血管病あり | 4/130(3.1%) | 9/157(5.7%) | 0.65(0.21-1.98) | 0.844 |
血管病なし | 23/818(2.8%) | 31/801(3.9%) | 0.74(0.43-1.26) | |
慢性心不全あり | 4/64(6.2%) | 8/59(13.6%) | 0.46(0.14-1.49) | 0.428 |
慢性心不全なし | 21/853(2.5%) | 31/866(3.6%) | 0.78(0.46-1.33) | |
高血圧あり | 24/677(3.5%) | 27/611(4.1%) | 0.86(0.49-1.49) | 0.203 |
高血圧なし | 4/296(1.4%) | 13/322(4.0%) | 0.41(0.15-1.11) | |
収縮期血圧≧138mmHg | 17/497(3.4%) | 22/497(4.4%) | 0.78(0.41-1.47) | 0.673 |
収縮期血圧<138mmHg | 12/487(2.5%) | 19/494(3.8%) | 0.63(0.31-1.31) | |
拡張期血圧≧79mmHg | 17/501(3.4%) | 25/514(4.9%) | 0.70(0.38-1.30) | 0.924 |
拡張期血圧<79mmHg | 12/483(2.5%) | 16/477(3.4%) | 0.74(0.35-1.56) | |
糖尿病あり | 8/181(4.4%) | 9/157(5.7%) | 0.77(0.30-2.00) | 0.826 |
糖尿病なし | 21/793(2.6%) | 32/829(3.9%) | 0.68(0.39-1.19) | |
脂質異常症あり | 15/431(3.5%) | 13/419(3.1%) | 1.04(0.50-2.16) | 0.198 |
脂質異常症なし | 13/523(2.5%) | 25/546(4.6%) | 0.54(0.28-1.04) | |
クレアチニンクリアランス≧70ml/min | 10/524(1.9%) | 17/494(3.4%) | 0.55(0.25-1.20) | 0.372 |
クレアチニンクリアランス<70ml/min | 19/460(4.1%) | 24/497(4.8%) | 0.86(0.47-1.59) | |
CHA2DS2-VAScスコア≧5 | 22/661(3.3%) | 34/644(5.3%) | 0.63(0.37-1.08) | 0.372 |
CHA2DS2-VAScスコア<5 | 7/323(2.2%) | 7/347(2.0%) | 1.07(0.38-2.96) | |
喫煙あり | 6/247(2.4%) | 10/240(4.2%) | 0.59(0.22-1.60) | 0.666 |
喫煙なし | 20/685(2.9%) | 26/692(3.8%) | 0.76(0.43-1.33) | |
発症前日常生活自立 | 24/873(2.7%) | 36/886(4.1%) | 0.67(0.40-1.13) | 0.588 |
発症前日常生活要介護 | 5/110(4.5%) | 5/104(4.8%) | 0.97(0.29-3.24) |
- 体重以外の血管危険因子や脳梗塞重症度とDOAC開始時期の間に、30日以内および90日以内の複合評価項目に対する相互作用はなく(表)、体重以外の血管危険因子や脳卒中重症度が早期DOAC開始後の虚血イベント、出血イベントや血管死に影響しないと考えられた。
- 体重75kg未満では後期DOAC開始に比べて早期DOAC開始により30日以内の複合評価項目が56%減少したが、体重75kg超では早期と後期開始で30日以内の複合評価項目は同程度に発生した。
ELAN試験主要評価項目
- 脳梗塞発症30日以内に発生した脳梗塞再発・全身塞栓症・頭蓋外大出血・症候性頭蓋内出血または血管死(複合評価項目)
ELAN試験参加施設
循環器病研究開発費の研究助成を受け、国循が中心となって国内の多くの施設が参加しました。
発表論文情報
題名:Impact of Stroke Severity and Vascular Risk Factors on Early versus Late Anticoagulation in Patients with Stroke and Atrial Fibrillation
著者:Koga M, Branca M, Strbian D, Yoshimoto T, Tanaka K, Yoshimura S, Yakushiji Y, Fujimoto S, Vedamurthy A, Krishnan M, Tiainen M, Vehoff J, Sibolt G, Matsuzono K, Kulyk C, Räty S, Slade P, Salerno A, Hemelsoet D, Horvath T, Kunieda T, Nakajima M, Akiyama H, Iguchi Y, Inoue M, Ihara M, Toyoda K, Seiffge D, Goeldlin M, Dawson J, Fischer U.
掲載誌:Journal of Stroke
謝辞
本研究の解析対象論文となったELAN試験は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
- 循環器病研究開発費(20-4-5)
解説
NIHSS(National Institutes of Health Stroke Scale)は脳梗塞や脳出血の重症度を示すスケールです。0点から42点でスコアをつけます。スコア高値ほど重症です。10点以上が重症脳梗塞とする報告が多くあります。
【報道機関からの問い合わせ】
国立研究開発法人国立循環器病研究センター 企画経営部広報企画室
TEL : 06-6170-1069 (31120) MAIL: kouhou@ml.ncvc.go.jp
最終更新日:2025年06月03日