国立循環器病研究センター

メニュー

広報活動

我が国の国民健康保険加入者の定期健診受診と糖尿病および透析リスクに関する新たな研究知見

2025年4月21日
国立研究開発法人国立循環器病研究センター
合同会社 H.U.グループ中央研究所

 国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)の予防医学・疫学情報部の西村邦宏(部長)、尾形宗士郎(室長)、萩原明人(客員部長)らとH.U.グループ中央研究所(東京都あきる野市、職務執行者:小見和也)は、我が国の2型糖尿病の増加とその合併症、特に糖尿病性腎症と透析のリスクに関する新たな研究結果を発表しました。この研究は、年次健康診断の受診頻度と糖尿病関連指標との関連性、及び早期治療の病気進行に及ぼす影響を検討し、3年間以上健康診断を受けなかった市民は、毎年健康診断を受けていた市民に比べて2型糖尿病のリスクが高いことが明らかとなりました。

■研究成果のポイント

  • 「プロスペクト理論」(*)に基づいた健康診断もしくは郵送検査の受診案内を行い、従来の方法では得られなかった、3年以上健康診断を受診していない市民の検査データが得られました。
  • 3年間以上健康診断を受けなかった市民は、毎年健康診断を受けていた市民に比べ、2型糖尿病のリスクが高いことが判明しました。 
  • 高リスクに分類された市民のシミュレーションによれば、その多くは将来的に透析が必要となる可能性が示されましたが、早期治療により透析を回避できることがわかりました。

■概要

<背景>

 2型糖尿病(T2DM)は我が国の代表的な生活習慣病の一つで、患者数は増加傾向にあり、その合併症である糖尿病性腎症や透析も増加しています。わが国では疾病を早期に発見し治療につなげるため、健康診断が毎年実施されています。健康診断の受診と健康アウトカムの間には関連があることが知られていますが、健康診断の不受診とT2DMリスクの関係については知見が得られていませんでした。

<方法>

 この研究では、2018年度から2020年度の間に3年以上1回も健康診断を受診していない40歳以上の国保に加入する市民6,956人を対象として、通常の健康診断の案内に加えて、「プロスペクト理論」(*)に基づいて健康診断もしくは郵送検査によるセルフチェックの案内を行いました。対象の市民のうち、808名が2021年度に健康診断かセルフチェックのいずれかの方法で検診に参加しました。2018年度から2020年度の間に健康診断を一回以上受診した市民のうち、2021年度も受診した2664人を加え、対象者は受診頻度により4グループに分類されました(「毎年受診したグループ」「3年のうち2回受診したグループ」「3年のうち1回受診したグループ」「3年のうち0回もしくは3年以上受診していないグループ」)。毎年受診したグループとそれ以外の3グループにつき、多重ロジスティック回帰分析を用いて健康診断の受診頻度と糖尿病関連指標(ヘモグロビンA1cおよび推算糸球体濾過率)の関連を評価しました。

<結果>

  • 3年以上健康診断を受けていないグループは、毎年健康診断を受けていたグループに比べ、T2DMのリスクが高くなっていました(オッズ比 = 4.69, 95%信頼区間:78–7.94)(図)。
  • さらに、高リスクに分類された39人の市民についてのシミュレーションによれば、32人が将来的に透析が必要となる可能性があります。しかし、早期に治療を開始すれば、31人は透析を回避できることが示されました。

考察・結論・今後の展開

 今回の研究により、長期間検診を受診していない市民のうち、新たに800人以上の健康状態を把握することができました。その結果、3年間以上健康診断を受けなかった市民は、T2DMのリスクが高く、将来の透析を回避するためには早期発見とその後の介入が重要であることが示されました。

 この研究は、糖尿病予防と管理のための新たな知見を示しています。今後はより長期間にわたる健康診断の受診頻度と健康アウトカムの関連性を明らかにしていくことが重要です。また、糖尿病予防のための早期介入プログラムの効果を評価し、地域社会全体での実施を推進することが求められます。さらに、他の地域での研究を通じて、今回の結果が一般化可能かどうかを検証することも必要です。

 

(*)プロスペクト理論:心理学と経済学を組み合わせた行動経済学の理論のひとつで、1979年にダニエル・カールマンらによって提唱されました。例えば投資家は利益よりも損失に敏感に反応し、利益が出ている場合は損失回避のための利益確定をおこない、逆に損失が出ている場合はそれを取り戻そうとして大きなリスクのある取引を行う傾向があるとされています。プロスペクト理論に基づき、本研究では3年間以上健康診断を受けていない市民に対して、3回にわたり周知を行ました。1回目は健康診断の内容を紹介し、2回目は健康診断を受けることに伴う特典の付与、郵送検査期間の終了が近づいた3回目には、「郵送検査を受ける機会を失う」という損失を強調する内容の通知を送付しました。カールマンはプロスペクト理論により2002年のノーベル経済学賞を受賞しています。

 

《参考》

健康診断を毎年受診したグループとそれ以外の3グループ間の糖尿病関連指標の異常値リスク
図.健康診断を毎年受診したグループとそれ以外の3グループ間の糖尿病関連指標の異常値リスク(BMC Public Healthに掲載の図を改変)

 

図の解説:モデル1は粗オッズ比、モデル2は年齢と性別による調整済みオッズ比、モデル3は、医療機関で健診を受けた群の多重ロジスティック回帰分析の結果を示しています。健康診断を1回または2回受けた群と毎年受けた群の間には、HbA1c異常値リスクに有意な差は見られませんが、3年間以上受けなかった群はHbA1c異常値リスクが有意に高くなっています(図中赤枠)。調整済みモデルでは、eGFR異常値リスクと受診頻度との間に関連は見られませんでした。

■発表論文情報

著者:Iori Nakamura, Satoshi Kato, Akari Suda, Eri Kiyoshige, Kiyomasa Nakatsuka, Yuriko Nakaoku, Kanako Teramoto, Yusuke Yoshikawa, Misa Takegami, Soshiro Ogata, Akihito Hagihara & Kunihiro Nishimura

題名:Prevalence of diabetes mellitus and dialysis risk based on annual health checkup frequency among National Health Insurance citizens in Japan

掲載誌:BMC Public Health

DOI:https://doi.org/10.1186/s12889-025-22403-1

■謝辞

本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。

・日本学術振興会科学研究費補助金 若手研究 JP22K17821

 

【報道機関からの問い合わせ】

国立研究開発法人国立循環器病研究センター 企画経営部広報企画室
TEL : 06-6170-1069 (31120)  MAIL: kouhou@ml.ncvc.go.jp

最終更新日:2025年04月21日

設定メニュー