広報活動
アルツハイマー病の「感受性遺伝子APOE4」は、頸動脈狭窄/閉塞症の増悪因子でもあることが明らかに
2025年3月17日
国立研究開発法人国立循環器病研究センター
国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)の服部頼都:認知症先制医療開発部特任部長/脳神経内科医長、猪原匡史:脳神経内科部長、柿野圭紀:脳神経内科研修生(現:岐阜大学高次救命治療センター)、フィンランド/Turku大学の飯田秀博教授らは、アルツハイマー病に関係する遺伝子「APOE4」が、頸動脈狭窄/閉塞症注1)のある方で、脳血流の低下や認知機能の悪化に悪影響を及ぼすことがわかりました。この研究成果により、将来的に、APOE遺伝子を調べることで、アルツハイマー病患者だけでなく、頸動脈狭窄/閉塞症患者においても脳梗塞、認知症の発症予防に役立つ可能性があることが示されました。
本研究成果は、米国心臓協会オンライン機関誌「Journal of American Heart Association」に、2025年3月13日に掲載されました。
■APOE4は、頸動脈狭窄症/閉塞症の増悪因子
頸動脈狭窄症/閉塞症患者の中で、APOE4保有者は非保有者よりも重度の脳血流低下をきたし、同時に記憶障害が悪化していました。このため、APOE4保有者は脳梗塞、認知症の高リスク群である可能性が考えられ、頸動脈狭窄症/閉塞症患者の中でも特に早期に脳血流精査、認知機能評価を行い、早期治療を行う必要があると考えられました。

■げっ歯類などを用いた基礎研究から臨床研究へ
認知症先制医療開発部特任部長/脳神経内科医長の服部は、Weill Cornell Medicine在籍時に、げっ歯類などを用いた基礎研究で、APOE4は、脳血管壁や髄膜周辺に存在するマクロファージによって、脳動脈周囲に酸化ストレスを高発現させて、脳血管の機能を障害し、脳血流低下と認知機能低下の原因となることを明らかにしました。このような基礎研究と同様のことが人でも起こっているかどうかを調べるため、本研究は、頸動脈狭窄/閉塞症患者において、APOE4保有者と非保有者の間で脳循環代謝、認知機能を比較しました。

■脳梗塞・認知症予防のために、早期の脳血流精査、機能評価を行い、早期治療を要す
APOE4はアルツハイマー病の疾患感受性遺伝子です。しかし、なぜアルツハイマー病の発症リスクを上げるかについて、様々なメカニズムが考えられており、その中でAPOE4は脳動脈周囲の酸化ストレスの高発現を誘導します。このため、アルツハイマー病のみならず、その他の疾患にもリスクとなる可能性が考えられます。APOE4は頸動脈の狭窄度の重症度に関わらず、頸動脈狭窄症/閉塞症における脳血流低下、認知症の高リスクとなることが本研究において明らかとなったことから、今後も、APOE4を保有する頸動脈狭窄症/閉塞症患者を縦断的に追跡するとともに、脳梗塞・認知症予防のために、APOE4保有者では、早期の脳血流精査、認知機能評価を行い、早期治療を要すると考えます。
《参考資料》
■研究手法と成果
国循で、2017年1月から2022年3月までに15O-ガスPET検査注2)を行った1555名の患者のうち、161名が無症候性の中等度以上の頸動脈狭窄症または閉塞症患者であり、91名が、15O-ガスPET検査とともに認知機能検査を受けていました。APOE4非保有者は71名(平均年齢77.2歳)、保有者は20名(平均年齢76.0歳)でした。両群において、頸動脈狭窄/閉塞症の重症度に差は認めませんでしたが(p = 0.12)、頸動脈によって還流される脳の領域(前方循環領域)において、APOE4保有者で脳血流量が有意に低下していました(前方循環領域の脳血流量/小脳の脳血流量: APOE4非保有者0.75 ± 0.073、APOE4保有者0.69 ± 0.11; p = 0.01)(図1)。年齢、性別、血管危険因子などによって調整した後の多変量線形回帰分析において、APOE4の保有は、脳血流量低下の独立した危険因子でした(APOE4保有者における非保有者との差の平均 −0.058、95%信頼区間 −0.098~−0.018、p = 0.005)(図2)。さらに、認知機能を比較すると、アルツハイマー病評価尺度(Alzheimer’s Disease Assessment Scale–Cognitive Subscale 13:ADAS-Cog)注3)のなかで、遅延再生(短期記憶の指標)がAPOE4保有者で有意に増悪していました(APOE4保有者5.9点、APOE4非保有者 4.5点; p = 0.049)。年齢、性別、血管危険因子などによって調整した後の多変量線形回帰分析において、APOE4の保有は、短期記憶低下の独立した危険因子でした(APOE4保有者における非保有者との差の平均 1.16点、95%信頼区間 0.009~2.30、p = 0.048)(図3)。
認知機能検査が行われていない70名を含めた161名全体で脳血流量の比較を行っても、前述と同様の結果が再現でき、APOE4の保有は、脳血流量低下の独立した危険因子でした(APOE4保有者における非保有者との差の平均 −0.048、95%信頼区間 −0.079~−0.017、p = 0.003)。
■注釈
注1)頸動脈狭窄/閉塞症:脳循環代謝低下によって脳梗塞、認知症を発症させる原因の1つです。日本における頸動脈狭窄/閉塞症の患者数は、200万人前後と言われています。
注2)15OガスPET: 15Oを含んた気体を吸入して、一度の検査で脳血流・血液量・酸素摂取率および酸素消費量の情報が得られます。
注3)Alzheimer’s Disease Assessment Scale–Cognitive Subscale 13 (ADAS-Cog):認知機能検査の1つです。
■発表論文情報
著者:柿野圭紀、服部頼都、尾形宗士郎、中奥由里子、西村邦宏、飯田秀博、猪原匡史
題名:Cerebral hemodynamic impairment and cognitive dysfunction in APOE4 carriers with asymptomatic carotid artery stenosis/occlusion
掲載誌:Journal of American Heart Association
DOI:https://doi.org/10.1161/JAHA.124.039210
■研究実施機関
代表機関名:国立研究開発法人国立循環器病研究センター
代表者名(所属・役職):服部 頼都(認知症先制医療開発部 特任部長・脳神経内科 医長)
■謝辞
本研究は、循環器病研究振興財団、日本老年医学会、テルモ生命科学振興財団、大阪認知症研究会、大和証券ヘルス財団、本庄国際奨学財団により支援されました。
【報道機関からの問い合わせ】
国立研究開発法人国立循環器病研究センター 企画経営部広報企画室
TEL : 06-6170-1069 (31120) MAIL: kouhou@ml.ncvc.go.jp
最終更新日:2025年03月17日