国立循環器病研究センター

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アドレノメデュリンが急性期脳梗塞の新規治療薬となりうる可能性を示唆

― 医師主導治験AMFIS研究の成果を発表 ー

 

2024年11月14日
国立研究開発法人国立循環器病研究センター

 国立研究開発法人国立循環器病研究センター (大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循) の脳神経内科猪原匡史部長、吉本武史医師 (現国立大学法人筑波大学附属病院脳卒中科病院講師)、齊藤聡医長、データサイエンス部大前勝弘前室長、山本晴子部長を中心とする研究グループは、宮崎大学フロンティア科学総合研究センター北村和雄特別教授、北俊弘特別教授らと共同で、発症24時間以内の急性期非塞栓性脳梗塞患者注1を対象とした第2相単施設プラセボ対照二重盲検ランダム化医師主導治験注2、「急性期非塞栓性脳梗塞患者を対象としたアドレノメデュリンの投与の安全性の評価及び用法・用量探索試験 (AMFIS研究)」を2020年より開始しました。

 その結果、急性期脳梗塞患者に対するアドレノメデュリン投与の安全性が示されました。さらに、アドレノメデュリンを昼夜連続で投与するのではなく、一定の”投与しない時間”を設けることが重要であることも示唆されました。

 本研究成果は日本時間2024年11月14日、eClinicalMedicine誌 (The Lancet Discovery Science) に報告しました。

プレスリリースのポイント

  • 脳卒中の死亡者数は年間11万人にのぼり、脳梗塞をきっかけとして寝たきりや認知症を発症するケースが非常に多く、その医療コストは年間1兆円を優に超えています。
  • 脳梗塞発症・治療後のQOLを改善するためには、①脳梗塞により生じた脳の組織障害・機能障害を回復させること、②治療により再開した血流を利用して再生を促すこと、この2点が今後重要となってきます。
  • アドレノメデュリンは、宮崎大学の北村和雄特別教授、国立循環器病研究センターの寒川賢治前研究所長らによって発見されたペプチドホルモンです。循環器系臓器で広く作られ、血管を拡張させたり、血管新生を促したりと、多彩な作用が知られていました。
  • AMFIS研究の参加者は、無作為にアドレノメデュリン投与群かプラセボ(偽薬)投与群に割り振られました。そして、アドレノメデュリンを投与された患者に重篤な有害事象は起こりませんでした。
  • さらに興味深いことに、アドレノメデュリンを昼夜連続で投与するのではなく、一定の”投与しない時間”を設けることが重要であると示唆されました。
  • 過去の報告を元に本結果の背景を考察すると、アドレノメデュリンを昼夜連続で持続的に投与することによって、アドレノメデュリン受容体注3を構成するタンパク質の発現が低下し、結果的にアドレノメデュリンの効果が減弱したと推察されました。

■背景

 脳梗塞を発症すると、血管でアドレノメデュリンが産生されることが知られており、アドレノメデュリンは脳梗塞に対する生体防御反応をつかさどると考えられています。さらに近年、アドレノメデュリンと炎症との関連が注目されています。敗血症を起こしたマウスへアドレノメデュリンを投与すると、血行動態が改善し、炎症が軽減することも報告されています。

 これらの結果を踏まえ、アドレノメデュリンは、潰瘍性大腸炎、クローン病、COVID-19感染症、うっ血性心不全、心筋梗塞への臨床応用が期待されています。

アドレノメデュリン(AM)

 近年、アドレノメデュリンの脳梗塞に対する有効性が、さまざまな動物実験で示されてきました。脳神経内科の猪原匡史部長らは、脳循環不全後に、アドレノメデュリンが血管新生(新しい血管を作る作用)を誘導し、炎症を抑制して、組織を保護することを示しました。また、京都大学の研究チームにより、脳梗塞モデルマウスにアドレノメデュリンを投与すると脳梗塞が縮小することが報告され、さらに順天堂大学の研究チームにより、体内のアドレノメデュリンを少なくした動物では、脳梗塞が拡大することが報告されました。これらの基礎研究により、アドレノメデュリンは脳梗塞の新規治療薬として期待されています。

 そこで今回、脳神経内科猪原匡史部長を中心とする研究グループは、急性期脳梗塞患者にアドレノメデュリン投与し、その安全性と最適な投与法の探索を目的とした治験 (AMFIS研究) を行いました。

■研究手法

 AMFIS研究は、宮崎大学から、アドレノメデュリンとプラセボ(偽薬)の提供を受け、急性期脳梗塞の治療のために国立循環器病研究センターに入院した患者を対象として実施されました。MRIで診断された、発症24時間以内の脳梗塞患者が対象となり、脳梗塞の原因として塞栓が疑われた患者や、血管内治療の必要があると判断された患者は対象外となりました。参加者は、コンピューターが無作為に作成した薬剤番号に基づき、アドレノメデュリン投与群かプラセボ(偽薬)投与群に割り振られました。

 研究の前半では、でアドレノメデュリン投与群の患者は、脳梗塞発症日から7日間にわたって、毎日アドレノメデュリンを9 ng/kg/minの速度で8時間、点滴で投与されました。一方、研究の後半では、アドレノメデュリン投与群の患者は、アドレノメデュリンを9 ng/kg/minの速度で、最初の3日間、72時間連続で、点滴で投与され、続く4日間は、9 ng/kg/minの速度で、毎日8時間、点滴にて投与されました。プラセボ(偽薬)投与群の患者は、プラセボ(偽薬)が点滴で投与されました。

■研究成果

 AMFIS研究では、アドレノメデュリンを投与された患者において、重篤な有害事象が全く認められなかった点より、急性期脳梗塞患者に対するアドレノメデュリンの安全性が示されました。

 脳梗塞発症7日目までのNIHSSスコア注4の変化量は、アドレノメデュリン投与群とプラセボ(偽薬)投与群で大きな差異はありませんでしたが、研究の前半で7日間にわたって毎日アドレノメデュリンを8時間投与されたグループは、研究の後半でアドレノメデュリンを最初の72時間連続で投与され、続く4日間は毎日8時間投与されたグループに比べ、NIHSSスコアの変化量が大きい(脳梗塞の症状が改善している)傾向が認められました。この傾向は、年齢や性別などの因子を調整すると、より顕著になりました。そしてこの傾向は、脳梗塞発症90日後時点でのmodified Rankin Scaleスコア注5でも認められました。

■今後の展望と課題

 AMFIS研究では、アドレノメデュリンの有効性は示されませんでしたが、アドレノメデュリンの安全性や、アドレノメデュリンの最適投与法に関する重要な知見が得られました。

アドレノメデュリンが有する血管新生作用 (新しい血管を作る作用) や血管拡張作用 (血管を広げる作用) は、脳出血を誘発させたり、脳梗塞を増悪させる可能性が理論的には危惧されましたが、そのような事象が全く見られなかったことは、今後のアドレノメデュリンの臨床応用に向け、重要な知見となりました。

この結果を踏まえ、今後さらなる大規模な治験に進めることが可能となります。また、その際、脳梗塞患者にアドレノメデュリンを連続的に投与するのではなく、一定の”投与していない時間”を設けることが必要と示唆されました。

 血栓溶解療法、血管内治療法といった脳梗塞急性期治療の進歩により、閉塞血管の再開通率は70〜80%と高率となり、多くの患者がその恩恵を受けるようになりました。しかし、依然として脳卒中の死亡者数は年間11万人にのぼり、死亡には至らなくても、脳梗塞をきっかけとして寝たきりや認知症を発症するケースが非常に多く、その医療コストは年間1兆円を優に超えています。

 したがって,脳梗塞発症・治療後のQOL(Quality of Life)を改善するためには、①脳梗塞により生じた脳の組織障害・機能障害を回復させること、②治療により再開した血流を利用して再生を促すこと、この2点が今後重要となってきます。アドレノメデュリンは1剤で①と②の両方を実現できる可能性があるペプチドホルモンであり、今後のさらなる研究が望まれます。

 

注1 血栓 (血のかたまり) 以外の原因で発症した脳梗塞。

注2 医師主導治験とは製薬企業主導ではなく、医師や研究者主導の治験です。単施設プラセボ対照二重盲検ランダム化治験とは、1つの病院 (今回は国立循環器病研究センター) で実施され、患者と医師の両者が、本物の薬 (今回はアドレノメデュリン) か、プラセボと呼ばれる偽薬かわからない状態で、無作為に、それぞれの群に振り分けられる治験です。第2相治験とは初めて疾患を有する患者に投与される治験です。

注3 アドレノメデュリンが結合し、そのシグナルを細胞内に伝達する役割を果たす受容体。

注4 脳卒中における神経学的障害の重症度を評価するためのスコア。

注5 脳卒中後の日常生活の自立度を評価するためのスコア。

■発表論文情報

著者:吉本武史(国立循環器病研究センター脳神経内科)、齊藤聡(国立循環器病研究センター脳神経内科)、大前勝弘(国立循環器病研究センターデータサイエンス部)、田中健太(国立循環器病研究センターデータサイエンス部)、北俊弘(宮崎大学フロンティア科学総合研究センター)、北村和雄(宮崎大学フロンティア科学総合研究センター)、福間一樹(国立循環器病研究センター脳神経内科)、鷲田和夫(国立循環器病研究センター脳神経内科)、阿部宗一郎(国立循環器病研究センター脳神経内科)、石山浩之(国立循環器病研究センター脳神経内科)、山口枝里子(国立循環器病研究センター脳神経内科)、山上宏(筑波大学医学医療系脳卒中予防・治療学)、長束一行(公益財団法人唐澤記念会大阪脳神経外科病院)、辻雅弘(京都女子大学家政学部食物栄養学科)、南学(国立循環器病研究センターデータサイエンス部)、山本晴子(国立循環器病研究センターデータサイエンス部)、服部頼都(国立循環器病研究センター脳神経内科)、田中智貴(国立循環器病研究センター脳神経内科)、猪原匡史(国立循環器病研究センター脳神経内科)

題名:Efficacy and safety of adrenomedullin for acute ischemic stroke (AMFIS): a phase 2, randomized, double-blinded, placebo-controlled, clinical trial

掲載誌:eClinicalMedicine 

DOI:10.1016/j.eclinm.2024.102901

■謝辞

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development : AMED)臨床研究・治験推進研究事業「脳梗塞急性期のアドレノメデュリン静注療法の確立」からの資金的支援を受け実施されました。

 

【報道機関からの問い合わせ】

国立研究開発法人国立循環器病研究センター 企画経営部広報企画室
TEL : 06-6170-1069 (31120)  MAIL: kouhou@ml.ncvc.go.jp

最終更新日:2024年11月20日

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