■背景

　男性はXYの性染色体を持ちますが、（加齢とともに血液の白血球からY染色体が失われることがあります（ただし性同一性と染色体の構成が常に一致するわけではありません）この現象は、loss of Y chromosome (LOY)と呼ばれ、アルツハイマー病やがんなど、加齢にともなう病気に関連しています。国際研究チームは以前、白血球のY染色体が無いオスマウスを用いて、白血球のLOYと心不全（心臓の働きが悪い状態）の関係を研究していましたが、LOYによって心不全が悪化する詳しい仕組みはまだ分かっていませんでした。

■研究手法と成果

　研究チームは、マウスの白血球にあるY染色体の中の特定の遺伝子（Uty、Kdm5d、Ddx3y、Eif2s3y）が失われることが心不全を悪くするかもしれないと考えました。そこで、これらの遺伝子のいずれかを欠損した白血球を持つマウスを作り、それぞれのマウスの心不全のなりやすさを解析しました。その結果、Utyという遺伝子がない白血球を持つマウスだけが、普通のマウスよりも心不全になりやすいことが分かりました。したがって、「加齢に伴い白血球のY染色体が無くなることでUty遺伝子も失われ、そのことが心不全を悪化させる原因になっているのではないか」と考えられました。

　次に、Utyは他の遺伝子の転写を調整する分子であることから、Uty遺伝子を欠損する白血球の心臓での役割を解析しました。今回の研究では、白血球の中でも特にマクロファージという細胞に注目しまして解析を行いました。マクロファージには炎症を亢進するものや、線維化を促進するものなどがありますが、Uty遺伝子を欠損したマクロファージは、線維化を促進するマクロファージになりやすいことが分かりました。そしてこれが、心不全が悪化する一因と考えられました。血液のY染色体が失われた男性の心臓の検査を実施したところ、やはり線維化が強く引き起こされていることが分かりました。

■今後の展望と課題

　白血球からY染色体が失われることが心不全だけでなく、他のも疾患にどのような影響を与えるかをさらに詳しく研究することが重要だと考えています。また、白血球のLOYのある男性では寿命が短いことも明らかになっており、その仕組みの解明も今後の大きな課題です。LOYを研究することで、男性の寿命を延ばすための方法を見つけることができるかもしれません。

図：Uty遺伝子の欠損により、白血球は線維化促進型のマクロファージに分化しやすくなる。Uty欠損マクロファージによって、心臓の線維化が進行し、心不全の経過が悪くなる。青：正常な白血球/マクロファージ、ピンク：Uty欠損白血球/マクロファージ

■発表論文情報

著者：　Keita Horitani*, Nicholas W. Chavkin*, Yohei Arai, Ying Wang, Hayato Ogawa, Yoshimitsu Yura, Megan A. Evans, Jesse Cochran, Mark C. Thel, Miho Sano, Emiri Miura-Yura, Yuka Arai, Heather Doviak, Arthur P. Arnold, Karen K. Hirschi, Soichi Sano*#, Kenneth Walsh#（*first authors, #corresponding authors）
題名：　Disruption of the Uty epigenetic regulator locus in hematopoietic cells phenocopies the profibrotic attributes of Y chromosome loss in heart failure.
掲載誌：　Nature Cardiovascular Research

■謝辞

本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
佐野宗一
・日本学術振興会　科学研究費助成事業（22K08162）
・一般社団法人　日本循環器学会
・一般社団法人　日本心不全学会
・公益財団法人　循環器病研究振興財団
・公益財団法人　先進医薬研究振興財団
・公益財団法人　MSD生命科学財団
・公益財団法人　ノバルティス科学振興財団
・一般財団法人　近藤記念医学財団
・米国国立衛生研究所