国立循環器病研究センター

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広報活動

心房性ナトリウム利尿ペプチドの降圧作用において、末梢動脈血管内皮細胞の受容体が重要な役割を果たすことを報告

国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)研究所・心不全病態制御部の 徳留 健 室長、再生医療センターの 大谷 健太郎 室長らは、心房性ナトリウム利尿ペプチドの降圧作用が、血管内皮細胞の受容体への結合を介して生じることを明らかにしました。本研究成果は、米国心臓学会機関誌Hypertension誌電子版に、2022年5月10日に掲載されました。

■背景
心房性ナトリウム利尿ペプチド(Atrial Natriuretic Peptide; ANP)は、当センター研究所の松尾壽之名誉所長らが1984年に発見した心臓で産生・分泌されるペプチドホルモンで、利尿・血管拡張等の生理作用を有しています。ANPは日本において急性心不全治療薬(静注薬)として臨床応用されているほか、ANPの分解酵素阻害剤(内服薬)は、近年日本を含む世界100か国以上で慢性心不全治療薬として承認され、日本では高血圧治療薬としても承認されています。ANPの降圧作用は主に血管拡張作用に依存しますが、意外にもANPが体の中のどの血管、どの血管構築細胞のどの細胞に作用することで血管拡張作用を発揮するのかこれまで不明でした。

■研究手法と成果
研究チームは、まずラット組織切片を用いて、ANPの受容体であるNatriuretic Peptide Receptor 1(NPR1)の発現部位を免疫組織染色によって調べました。図1は大動脈・腸間膜・骨格筋組織を用いたNPR1の免疫組織染色結果で、茶褐色に染色された部位にNPR1が発現しています。血管は、最内側一層の血管内皮細胞および内弾性板を隔てた血管平滑筋層等から構成されます。免疫組織染色の結果、NPR1は大動脈にはほとんど発現しておらず、腸間膜動脈や骨格筋組織動脈といった径の細い動脈の血管内皮細胞や血管平滑筋細胞、および毛細血管に発現していることが分かりました。
次に研究チームは、血管内皮細胞および血管平滑筋細胞のどちらのNPR1がANPによる降圧作用に寄与しているかを、遺伝子改変した細胞特異的NPR1欠損マウスを用いて調べました。図2に示すように、野生型マウスにANPを点滴静注すると、血圧は徐々に低下します。血管平滑筋細胞特異的NPR1欠損マウスでも、ANP投与によって野生型マウスと同程度の血圧低下を認めました。一方、血管内皮細胞特異的NPR1欠損マウスでは、ANPを投与しても血圧の低下は認めませんでした。今回の結果は血管内皮細胞のNPR1が、ANPによる降圧作用に重要であることを示すものです。従来、ANPは血管平滑筋のNPR1を介して降圧作用を発揮すると考えられていましたが、血管拡張作用による降圧効果が内皮細胞依存的であることを示す結果となりました。
血管内皮細胞から産生されて血管平滑筋の弛緩および血管拡張をもたらす因子に一酸化窒素があります。研究チームはANPと一酸化窒素の関係についても調べましたが、ANPは血管内皮細胞における一酸化窒素産生に関与せず、また一酸化窒素合成酵素を欠損させたマウスにおいても血圧を野生型マウスと同程度に低下させたため、ANPは一酸化窒素とは独立したメカニズムで降圧作用をもたらすことが分かりました。
最後に、研究チームは血管内皮細胞特異的にNPR1を過剰発現させた遺伝子改変マウス(Tg)を作製し、血管内皮ANP-NPR1系が長期的な血圧制御に及ぼす影響も調べました。結果、図3に示すようにTgの収縮期血圧は野生型マウス(WT)よりも有意に低く、血管造影を行った結果、末梢動脈が有意に拡張していることが分かり、血管内皮ANP-NPR1系が短期的・長期的な血圧制御に重要であることが明らかになりました。

■今後の展望と課題
ANPの生理作用を応用した薬剤は、心不全や高血圧治療に応用されており、今回の研究はその薬理作用の一端を明らかにしたと考えています。一方で心不全や高血圧の病態は多様であり、どのような患者さんにANPの生理作用を応用した薬剤がより効果的なのか、今後明らかにしていく予定です。

■発表論文情報
著者: Takeshi Tokudome, Kentaro Otani, Yuanjie Mao, Lars Jørn Jensen, Yuji Arai, Takahiro Miyazaki, Takashi Sonobe, James T. Pearson, Tsukasa Osaki, Naoto Minamino, Junji Ishida, Akiyoshi Fukamizu, Hayato Kawakami, Daisuke Onozuka, Kunihiro Nishimura, Mikiya Miyazato, Hirohito Nishimura
題名: Endothelial natriuretic peptide receptor 1 play crucial role for acute and chronic blood pressure regulation by atrial natriuretic peptide
掲載誌: Hypertension  DOI: 10.1161/HYPERTENSIONAHA.121.18114.

■謝辞
本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
・文部科学省科学研究費 (17K15587, 20K08505)
・公益財団法人中谷医工計測技術振興財団、
・公益財団法人武田科学振興財団
・国立研究開発法人 国立循環器病研究センター循環器病研究開発費

<図表>

図1.ラット組織におけるNPR1の免疫組織染色像。上段の赤点線で囲まれた四角部分を拡大したのが下段。茶褐色部分にNPR1が存在する。腸間膜動脈や骨格筋組織の、血管径の小さな動脈にNPR1が豊富に発現していることが分かる。


図2.野生型マウスおよび血管平滑筋特異的NPR1欠損マウスでは、ANP投与により生食投与に比べ顕著に血圧が低下した。しかし、血管内皮特異的NPR1欠損マウスでは、生食投与群とANP投与群の血圧にほとんど差は無かった。


図3.血管内皮特異的NPR1過剰発現マウス (Tg) の収縮期血圧は、野生型マウス (WT) よりも約15 mmHg低かった。また下肢動脈血管造影を行ったところ、Tgでは特に末梢側において、WTに比べ血管拡張が顕著であった。

 

最終更新日:2022年05月23日

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