国立循環器病研究センター

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心房細動の予防には日頃から規則正しく適切な長さの睡眠を取ることが肝要である:都市部地域住民を対象とした吹田研究

 

国立研究開発法人 国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)健診部の小久保 喜弘 特任部長らは、都市部地域住民を対象とした吹田研究(注1)を用いて、日頃から規則正しく適切な長さの睡眠をとることが心房細動の予防に肝要であることを明らかにしました。本研究成果は、欧州予測・予防・個別化医療協会(European Association for Predictive, Preventive & Personalised Medicine)の公式誌EPMA Journal (Springer Nature. Impact Factor 6.543、2021年6月)に2022年2月26日に公開されました(注2)。

■背景
男女の時間の使い方を調査した経済協力開発機構(OECD)による最近の統計データによると、日本人の平均睡眠時間は男性7時間28分、女性7時間15分で、英国人男性の8時間24分、女性の8時間31分、フランス人男性の8時間29分、女性の8時間36分、米国人男性の8時間43分、女性の8時間57分と比較して1時間以上も短いことがわかりました(図1)。特に日本人女性は、欧米と異なり、男性よりもさらに睡眠時間が短く、慢性的な寝不足状態にあると言えます。これは、男性の家事時間が、英国人75分、フランス人97分、米国人78分であることに比較し、日本人では14分と1時間以上も短いことから想像されるように、日本人では女性の家事や育児の負担が大きいためではないかと云われています。また、男性においても、1日あたりの平均勤務時間と通勤にかかる時間がそれぞれ、英国人で228分、49分、フランス人で174分、26分、米国人で274分、26分であるのに比べ、日本人では360分、54分とかなり長いことが影響している可能性があります。NHK放送文化研究所の国民生活時間調査では、年代が進むにつれて夜更かしする割合が増え、就寝時間がOECDの結果同様に短くなっています。また、国民健康・栄養調査でも、短時間睡眠の割合が増えてきており、2019年調査によると、男性の睡眠時間が5時間未満の割合で全体の8.5%、5時間~6時間未満の割合が29.0%、女性では5時間未満の割合で全体の9.1%、5時間~6時間未満の割合が31.5%と国民全体の4割が短時間睡眠となっていました(図2)。
慢性的な寝不足状態にある人は肥満や糖尿病になりやすく、冠動脈疾患といった生活習慣病に罹りやすいことがこれまでの研究で報告されています。過去の研究成果をメタ解析(統合解析)した結果によると、虚血性心疾患イベントリスクは、短時間睡眠で1.48倍、長時間睡眠で1.38倍に、脳卒中イベントは、短時間睡眠で1.15倍、長時間睡眠で1.65倍でした(注3)。多目的コホート研究においては、睡眠時間が7時間台を基準とした場合、10時間以上では、循環器病死亡リスクが男性で3.6倍、女性で2.7倍高くなりました(注4)。また、自治医科大学コホート研究では、男性で睡眠時間が6時間未満で循環器病イベントリスクが2.1倍高くなりました(注5)。一方、睡眠時間と心房細動の関係については、国内での報告はまだなく、海外でも限られていました。

■研究方法と成果
吹田研究参加者である30~84歳の都市部一般住民のうち、ベースライン調査時に心房細動の既往歴のない6,898名(男性3,244名、女性3,653名)を対象に、心房細動の新規罹患を追跡しました。その結果、平均中央値14.5年の追跡期間中に313名が心房細動と新たに診断されました。ベースライン調査において、平均的な睡眠時間を、6時間以下、6時間より多く7時間台、8時間以上、不規則な睡眠時間の4択で調査しました。
平均的な睡眠時間が6時間よりも多く7時間台の群を基準とした場合、睡眠時間が6時間以下の心房細動の罹患リスクは、性年齢調整で1.36倍 (ハザード比=1.36;95%信頼区間1.03-1.80)、多変量調整で1.34倍 (ハザード比=1.34; 95%信頼区間1.01-1.77)でした。一方、不規則な睡眠時間での心房細動の罹患リスクは、性年齢調整で1.62倍 (ハザード比=1.62;95%信頼区間1.16-2.26)、多変量調整で1.63倍 (ハザード比=1.63; 95%信頼区間1.16-2.30)でした(表1)。また、これまでの先行研究と合わせたメタ解析(統合解析)では、短時間睡眠、長時間睡眠間ともに心房細動罹患リスクが有意に1.2倍と高い結果でした(図3)。

■考察
日頃から規則正しく適切な長さの睡眠を取ることが、心房細動予防として大事であることを、我が国の都市部地域住民を対象とした追跡研究で初めて示すことが出来ました。日頃から睡眠不足、睡眠過多にならない様に心がけること、睡眠時間が不規則にならないようにすることが心房細動予防で重要です。
心房細動の予防の為に、一般的に睡眠の妨げになるといわれる、就寝直前のスマホの利用、カフェインの摂取、アルコールの過剰摂取や入浴といった生活習慣を改善するよう努め就寝後に何度も尿意で覚醒する、就寝しても寝付けない(入眠困難)、途中で目を覚ます(中途覚醒)、朝早くおきてしまう(早朝覚醒)、日中に強い眠気を自覚する等の自覚症状がある場合は疾患がある可能性がありますので、かかりつけ医に相談するとよいと考えます。

■今後の展望と課題
吹田研究ではこれまで、心房細動罹患の予測ツールを開発してきました(注7)。この予測ツールは健診でわかる程度の古典的リスク因子を用いて開発されていますが、今回の結果を受け、今後は生活習慣要因も加えていくことで、心房細動発症予防の為に、どのような生活習慣、例えば食事要因、運動要因、睡眠要因などの改善が必要であるか提示することができるようになる可能性があります。
今回、研究の限界性として、自己記入式の問診票であるため、誤分類の可能性は否定できません。しかし、健診時に看護師が記入を確認しているので、誤分類は最小限に抑えられていることと思われます。また、睡眠時無呼吸症候群、前立腺肥大症、過活動膀胱などを有する方は、睡眠の質を下げる恐れがありますが、今回これらの疾患の影響は検討していません。睡眠時間が不規則以外でも、睡眠障害の方が回答される可能性もあり、そういう方のリスクが含まれる可能性がありますが、それ程多くはないと考えられ、影響は小さいと思われます。不規則な睡眠時間には、睡眠をとっている時間帯が不規則な場合と、睡眠の長さが不規則な場合が含まれているため、今後の研究できちんと分類できるようにする必要があります。なお、昼寝については評価していません。
今回は、ベースラインの睡眠時間のみの解析であり、今後は、追跡期間中の睡眠時間の推移も併せてさらに研究を広げていきたいと思います。更に、今回は、生活習慣の中でも特に食事要因などに関する要因を検討していませんので、さらなる研究が必要です。最後に、厚生労働省の「健康づくりのための睡眠指針 2014」の睡眠12か条をご参照ください(注8)。

表1.睡眠時間カテゴリー別による心房細動罹患リスク

図1.OECD主要国男女別睡眠時間(分間) 2021年 (女性:睡眠時間を昇べき順)
           男性               女性

図2.男女別短時間睡眠の割合の経年変化:国民健康・栄養調査による

図3.(a)短時間睡眠, (b)長時間睡眠間と心房細動罹患リスクとの関連について:メタ解析(統合解析)

[1] Am J Cardiol. 2013;111:547–51; [2] Sci Rep. 2017;7:3679; [3] Chest. 2019;156:544–52;

<注釈>
(注1) 吹田研究
国循が1989年より実施しているコホート研究(研究対象者の健康状態を長期間追跡し、病気になる要因等を解析する研究手法)で、性年代階層別に無作為に抽出した大阪府吹田市民を対象としています。全国民の約90%は都市部に在住していることを考えると、その研究結果は国民の現状により近い傾向があると考えられています。
(注2) Arafa A, Kokubo Y, Shimamoto K, Kashima R, Watanabe E, Sakai Y, Li J, Teramoto M, Sheerah H, Kusano K. Sleep duration and atrial fibrillation risk in the context of predictive, preventive, and personalized medicine: the Suita Study and meta‑analysis of prospective cohort studies. EPMA Journal. 2022. https://doi.org/10.1007/s13167-022-00275-4.
注3) Cappuccio FP, Cooper D, D'Elia L, Strazzullo P, Miller MA. Sleep duration predicts cardiovascular outcomes: a systematic review and meta-analysis of prospective studies. Eur Heart J. 2011;32:1484-92.
注4)Svensson T, et al.. The Association Between Habitual Sleep Duration and Mortality According to Sex and Age: The Japan Public Health Center-based Prospective Study. J Epidemiol. 2021;31:109-18.
(注5)Amagai Y, et al. Sleep duration and incidence of cardiovascular events in a Japanese population: the Jichi Medical School cohort study. J Epidemiol. 2010;20:106-10.
(注6)Lin GM, et al. Association of Sleep Apnea and Snoring With Incident Atrial Fibrillation in the Multi-Ethnic Study of Atherosclerosis. Am J Epidemiol. 2015;182:49-57.
(注7)吹田心房細動スコア (10年間による心房細動罹患リスクスコア)
https://www.ncvc.go.jp/pr/release/20170606_press/
健診や外来受診時の検査項目程度で、10年後の心房細動の予測が可能です。
モデル因子:性、年齢、循環器リスク(収縮期高血圧、過体重以上 [BMI≥25㎏/㎡]、心房細動以外の不整脈、虚血性心疾患)、生活習慣・血清脂質 (過剰飲酒[≥2合/日]、喫煙、non-HDLC*[130-189 mg/dL])、心雑音または弁膜症。
モデル因子のスコアに応じて心房細動罹患予測確率(10年間)が0.5%未満~27%と予測可能なツールです。
注8)厚生労働省の「健康づくりのための睡眠指針 2014」
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000047221.pdf

■謝辞
本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
・国立研究開発法人国立循環器病研究センター(循環器病委託研究費「20-4-9」)
・研究成果展開事業 共創の場形成支援プログラム: 世界モデルとなる自律成長型人材・技術を育む総合健康産業都市拠点(JPMJPF2018; 分担研究者 小久保喜弘)
・明治安田生命と明治安田総合研究所

最終更新日:2022年03月10日

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