国立循環器病研究センター

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脳動脈解離診療国際ガイドラインを作成

令和3年11月30日
国立循環器病研究センター

国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)の古賀政利脳血管内科部長と三輪佳織脳血管内科医師はフランスボルドー大学神経内科のStéphanie Debette教授をはじめ欧米の神経内科医、脳神経血管内治療医、脳神経外科医、ガイドライン作成専門家と共同で「欧州脳卒中機構の頭蓋外および頭蓋内脳動脈解離診療ガイドライン(ESO Guideline for the management of extracranial and intracranial artery dissection)」を作成し、令和3年10月13日付でEuropean Stroke Journalに電子掲載されました。

ガイドライン概要

頭蓋外および頭蓋内脳動脈解離は若年性脳血管障害の主要な原因ですが、一般の脳卒中の原因として必ずしも患者数が多くありません。患者数が少ないために臨床試験を行うことが比較的難しく、現在までに行われた本格的な無作為割付試験は頭蓋外脳動脈解離に対する抗血小板薬と抗凝固薬を比較した2つのみです。このような背景から本ガイドラインでは観察研究やエキスパートオピニオンを多く取り入れています。欧州では頭蓋外脳動脈解離の報告が多く、わが国を含む東アジアでは頭蓋内脳動脈解離の報告が多く、人種差が指摘されており、頭蓋内脳動脈解離の臨床経験が豊富な国立循環器病研究センターからガイドライン作成に参加することになりました。頭蓋外脳動脈解離や頭蓋内脳動脈解離の両方を包括的なアプローチで、Grading of Recommendations, Assessment, Development and Evaluation(GRADE)システムを使用し、全ての関連文献を調査し、エビデンスレベルや推奨度を示した世界初のガイドラインです。

ガイドライン作成手順

本ガイドラインでは、臨床医をターゲットとして、PICO(Population、Intervention、Comparator、Outcome)*手順を使用して、頭蓋外脳動脈解離や頭蓋内脳動脈解離治療の推奨事項を示しました。脳梗塞などの脳虚血、くも膜下出血または頭痛など何らかの症候が出現した頭蓋外脳動脈解離と頭蓋内脳動脈解離を対象(Population)としました。表に示すようにPICOクリニカルクエスチョンとして、「虚血性脳卒中を発症した頭蓋外脳動脈解離や頭蓋内脳動脈解離に対する静注血栓溶解療法(PICO1)」、「虚血性脳卒中を発症した頭蓋外脳動脈解離や頭蓋内脳動脈解離に対する血管内治療(PICO2)」、「くも膜下出血を発症した頭蓋内脳動脈解離に対する血管内治療や外科治療(PICO3)」、「頭痛のみの頭蓋内解離性動脈瘤に対する血管内治療や外科治療(PICO4)」、「くも膜下出血を伴わない頭蓋外脳動脈解離や頭蓋内脳動脈解離に対する抗血栓療法(抗凝固療法vs.抗血小板療法)(PICO5)」、「急性期以降に解離血管狭窄や解離性動脈瘤を認める場合の血管内治療や外科治療(PICO6)」の6つを設定しました。頭蓋外脳動脈解離は50例以上、頭蓋内脳動脈解離は20例以上を文献レビューの対象としました。調査した関連文献のうち、前述した2つの無作為割付試験はPICO5に含まれ、その他は全て観察研究とケースシリーズでした。PICOクリニカルクエスチョンに対して関連文献のメタ解析を行いました。

推奨事項

推奨事項を表に記載しました。頭蓋外脳動脈解離に関してですが、虚血性脳卒中を伴った頭蓋外脳動脈解離では、静注血栓溶解療法と血管内治療がいずれも弱い推奨となりました(PICO1、2)。急性期の頭蓋外脳動脈解離に対して、抗凝固薬または抗血小板薬のいずれかを使用することを推奨しました。(PICO5)。急性期以降の頭蓋外脳動脈解離で解離血管狭窄や解離性動脈瘤を認める場合の血管内治療や外科治療は推奨事項を検討するための十分なデータがありませんでした(PICO6)。一方、頭蓋内脳動脈解離に関してですが、くも膜下出血を発症した頭蓋内脳動脈解離に対する血管内治療や外科治療を弱い推奨としました(PICO3)。それ以外、頭蓋内脳動脈解離に対して推奨事項を検討するための十分なデータがありませんでした(PICO1、2、4)。頭蓋外および頭蓋内脳動脈解離ではPICOクエスチョンに対する推奨を決めるためのエビデンスレベルが概ね低いことがわかりました。特に頭蓋内脳動脈解離では推奨事項を作成するためのデータが不足していました。データが不足している治療に対してはエキスパートオピニオンを示していますので是非ガイドラインをご確認下さい。

今後の展望

脳動脈解離は必ずしも患者数が多くありませんが、若年性脳血管障害の重要な原因です。本ガイドラインは脳神経内科医、脳神経外科医、脳神経血管内治療医が治療方針を決定するときの道標となるのみでなく、データが不足している脳動脈解離の臨床研究を行う上で既存文献のまとめになっています。わが国をはじめとした東アジアでは頭蓋外脳動脈解離よりも頭蓋内脳動脈解離の報告が多く、わが国の臨床研究と情報発信が頭蓋内脳動脈解離の治療法の確立に寄与することが期待されます。


表.PICOクリニカルクエスチョンと推奨事項

 クリニカルクエスチョン推奨事項
PICO 1虚血性脳卒中を伴う頭蓋外動脈解離(EAD)と頭蓋内動脈解離(IAD)は静注血栓溶解療法により死亡と機能転帰不良が減少し、頭蓋内出血、くも膜下出血やその他の大出血は増加しないか? 発症4.5時間以内の虚血性脳卒中を伴うEADでは、適応基準を満たしていれば静注血栓溶解療法を考慮してよい。(エビデンスレベル低い、弱い推奨)
発症4.5時間以内の虚血性脳卒中を伴うIADでは、推奨するための十分なデータがない。(エビデンスレベル非常に低い、推奨なし)
PICO 2虚血性脳卒中を発症したEADとIADは血管内治療(ステントや血栓回収)により死亡と機能転帰不良が減少し、頭蓋内出血、くも膜下出血やその他の大出血は増加しないか?前方循環の主幹脳動脈閉塞による急性期虚血性脳卒中を伴うEADでは、血管内治療を考慮してもよい。(エビデンスレベル非常に低い、弱い推奨)
急性期虚血性脳卒中を伴うIADでは、血管内治療を推奨するための十分なデータがない。(エビデンスレベル非常に低い、推奨なし)
PICO 3頭蓋内解離性動脈瘤とくも膜下出血を伴うIADは血管内治療や外科治療によりくも膜下出血再発、頭蓋内出血、死亡と転帰不良が減少するか?くも膜下出血を伴うIADでは、早期の外科治療や血管内治療を考慮してもよい。(エビデンスレベル非常に低い、弱い推奨)
PICO 4頭痛のみの頭蓋内解離性動脈瘤は血管内治療や外科治療により虚血性脳卒中、くも膜下出血、頭蓋内出血、死亡と機能転帰不良が減少するか? 頭痛のみの頭蓋内解離性動脈瘤では、血管内治療や外科治療の有効性や安全性が不明であり推奨を検討できない。(エビデンスレベル非常に低い、推奨なし)
PICO 5くも膜下出血を伴わないEADとIADの急性期において抗凝固療法と抗血小板療法のいずれが脳梗塞、死亡と機能転帰不良を減らし、頭蓋内出血、くも膜下出血やその他の大出血を増加させないか? 症候性EADでは、抗凝固薬と抗血小板薬のいずれかを処方することを推奨する。(エビデンスレベル中等度、強い推奨.)
PICO 6くも膜下出血を伴わないEADやIADで急性期以降の解離血管狭窄や動脈瘤に対して血管内治療や外科治療が死亡、虚血性脳卒中、頭蓋内出血やくも膜下出血を減少させるか?急性期以降の解離血管狭窄や動脈瘤のあるEADでは、血管内治療や外科治療の有効性や安全性が不明であり推奨を検討できない。(エビデンスレベル非常に低い、推奨なし)


* PICOは「重要な臨床課題や疑問点」を整理するための4つの構成要素の頭文字を示しています。それぞれPopulation「治療の対象となる患者の特性や範囲」、Intervention「検討したい治療法」、Comparator「比較となる治療法」、Outcome「アウトカム」です。このガイドラインはPICOに従ってクリニカルクエスチョンを作成しています。

最終更新日:2021年11月30日

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