国立循環器病研究センター

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広報活動

『口腔内のむし歯菌』と『微小脳出血』との関連を解明

脳と口の濃厚な関係(脳口連関)

脳卒中の新たな予防法の開発に寄与

2016年02月5日

国立循環器病研究センター(略称:国循)の脳神経内科(長束一行部長)の殿村修一レジデント、 猪原匡史医長らの研究チームは、大阪大学大学院歯学研究科 口腔分子感染制御学講座 野村良太准教授、仲野和彦教授らの研究チーム、京都府立医科大学院医学研究科 地域保健医療疫学 栗山長門准教授、渡邊能行教授らの研究チームと共同で、むし歯の原因菌として知られている細菌(いわゆるミュータンス菌)のうち、血管壁のコラーゲンと結合することで血管の傷口に集まって血小板の止血作用を阻害する性質を持つcnm遺伝子保有株が、脳内で炎症を引き起こし脳出血の発症に関与することを明らかにしました。本研究の成果はNature誌系列のオンライン誌 Scientific Reportsに平成28年2月5日に掲載されました。また、猪原匡史医長と山本由美研究員(国循再生医療部)は、本研究の関連成果を含む脳卒中、特に脳小血管病のメカニズムに関する総説を2016年2月号のStroke誌に報告し,同誌の表紙を飾りました。

研究の背景

脳出血は全脳卒中の20%程度を占め、比較的発症の年齢が若く、症状が重篤となりやすい疾病で、その主要な危険因子は過度な塩分摂取及び高血圧や糖尿病など生活習慣病と言われています。昨今の各方面による啓発の効果もあり食生活の改善に対する一般市民の認知は進んでいるにも関わらず、脳出血を発症する患者数は減少していません。一方、近年の医学の進歩により、口腔や胃腸などの常在菌と全身の病気との関連が明らかにされつつあります。例えば、胃内に住む細菌であるピロリ菌は、胃潰瘍や胃がんのみならず、血小板数が低下する血液疾患である特発性血小板減少性紫斑病と因果関係があることが判明し、新たな治療法へと結びついた例があります。むし歯や歯周病などの歯の病気についても、口腔内の細菌は血管の中に進入し脳や心臓など全身の血管の病気を引き起こすのではないかと言われてきました。

研究手法と成果

猪原医長らの研究グループは、脳卒中で国循に入院した患者から同意を得て唾液を採取し、その中に含まれるミュータンス菌を培養し、そのなかでcnm遺伝子保有株の有無やはたらきと脳出血や脳MRI画像で見られる脳の変化との関係を調査しました。その結果、cnm遺伝子保有株が唾液中から検出された患者では、そうでない患者と比較して脳出血を発症している割合が高く(図1)、さらに脳のMRI画像で観察できる微小な脳出血の跡も多いことが明らかになりました(図2)。生活習慣や年齢の影響によって硬くなった脳血管に対してミュータンス菌が傷害を起こすことで、脆弱になった血管が裂け脳出血発症に至るのではないかと考えています(図3)

今後の展望

今回、ミュータンス菌と脳出血との関係を明らかにできたことは、脳卒中の新たな予防法の開発に寄与するものと考えています。今後、日常の口腔清掃や歯科治療によってミュータンス菌など口内細菌の量を減少させることや、医療の現場で病原性の高い細菌を選択的になくすような方法を確立することで、脳出血等の予防につながる可能性があります。脳血管・脳神経内科と歯科が連携し、いわば「脳口連関」を明らかにすることで脳卒中などの重篤な疾患の予防法・治療法に寄与する可能性を念頭に置き、研究開発を継続していきます。

本研究は三井住友海上福祉財団・高齢者福祉分野(平成26年度)と先進医薬研究振興財団(平成27年度)により支援されました。

【図1】 cnm遺伝子陽性ミュータンス菌と脳卒中の病型
脳卒中による入院患者のうち、4つの病型(高血圧性脳出血、ラクナ梗塞、心原性脳塞栓症、アテローム血栓性脳梗塞)における、ミュータンス菌のうちcnm遺伝子保有株の頻度を検討した。
高血圧性脳出血の患者のうち26%でcnm遺伝子保有株が検出され、ラクナ梗塞(12%), 心原性脳塞栓症(6%)、アテローム血栓性脳梗塞(0%)など他の脳卒中病型と比較して高い割合であった。【図1】 cnm遺伝子陽性ミュータンス菌と脳卒中の病型
※年齢や高血圧等、脳卒中を起こしやすい他の因子も考慮した結果

【図2】ミュータンス菌のコラーゲンと結合する量(コラーゲン結合能)と脳内微小出血との関連
脳卒中患者から収集した唾液中に含まれるミュータンス菌のコラーゲンに対する結合能を測定した(既知の菌株のコラーゲン結合能を100%とする)ところ、コラーゲン結合能と脳内微小出血(深部基底核領域)の数との間に優位な相関を認めた。
なお、cnm遺伝子非保有株ではコラーゲン結合能はほぼ0%であり、cnm遺伝子保有株においても菌株ごとにその結合能は異なる。
【図2】ミュータンス菌のコラーゲンと結合する量(コラーゲン結合能)と脳内微小出血との関連


【図3】cnm遺伝子陽性ミュータンス菌が脳内出血を起こすメカニズム
上記の研究成果を元に、下記のような機序を想定しています。
年齢や血圧、そのほかの生活習慣の影響によって、脳の微細な動脈における動脈硬化性変化が進行し、血管構造がもろくなっていきます。
特に血管周囲にはコラーゲンが沈着し、血管の透過性が亢進することで、抜歯・歯磨き等で血液中に入った細菌が血管の外に侵入しやすい環境となります。cnm遺伝子保有株は、コラーゲン結合蛋白を菌体表面に発現し、血管壁のコラーゲンに接着することで、局所的な炎症を惹起し、血管を脆弱にすることで微小な出血や高血圧性の脳出血の発症に関連するのではないかと考えています。【図3】cnm遺伝子陽性ミュータンス菌が脳内出血を起こすメカニズム

最終更新日:2021年09月26日

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