国立循環器病研究センター

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アジアの脳出血患者の特徴を解明:研究者主導国際試験 ATACH-2 からの解析

令和2年12月9日
国立循環器病研究センター

国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:小川久雄、略称:国循)の豊田一則副院長、古賀政利脳血管内科部長らの研究チームが、海外研究者と共同で行ったAntihypertensive Treatment of Acute Cerebral Hemorrhage (ATACH)-2試験(Clinical Trials.gov NCT01176565; UMIN000006526)のデータベースを用いた患者地域差に関するサブ解析研究が、米国神経学会 (American Academy of Neurology)機関誌「Neurology」オンライン版に、令和2年11月20日に掲載されました。

背景

脳卒中は日本を含めたアジア諸国で発症率の高い病気ですが、とくに脳出血は高率に起こります。その原因として、脳出血を惹き起こす頭蓋内細小動脈の硬化病変がアジア人に起こり易いことが考えられます。脳出血は脳梗塞と比べて死亡や重度後遺症を遺す割合が高く、脳梗塞よりも治療開発が遅れています。脳出血は日本やアジアが克服しなければいけない、重要な疾患です。
国循の研究チームは米国国立衛生研究所(NIH)の助成を受けた第Ⅲ相無作為化比較試験ATACH-2に、国内14施設(表1)を集めて米国、中国、台湾、韓国、ドイツの研究者らとともに参加しました。発症から4時間半以内に治療開始可能な脳出血患者を中央無作為化方式で積極降圧群(収縮期血圧110 ~140 mmHg)と標準降圧群(140~180 mmHg)とに割付け、降圧薬ニカルジピンの持続静脈注射によって24時間にわたって目標血圧範囲を維持しました。その主要評価項目である90日後の死亡または高度機能障害の割合(脳卒中患者の自立度合いを示す国際尺度modified Rankin Scaleでの 4~6に相当)に、群間の有意差はありませんでした。この成果は、2016年にNew England Journal of Medicine誌(2016;375:1033-1043)に掲載されました。
今回のサブ解析では、ATACH-2試験に参加した患者さんをアジアからの参加患者とそれ以外の地域からの参加患者とに分け、各種臨床情報、臨床転帰や、積極降圧が転帰に及ぼす影響を調べました。

解析結果

ATACH-2試験に登録された1000例(うち日本人288例)を、日本、中国、台湾、韓国から登録された537例(全例がアジア人種)と米国、ドイツから登録された463例(アジア人種25例を含む)に分けて検討しました。同じ臨床試験の組み入れ基準で選ばれた患者ではあるものの、アジア群と非アジア群とで登録時臨床所見に大きな差を認めました(表2)。とくにアジア群で神経学的重症度を42点満点で評価するNIH Stroke Scale値がより低い(より軽症である)こと、血種部位として大脳基底核がより多く皮質下がより少ないこと、脳室内穿破する割合がより低いこと、発症してから試験に登録されるまでの時間が中央値で30分以上も短いことなどは、両地域間の脳出血に関する主要要因や医療体制の違いを示し、試験結果にも大きく影響を与えるものでした。
90日後の死亡または高度機能障害の割合はアジア群(32.0%)が非アジア群(45.9%)よりも有意に低く(図1)、同じく90日以内死亡率(1.9%対13.3%)もアジア群が有意に低く示されました。一方で早期血腫拡大の割合(17.2%対19.7%)は同程度でした。いずれの評価項目にも降圧治療と地域群の有意な交互作用を認めませんでした。またアジア群のみで積極降圧による有意な血種拡大の抑制効果を認めました(調整相対リスク 0.56、95%信頼区間 0.38-0.83;非アジア群は0.82, 0.58-1.15)。
自己申告に基づく人種によってアジア人種562例、白人287例、黒人131例に分けて検討した場合も、アジア人種には同様の結果を認めました。

解説

同じ脳出血と云う病態でありながら、アジアからの患者と非アジアの患者とで背景要因や転帰に大きな差が生じること、とくに90日後の転帰不良患者がアジア群で14%も少なかったことは、疾患の特性を考える上でも、また今後の国際的な臨床試験を企画する上でも、非常に興味深いことです。アジア群で概して転帰が良好であった原因として、初期重症度がやや軽かったことや発症後治療開始までの時間が早かったことなどが挙げられます。脳出血超急性期の積極的降圧療法が血腫拡大を有意に抑えたことも、アジア群の転帰良好に関連するかもしれません。
このような地域差は特定地域だけで患者を募る研究では気づけず、国際的研究を行うことで初めて明らかになります。現在もNIHや一部日本医療研究開発機構(AMED)の助成による急性期脳出血の新たな研究者主導国際無作為化比較試験(FASTEST試験、ClinicalTrials.gov Identifier: NCT03496883、jRCTs051200076)の試験開始に向けて準備中ですが、脳出血の地域差、人種差を考慮した試験の遂行や結果の解析を要すると考えます。

■謝辞
本試験はNIHの神経疾患・脳卒中部局であるNational Institute of Neurological Disorders and Strokeからの研究助成費(U01-NS062091、U01-NS061861)によって、運営されました。国内での試験遂行の一部は、国循循環器病研究開発費(H23-4-3、H28-4-1)により支援されました。

■発表論文情報
著者: Kazunori Toyoda, Yuko Y Palesch (サウスカロライナ大学), Masatoshi Koga,, Lydia Foster(サウスカロライナ大学), Haruko Yamamoto, Sohei Yoshimura, et al
題名: Regional differences in the response to acute blood pressure lowering after cerebral hemorrhage
掲載誌: Neurology (米国神経学会機関誌)

(表1)国内参加施設一覧

(表2)患者の登録時臨床所見


例数(%)、平均±SD、または中央値[四分位値]で表示。

(図1) 脳出血発症90日後のmodified Rankin Scale の分布


90日後転帰が不明であった39例を除外している。

最終更新日 2020年12月9日

最終更新日:2021年09月26日

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