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従来使用されてきた冠血流予備能比(FFR)では予測困難な将来の心血管イベント発症を高精度に予知しうる新たな冠動脈生理指標(Change in Pd/Pa)を構築


 国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)の心臓血管内科 邑井洸太医師、片岡有医長、野口暉夫副院長らが行った臨床研究により、従来使用されてきた冠血流予備能比(Fractional flow reserve: FFR)が正常値のために冠血行再建術*1が不要と判断された症例においても、6.7%の症例は将来的に冠動脈の狭窄病変*2が進行して冠血行再建術が必要となり、その予測において研究グループが構築した新しい冠動脈生理学的指標:Change in Pd/Paが有用であることを報告しました。この研究結果は、2024年7月26日に北海道札幌市で開催された日本心血管インターベンション治療学会(CVIT)学術集会のLate breaking clinical trialセッションにおいて発表を行い、演題発表とともに米国心臓協会英文機関誌「Circulation: Cardiovascular Interventions」オンライン版に同時掲載されました。

 

■背景

 冠血流予備能比(Fractional flow reserve: FFR)は薬剤によって冠動脈を最大拡張した状況(Hyperemia)における冠動脈遠位部血圧*3と大動脈血圧*4との比(Pd/Pa)として測定されます。冠動脈病変における心筋虚血の存在を判定するゴールドスタンダードの指標とされており、FFRが0.80を上回る場合はステント留置やバイパス術といった血行再建術が不要と判定されます。しかしながら、近年の研究ではFFR≧0.81の病変においても将来的に心筋梗塞を発症したり、冠血行再建術を必要とする症例が報告されており、FFRよりも精度の高い将来の心事故発生を予測する指標が求められていました。

 研究者らは、冠動脈内の脂質性プラーク*5を描出する血管内画像診断装置:近赤外線スペクトロスコピーを用いた研究を行い、Pd/Paが安静時からHyperemiaにかけて変化する程度(Change in Pd/Pa=安静時Pd/Pa - Hyperemia時Pd/Pa、図1)が冠動脈病変における脂質成分含有量と相関することを報告してきました(Murai, Kataoka, Noguchi, et al. Cardiovasc Diagn Ther 2021;11:362-372)。冠動脈内の脂質成分は心筋梗塞や狭心症の増悪といった心血管イベント発生の素地となることから、Change in Pd/Paによる将来の心血管イベント発症予測の可能性を考え、本研究を実施しました。

■研究手法と成果

 国立循環器病研究センターに入院し、カテーテル検査で冠動脈病変を有するものの、FFRが0.81以上を示したため血行再建が行われなかった冠動脈疾患患者899例(899冠動脈病変)を解析しました。Change in Pd/Paを算出し、カテーテル検査後7年間におけるFFR測定対象冠動脈病変に起因する心血管イベント(対象病変における心筋梗塞、対象病変の血行再建)、ならびに個々の症例における心血管イベント(心血管死亡、全心筋梗塞、全血行再建、不安定狭心症または狭心症増悪による入院)の発生率を解析しました。

 従来のFFRでは血行再建が不要と判定された899症例において、対象病変に起因する心血管イベントは6.7%、個々の症例に起因する心血管イベントは13.4%発生していました。解析した冠動脈病変を、対象病変に起因する心血管イベントの有無で分類し比較したところ、イベント発生群でChange in Pd/Paが有意に高値でした(0.11±0.03 vs. 0.09±0.04; P=0.002)。Change in Pd/Pa≧0.10の群ではそうでない群と比較して病変関連イベント発生リスクが2.94倍、症例関連イベント発生リスクが1.85倍上昇していました。とくにFFRが0.81以上0.85以下という境界域を示した症例において、Change in Pd/Pa≧0.10はより強く心血管イベント発生と関連していました(12.4% vs. 2.9%、調整ハザード比:3.60、95%信頼区間:1.01-12.80、P=0.04)。

■今後の展望と課題

 本研究の結果から、新たな生理学的指標:Change in Pd/Paは従来使用されてきた冠血流予備能比(Fractional flow reserve: FFR)が正常であっても、心事故ハイリスク群となる症例を高精度に同定可能でした。今後はFFRが保たれているもののChange in Pd/Pa高値を示す症例に対し、強力な薬物療法や予防的な血行再建術を行うことによって心血管イベントを減少させることができるかを検証する前向き臨床試験につなげていきたいと考えています。

■発表論文情報

著者:Murai K, Kataoka Y, Noguchi T, et al.
題名:Change in Pd/Pa: Clinical Implications for Predicting Future Cardiac Events at Deferred Coronary Lesions
掲載誌:Circulation: Cardiovascular Interventions
DOI: https://doi.org/10.1161/CIRCINTERVENTIONS.124.013830

■謝辞

 本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。

  • 一般財団法人朝日インテック・宮田尚彦 医療技術支援財団
  • 公益財団法人福田記念医療技術振興財団
  • 公益財団法人 島津科学技術振興財団
  • 公益財団法人アステラス病態代謝研究会
  • 日本学術振興会科学研究費助成事業(23K15178)

■注釈

*1 冠血行再建術
冠動脈カテーテル治療やバイパス手術

*2 狭窄病変
冠動脈が動脈硬化により狭くなったり閉塞されたりして、心筋への血流が阻害される

*3 冠動脈遠位部血圧
狭窄病変よりも末梢の血圧

*4 大動脈血圧
狭窄病変よりも手前の血圧

*5 脂質性プラーク
中心に脆弱な脂質成分を含有するプラークであり、心筋梗塞の原因となる

最終更新日:2024年07月26日

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