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血管外科

対象疾患
腹部大動脈瘤

1. 腹部大動脈瘤とは?

大動脈は、心臓から送り出された血液が通る人体の中で最も太い血管です。下図のように心臓から出てまず上に向かい(上行大動脈)、弓状に曲がって背中側に回りながら脳や腕に栄養を運ぶ3本の血管が枝別れし(弓部大動脈)、下に向かいます(下行大動脈)。ここまでが胸部大動脈で、横隔膜を貫くと腹部大動脈と名前を変えます。肝臓・胃・脾臓といった内臓、腸、腎臓への4本の血管が枝分かれした後、臍のあたりで左右に分かれて骨盤から足に向かいます。

腹部大動脈瘤とは、腹部大動脈が部分的に大きくなる病気で、通常は20mm程度の大動脈が30mm以上に膨らんだ状態です。多くの場合、腎臓に向かう血管から左右に分かれる大動脈分岐部までにできることが多く、さらに骨盤に向かう腸骨動脈が連続して瘤になることも多くみられます。体表からみると、腹部大動脈瘤の場所はみぞおちから臍の周りになります。

図1

腹部大動脈瘤は、最も頻度が高い大動脈瘤です。原因の90%以上は動脈硬化、いわゆる「血管の老化」で、動脈硬化の危険因子としては、喫煙、高血圧、脂質異常症、糖尿病などが広く知られています。中でも、喫煙が最も大きな原因といわれており、禁煙を強く指導しています。また、感染症(梅毒、サルモネラ菌など)のほか、血管に炎症を引き起こす病気(高安動脈炎、ベーチェット病など)、外傷、先天性の病気(マルファン症候群、エーラス・ダンロス症候群など)も原因になります。

腹部大動脈瘤は、年をとるほど発生頻度が上昇することが知られています。手術を受けられる方の平均年齢は75歳で、40歳代から50歳代の方は稀であり、男性、女性ともに70歳代の方が最多です。また、ご家族に腹部大動脈瘤の人がいる場合には、発症する可能性が高くなりますので、スクリーニング(ふるい分け)検査を受けられることをお勧めしています。

腹部大動脈瘤は無症状のまま破裂することがあります!

腹部大動脈瘤は胸部大動脈瘤と同じく自覚症状はほとんどありません。痩せている方が腹部の拍動性("ドクドクする")の腫瘤として気づくこともありますが、ほとんどの方は、健康診断や他の病気の検査や治療中に、偶然、腹部大動脈瘤が見つかっています。

大動脈瘤はゆっくり大きくなりますが、風船を膨らませる時に最初は膨らみにくいのに、だんだん息を吹き込みやすくなるのと同じく、大きくなればなるほど早く大きくなります。これは、物理のラプラスの法則に当てはまります。腹部大動脈瘤の直径が大きくなればなるほど、破裂する危険性が高まります。一年の内に破裂する可能性は、40mm~50mmでは5%以下ですが、50mm~60mmでは3%~15%で、60mm以上ではさらに高まります。(Brewsterら、2003)

破裂すると、堤防の決壊と同じで、一気に症状が進みます。血圧が低下して突然ショック状態になり、「運転中に突然意識を失った」とか、「突然苦しみながら倒れて死んでしまった」という状態になることもあります。破裂する部位によっては、吐血や、血便といった症状が出ることもあります。完全に破裂していない場合に、劇痛を伴うこともあります。

2. 腹部大動脈瘤の治療のタイミングは?

腹部大動脈瘤が破裂した場合には、すぐに手術を受けるしかありません。脈のあるうちに手術室にたどり着くことが必要になります。手術の目的は救命であり、救命されたとしても、入院期間が長くなり、破裂する前のような日常生活をおくれなくなる可能性が高くなります。

腹部大動脈瘤は、破裂する前、多くの人で無症状の間に手術を受けることが重要であり、破裂する危険性と手術の危険性を比べて、破裂する危険性が手術の危険性よりも高くなれば、手術を勧めています。

国立循環器病研究センターにおける腹部大動脈瘤に対する待機手術の危険性(死亡率)は、重症の併存症がなければ1%未満ですので、腹部大動脈瘤の直径が45mm~50mmになれば、手術を勧めています。なお、腹部大動脈瘤の形も重要な判断材料で、紡錘状に膨らんでいる場合には直径を参考にしますが、大動脈の一部が突出するような形("嚢状"といいます)で大動脈瘤になっている場合には、大きさに関わらず手術を勧めています。

3. 腹部大動脈瘤の治療法は?

腹部大動脈瘤を治すための薬はありません。多くの方が高血圧も伴っているので、高血圧の薬物治療によって腹部大動脈瘤が大きくなるのを遅らせることができる可能性はありますが、根本的な腹部大動脈瘤の治療は手術に限られ、人工血管置換術とステントグラフト内挿術の二つの手術方法があります。

人工血管置換術

腹部大動脈瘤を人工血管に置き換える手術です。人工血管はポリエステル繊維やフッ化エチレン膜などによって作られており、異物反応を示すことはありません。腹部大動脈瘤の手術には、直径14~22mmのストレート型または半分ぐらいの2本の脚に枝分かれしたY字型の人工血管を使用します。(図2)比較的太いといえる人工血管ですので、中を流れる血液が固まる危険性が低く、信頼のおける人工臓器の一つです。ちなみに、人工血管は開発されてから50年以上が経過しています。


図2


人工血管置換術は腹部大動脈瘤の標準的な手術方法で、臍の上下を15~25cm程度切開し開腹して行います。大動脈瘤の上下の太くなっていない大動脈や腸骨動脈を鉗子で遮断してから、腹部大動脈瘤を切開し、瘤の上下で切断してから人工血管を上下の大動脈や腸骨動脈と吻合し(縫い合わせ)ます。(図3)全ての吻合が終了した後、人工血管を大動脈瘤や腹膜で覆い、腸などの周囲の内臓と癒着しないようにしておきます。


図3


腹部大動脈瘤の大きさや場所にもよりますが、3~4時間程度で手術が終了します。2~3日で歩行や食事ができるようになり、1週間から10日後に退院できます。

大きな創の痛みがあり、脊椎麻酔や局所麻酔のほか、鎮痛剤を用いる必要があります。大動脈遮断により心臓に負担がかかるため、手術前に十分に検査をしておく必要があります。腹部大動脈瘤の患者さんでは心臓、特に冠動脈の病気を合併していることがあり、腹部大動脈瘤よりも心臓の治療を優先することもあります。

ステントグラフト内挿術

ステントグラフトとはステントといわれるバネ状の金属を取り付けた人工血管で、カテーテルの中に収納して大動脈内に挿入し、大動脈瘤の前後を含めた大動脈内に展開します。展開されたステントグラフトは、ステントの拡張する力と血圧により、大動脈瘤の上下の血管に内側から張り付きます。血液はステントグラフトの中を通りますが、ステントグラフトの外側の大動脈瘤には血液が流れなくなって血圧が及ばなくなり、大動脈瘤が縮小することもあります。大動脈瘤が縮小しなくても、拡大が防止されるので、破裂する危険性はほとんどなくなります。(図4)

人工血管置換術と比べて歴史が浅く、日本では、2006年に薬事承認されて本格的に行われるようになりました。現在、日本では5つの機種を使うことができます(図5)各々特性があり、瘤の形や場所、腸骨動脈の太さによって、最も適した機種を選択することができます。


図4



図5

ステントグラフトは足の付け根を3~5cm程度切開して、大腿動脈から大動脈内に挿入することができるので開腹する必要がなく、血流を遮断する必要もありません。2時間程度の手術時間で、翌日には歩行や食事が可能です。創が小さいので、痛みの少ない手術です。数日後に退院することも可能ですが、創が治って、術後の検査を受けると、1週間から10日後に退院することになります。

ステントグラフト内挿術はもともと血液が流れていた大動脈瘤の中に、血液が流れるステントグラフトを挿入し、その周りには血液が流れないようにする手術ですが、血液が流れないはずのステントグラフトの周りに血液が流れることをエンドリーク(内側の漏れ)と言います。エンドリークの原因は、①ステントグラフト自体がずれたり、血管の屈曲や血管壁の石灰化のためにステントグラフトが十分に圧着していない、②もともと大動脈瘤から外に血液を送っていた小さな分枝から大動脈瘤内に血液が逆流する、③ステントグラフトのつなぎ目が外れたり人工血管に穴が開く、④ステントグラフトの人工血管からの血液の浸みだし、があります。③や④はほとんどありませんが、①や②に対して、追加治療が必要になることがあります。追加治療はカテーテルで行うことが多いですが、開腹手術を行わざるを得ないことも有ります。

二つの手術方法のうちどちらを選ぶのでしょうか?

ステントグラフト内挿術は患者さんの体の負担が少ない治療ですが、大動脈瘤の形や場所などがステントグラフト内挿術に適さない場合もあります。一方、脳や心臓の病気があったり、開腹手術を受けたことがあると人工血管置換術を行うのが難しいこともあります。

人工血管置換術は歴史が長く、その治療成績は安定しており、手術後の合併症についてもよくわかっています。一方、ステントグラフト内挿術は歴史が浅く、エンドリークのように追加治療を必要とすることが比較的多くあります。

国立循環器病研究センターでは、2007年からステントグラフト内挿術を本格的に導入しましたが、現在は腹部大動脈瘤の患者さんの半分を人工血管置換術で、半分をステントグラフト内挿術で治療しています。大動脈瘤の場所や形だけでなく、全身の状態や開腹手術の既往などを、慎重に検討して、ひとりひとりの患者さんに最も適した治療方法を選んで、勧めています。

術後の注意点は?

大動脈瘤は、血管の老化の一つの現れですので、他の場所に大動脈瘤ができる可能性があります。人工血管置換術もステントグラフト内挿術も、術後は定期的にCTや超音波の検査を行っています。また、大動脈瘤の原因となった動脈硬化を悪化させないようにライフスタイルを改善しましょう。特に禁煙は重要です。

最終更新日:2021年10月08日

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