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血管外科

対象疾患
腹部大動脈瘤

1.はじめに

腹部大動脈瘤に対する血管内治療であるステントグラフト内挿術(Endovascular Aortic Repair:EVAR)の最大の特徴は低侵襲性で、日本では半数以上の腹部大動脈瘤がEVARにより治療されています。(図1)

図1:腹部大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術(Endovascular Aortic Repair:EVAR)

国立循環器病研究センターでは2007年から商業デバイスを用いたEVARを開始しましたが、2010年から2019年の10年間の腹部大動脈瘤に対する手術症例数1540例の内、ほぼ半数の774例をEVARで治療しています。EVARの低侵襲性は優れた利点ですが、一方、開腹による人工血管置換術も確立された手術方法です。EVARの長期成績が明らかになるにつれて、両者の利点、欠点について議論されています。

2.非破裂性腹部大動脈瘤の手術適応

非破裂性腹部大動脈瘤の手術適応は、ガイドラインに則って最大短径50mmもしくは形態が嚢状であることを基本としています。
しかし、最大短径の計測方法や、屈曲していない場合に短径のみで評価して良いのかどうかについてや嚢状の定義は必ずしも明確ではありません。また、多くの医療施設から患者さんを紹介して頂いていますが、紹介元での説明やインターネットでの知識に基づいて、本人や家族が「破裂」の危険性について強く意識している場合もあります。比較的若年で、急速拡大を示しているために早晩手術適応となることが見込まれる症例や、長年の経過の中で徐々にではあるものの確実に拡大しているような症例もあります。このような場合には、手術リスクを評価した上で患者や家族と相談して、早めの手術の希望に添うこともあります。

3.非破裂性腹部大動脈瘤に対するEVARと人工血管置換術の使い分け

現在でも全てのステントグラフトの添付文書には「外科手術を第一選択とすること」と記載されており、EVARの適応は患者の手術リスクと大動脈瘤の解剖学的な適性により決定するのが基本です。(図2)

図2:Choosing the best management of abdominal aortic aneurysm for individual patients(文献1から引用)

国立循環器病研究センターではEVARを開始した当初から、年齢を手術リスクの指標として重視し、75歳未満では開腹による人工血管置換術を、75歳以上ではEVARを第一選択として勧めてきました。脳卒中や心疾患の既往、開腹歴、担癌状態なども重要な指標であり、これらが併存する場合にはEVARを勧めています。
EVARは、瘤化した動脈の内腔に血流を維持する部分(ステントグラフト内)と血流を消失させる部分を作り出す技術ですが、大動脈瘤内でステントグラフトの外側に残存する血流をエンドリークと言い、4つのタイプに分類されています。(文献2、図3)
エンドリークを防ぐための中枢側のランディングゾーン(腎動脈と瘤の間)の長さ(10〜15mm)や屈曲(60度以下)といった指標の他、ステントグラフトを安全に挿入するための腸骨動脈の内径などの解剖学的な適性がInstruction for use(IFU)に規定されており、これに準拠したEVARの施行が推奨されています(文献3,4)。

図3:エンドリーク(文献2から引用)
Type I:上下のランディングゾーンの圧着部の漏れ(Ia:中枢側、Ib:末梢側)
Type II:分枝(下腸間膜動脈や腰動脈)からの逆流
Type III:ステントグラフトの破損や接合部からの漏れ
Type IV:ステントグラフトの人工血管からの浸み出し

IFU外であってもEVARの施行は可能なことがあり、国立循環器病研究センターでは50%以上の症例がIFU外ですが、一般的には、特に中枢側のランディングゾーンがIFU外である場合にはエンドリークが多いとされています。(文献5)
中枢側のランディングゾーンが短い場合に、欧米では開窓型や分枝型のステントグラフトを用いたEVARが行われていますが、日本ではこれらのステントグラフトが薬事承認を受けておらず、現時点では保険診療に使用できません。(文献6)一方、最近10年間の国立循環器病研究センターでの開腹による人工血管置換術後の入院死亡は0.5%以下です。
一方で、腹部大動脈瘤は比較的高齢者に多い病気ですが、EVARが最適な形態でない場合でも、患者や家族がEVARを強く希望されることも増えてきています。図2の概念のもと、開腹人工血管置換術が極めて困難な場合には様々な血管内治療の技術を駆使してEVARを施行することがある一方で、超高齢であっても可能と判断した場合には開腹人工血管置換術を適応するなど、一人ひとりの患者さんに最善の治療を選択するように心がけています。

4.破裂性腹部大動脈瘤に対するEVARと人工血管置換術の使い分け

近年、破裂性腹部大動脈瘤に対するEVARの良好な成績が欧米から報告されていますが(文献7,8)、必ずしも有用と言い切れないとする報告もされています。(文献9,10)そこで、日本血管外科学会は、日本における破裂性腹部大動脈瘤に対する治療内容に関する全国多施設臨床研究を実施しており、国立循環器病研究センターも参加しています。
国立循環器病研究センターでも、最近10年間の151例の破裂性腹部大動脈瘤の内、約1/4の39例に対してEVARを施行しました。非破裂性に比べると低い比率になっていますが、ショック状態でステントグラフトの準備が間に合わない場合には開腹による大動脈遮断を急ぐことがある他、EVARを行うための人員が揃わなかったり、ハイブリッド手術室が空いていない場合があったためです。
一方、国立循環器病研究センターでは、来院後30分以内に開腹手術を開始できる体制を整えており、血行動態が比較的落ち着いた状態であれば、非破裂性と大差のない確実な手術が行えることも人工血管置換術の比率が高い理由の一つです。
(2019年7月に新病院に移転した後はハイブリッド手術室が4室になり、空きがない状態を解消できました。また、緊急でEVARを行える術者が6人揃っていますので、破裂性腹部大動脈瘤への対応はより万全なものとなっています。)

5.EVARの長期成績

世界的にはEVARが開始されて20年近くがたち、長期成績が明らかになってきました。欧米からはEVAR-1、DREAM、OVERといった多施設のEVARと人工血管置換術の比較研究が継続して報告されてきましたが(文献1,11,12)、これらの研究では、早期の生存率はEVAR後で有意に高く、EVARの低侵襲性が裏付けられていました。しかし、EVAR-1の長期成績の報告で、術後8年目の時点でEVAR後の瘤関連死亡率が上昇して両者の生存率が逆転するとの結果が示されました。また、DREAMの12年間のフォローアップデータでは、累積生存率に有意差は無いもののEVARでは追加治療が増加し続けていると報告されており、EVAR-1でも同様の傾向が報告されています。(図4)
従来は術後早期の瘤関連死亡率がEVARで低い事から低侵襲性に注目が集まっていましたが、術後遠隔期には瘤関連死亡率に差がなくなりEVAR後の再治療が増える事から、長期生存が見込める比較的若年の患者へのEVARについては、慎重に適応を検討することが重要であると考えられます。

図4:EVARの長期成績(文献1から改変)

6.EVAR後の長期成績の改善に向けた取り組み

エンドリークの内、Type I やType III が術後に見られた場合には「技術的不成功」と判断され、早急に修復する必要が生じます。一方、分枝からの逆流であるType II はそれほど危険な合併症では無いという意見があるなど、あまり注目されていなかった経緯がありますが、近年、長期成績が明らかになるにつれて、次第に注目されるようになってきました。
国立循環器病研究センターでは、早い時期からType II に注目し、下腸間膜動脈からの逆流については、下腸間膜動脈の径が2.5mm以上ある場合にEVARの際に塞栓術を行うことを提唱してきました。(文献13)しかし、その効果は不十分で、腰動脈が4本以上開存している事や抗凝固療法なども危険因子であることが明らかになっています。(文献14,15)
国立循環器病研究センターでは、血管外科と放射線科が密接に連携してEVARを実施しており、下腸間膜動脈のコイル塞栓術を始め、瘤内のNBCAによる塞栓術や腰動脈の塞栓術を積極的に採用して、遠隔期の再治療を回避するための研究を継続しています。

7.参考文献

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最終更新日:2021年10月08日

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