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生化学部

Ⅰ.概要

生化学部では細胞間情報伝達に関わり、生体のホメオスタシスを維持するために重要な役割を果している未知の生理活性物質を検索し、それによる新たな情報伝達および制御機構を解明することに取り組んでいる。特にペプチド性因子に着目して新規ペプチドの探索を行い、最終的には生体内の情報伝達ネットワークの物質レベルでの再構築を目標としている。特に循環器系は、多くの神経性および体液性因子などにより複雑な調節を受けており、新しい生理活性ペプチドの発見を契機として未知の循環調節機構を解明し、さらには臨床応用も目指したいと考えて いる。また近年では、肥満に脂質異常症、高血圧、糖尿病といった代謝性疾患が重積する疾患概念(メタボリックシンドローム)が動脈硬化性疾患の基盤になることより、肥満の発症メカニズムを理解して制御することによる循環器疾患の予防医療を目指して、肥満・エネルギー代謝調節に関与する未知の生理活性ペプチドの探索と機能解析にも取り組んでいる。生化学部には、生化学研究室、情報伝達研究室、生理活性物質研究室、ペプチド化学研究室の4つの研究室があり、それぞれが連携して生理活性ペプチドの臨床応用を目指した基盤的研究を推進している。

Ⅱ.業績内容

 当部では新規生理活性ペプチドの探索と機能解析を行うとともに、これまでに発見してきた様々な生理活性ペプチドについても臨床応用を目指した研究を実施している。以下に、近年得られた主要な研究業績を紹介する。

  1. 新規生理活性ペプチドの探索と機能解析に関する研究
     生理活性ペプチドであるペプチドホルモンや神経ペプチドの大半は、それら自身が有する活性を指標として精製・構造解析されることにより同定されているが、当部でもこれまでに平滑筋の弛緩・収縮アッセイを用いてナトリウム利尿ペプチドファミリーなど多くの生理活性ペプチドを発見しており、近年ではリガンドが不明なGタンパク質共役型受容体(G protein-coupled receptor, GPCR)のアゴニスト活性を単離することによりグレリンやニューロメジンSの発見に成功している。その一方で、現在ではより多面的なアプローチによる探索が実施されており、その一つが既知の生理活性ペプチドおよびその前駆体の構造的特徴に基づいて核酸・タンパク質の配列情報より新規生理活性ペプチドを見出す方法である。最近、本手法を活用してニューロメジンU前駆体関連ペプチド (neuromedin U precursor-related peptide, NURP)と命名した新しい生理活性ペプチドを発見することができた(Mori et al. Sci Rep, 2017)。
     ほとんどの生理活性ペプチドは前駆体タンパク質として合成された後、翻訳後修飾の過程においてプロテアーゼによる限定切断を受けて成熟体へと変換される。我々のグループが発見し、中枢性摂食・エネルギー代謝調節に関与することを示した神経ペプチドであるニューロメジンU(neuromedin U, NMU)の前駆体タンパク質のアミノ酸配列には、全ての動物種で保存された典型的な限定切断配列が4つ存在するため、NMU配列のN末端側に存在する2つの切断配列に挟まれた配列を有する、未だ報告されていないペプチドの存在が強く示唆された。そこで、抗体アフィニティー精製により、ラット脳ではこのペプチドが2種類の分子型(33および36残基)で産生されることを示し、NURPを同定した。本ペプチドはラット脳では主に視床下部で発現していることから、ラット脳室内への投与実験によりその活性を検討すると、速やかな心拍数の上昇を確認したほか、エネルギー代謝の亢進や体温の上昇も認められた(Ensho et al. Biochem Biophys Res Commun, 2017)。これらに加えて、最も強力な活性として、下垂体前葉ホルモンのうちプロラクチンの分泌を特異的に促進することを示し、NURPの担う新たな生体調節機構が存在することを示唆した(Mori et al. Sci Rep,2017)。
  2. 心臓ナトリウム利尿ペプチドに関する研究
     1980~90年代に発見された心臓ナトリウム利尿ペプチドであるAtrial natriuretic peptide(ANP)とBrain natriuretic peptide(BNP)は、現在では循環器疾患の治療薬や診断薬として利用され、循環器治療に大きく貢献している。これまでANP・BNPの共通の受容体であるGuanylyl Cyclase-A(GC-A)の完全欠損マウスが血圧非依存性の心肥大・心線維化を呈するメカニズムとして、内因性ANP・BNPがオートクリン因子として心筋細胞に作用し、GC-A受容体を介してcGMP-dependent protein kinase(cGK)を活性化することで、心肥大促進シグナルであるcalcineurin-NFAT系を抑制することにより心肥大を抑制していることを明らかにした(Tokudome et al. Circulation, 2005)。その後、さらに詳細な検討を重ね、内因性ANP・BNPによって活性化されたcGKがGTPase-activating protein 活性を有するregulator of G-protein signaling subtype4をリン酸化することで活性化し、GPCRのGqシグナルを抑制することで、下流に位置するcalcineurin-NFAT系を抑制することを明らかにした(Tokudome et al. Circulation, 2008)。また、内因性ANP・BNPの血管における恒常性維持作用にも着目し、GC-A完全欠損マウスおよび野生型マウスに下肢虚血モデルを作製したところ、GC-A完全欠損マウスでは野生型マウスに比べ、著しく虚血領域の血流回復が阻害されることを見出し、内因性ANP・BNPが虚血組織における血管新生を促進していることを示唆した(Tokudome et al. Arterioscler Thromb Vasc Biol, 2009)。さらに、ホモのGC-A完全欠損マウスはメンデル遺伝法則よりも少ない割合でしか生まれないことに着目して、胎生期における内因性ANP・BNPの生理的役割について検討した。その結果、ホモのGC-A完全欠損マウスは約3分の1が胎生期に血管形成不全によって死亡することが明らかとなった(Tokudome et al. Endocrinology, 2016)。最近では、再生医療部などとの研究により、GC-A完全欠損マウスのメスが、授乳期に周産期心筋症様の心臓リモデリングを来すことを明らかにしている(Otani et al. Circulation, 2019)。
  3. C-type natriuretic peptide(CNP)に関する研究
     CNPは、ブタ脳組織から同定された生理活性ペプチドであり、現在広く臨床応用されているANP、BNPとナトリウム利尿ペプチドファミリーを形成している。ANP, BNPが血中ホルモンとして利尿・降圧作用を示すことに対して、CNPは、局所因子として血管内皮や様々な病態に関連する線維芽細胞などで作用することが知られている。特に、血管機能障害改善による抗炎症、線維化抑制作用が注目されており、CNPは血管内膜肥厚の抑制作用や肺高血圧症改善作用、動脈硬化抑制作用、血管機能障害改善作用などを有する。一方、肥満・糖尿病が、脂肪組織などの血管内皮機能障害(血管透過性の異常など)を伴う慢性炎症性疾患であることから、CNPの肥満・糖尿病における新たな役割に着目してその機能を検討した。まず、脂肪細胞は、CNP刺激に応答して細胞内cGMPが増加することから、CNPの標的細胞であることを示した。その後、CNPを血管内皮細胞や脂肪細胞それぞれに特異的に過剰発現するマウス(E-CNP、A-CNP)を作製し、肥満における作用を検討した。その結果、E-CNP、A-CNPが共に脂肪細胞の肥大化抑制を伴う炎症抑制、耐糖能・インスリン抵抗性の改善、エネルギー消費亢進などを呈することを示し、CNPが肥満・糖尿病の改善作用を有することを証明した(Bae et al. Sci Rep, 2017; Bae et al. Sci Rep, 2018)。血管機能に対しては、E-CNPにおいてCNPの血管透過性の改善作用も見出した。更に、E-CNPの解析により、肥満・糖尿病との合併症が多い非アルコール性脂肪肝炎(NASH)においても、CNPはNASHの主体となる肝臓の線維化やそれに伴う炎症やインスリン抵抗性・耐糖能の増悪の改善効果を有することを見出した。このように、CNPの肥満・糖尿病やNASHなどにおける新たな治療標的としての可能性が強く示唆されことから、現在、臨床応用を目指した研究を展開している(Bae et al., Life Sci, 2018)。
  4. グレリンの生理作用に関する研究
     グレリンは、ラット胃から成長ホルモン分泌促進ペプチドとして発見した。これまで、グレリンが摂食亢進作用を有することや、脳室内投与による腎臓交感神経活性抑制・心臓副交感神経活性亢進なども明らかにしてきたが、臨床応用を目指した研究も展開している。心筋梗塞モデルラットにグレリンを投与すると、体重減少が抑制されるとともに心機能が改善し、左室リモデリングが抑制されることを明らかにした(Soeki et al. Am J Physiol Heart Circ Physiol, 2008)。また、ラット心筋梗塞モデル作製直後にグレリンを皮下投与すると、心臓交感神経活性の上昇が抑制された結果、不整脈数が減少し、急性期死亡率が改善すること(Schwenke et al. Endocrinology, 2012)、慢性期の心臓リモデリング・交感神経活性増加も抑制されること(Mao et al. Endocrinology, 2012)を明らかにした。さらに内因性グレリンの循環器疾患モデルにおける意義を明らかにするため、グレリン欠損マウスを用いて検討したところ、グレリン欠損マウスに心筋梗塞モデルを作製すると、野生型マウスに比べ有意に交感神経活性および不整脈による死亡率が増加し、それは内因性グレリンによる迷走神経求心路活性化機構の消失によることを明らかにした(Mao et al. Endocrinology, 2012)。
    また同様の実験で、慢性期の心臓リモデリングがグレリン欠損マウスでは促進されること、その一部はグレリン欠損マウスにおける交感神経の過剰な活性化で説明可能なことを明らかにした(Mao et al. Endocrinology, 2013)。さらに、横行大動脈結紮による心肥大モデルを野生型マウスとグレリン欠損マウスに作製したところ、グレリン欠損マウスでは野生型マウスに比べ、より顕著な心肥大・心臓における炎症性サイトカインの発現増加を認め、それらは内因性グレリンの副交感神経を介した抗炎症作用の欠如に由来することを明らかにした(Mao et al. Hypertension, 2015)。
  5. Bone morphogenetic protein-3b(BMP-3b)に関する研究
     BMP-3bは、1996年に骨組織より新たに同定したタンパク質である。構造上BMPファミリーに属する骨代謝調節因子であるが、BMP-2,4とは異なり骨芽細胞分化抑制作用を有する。骨組織由来の因子でありながら、初期胚発生過程での内在性神経誘導(頭部形成も含む)因子でもある。BMP-3bは、特異的プロセシングや他のBMP/TGF-βファミリーとのヘテロダイマー形成による活性制御機構などユニークな生化学的特徴を示す。その後、骨芽細胞を用いた詳細な作用機序解明により、BMP-3bはALK4/ActRIIA受容体を介し、Smad2/3活性化による骨芽細胞分化  抑制作用を示すことを明らかにした(Matsumoto et al. Mol Cell Endocrinol, 2012)。
     BMP-3bの新たな機能を模索している過程で、BMP-3bが骨組織と同レベルで脂肪組織でも発現し、肥満でのその発現量増加を明らかにしたので、そこでの機能解明研究を開始した。その結果、BMP-3bは脂肪細胞で発現し、PPARγ減少を介した脂肪細胞分化抑制作用を示した(Hino et al. Int J Obes, 2012)。さらに、肥満における作用検討のため、BMP-3bの脂肪組織過剰発現マウス(Tg)を作製し検討を行った。このTgは体重・脂肪組織量が減少し耐糖能が改善しており、BMP-3bの抗肥満作用およびエネルギー消費亢進作用が明らかになった。これらの作用機序は、脂肪組織の脂肪酸トランスポーターの発現抑制(脂肪酸流入減少)による抗肥満作用、褐色脂肪組織の活性化(UCP-1の増加)によるエネルギー消費亢進であることを解明した(Hino et al. Int J Obes, 2017)。

Ⅲ.今後の展望

 生体内には、結合するリガンドが明らかになっていないオーファン受容体が、まだ数多く存在している。その中でもペプチド性リガンドが結合すると推定される受容体も多くあり、生体内には未知の生理活性ペプチドが未だに存在していると考えられる。生化学部では、今後もこれら未知の生理活性ペプチドを発見するために、新たなペプチド探索法を開発し、それを達成したいと考えている。また、新たに同定するペプチドや既に生化学部で発見されたペプチドについては、循環・代謝調節を含めた新たな機能をさらに解明することにより、生理活性ペプチドを用いた体に優しい医療を目指した基盤研究を推進していきたい。

最終更新日:2021年10月22日

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