心不全病態制御部
研究概要
心不全は有病率が高く、また予後も悪いため、有効な治療法の開発が急務であるとされています。我々の研究目的は心不全の病態生理を明らかにすることによって新たな治療標的を同定し、新規の有効な治療法を開発することです。
心筋細胞死は心不全の発症進展に大きな役割を果たします。我々はアポトーシスやネクローシスに着目し、マウス心不全モデルを用いて心筋細胞におけるそれらの分子機構を解明し、心不全の病態の一端を明らかにしてきました(PNAS. 2003;100. Nature 2005;434.)。また、オートファジーと呼ばれる細胞内分解機構が心筋細胞の恒常性維持に必須であり、血行動態ストレスや加齢性変化などに対して心臓保護的機能を担う事を世界に先駆けて明らかにしました(Nat med. 2007;13. Autophagy. 2010;600.)。
自然炎症(非感染性炎症)は生活習慣病や神経変性疾患の発症要因となることが知られていますが、心不全においても重要な役割を果たすと考えられています。また、ミトコンドリアDNAは細菌やウイルスのDNAと類似しており、炎症を惹起すると報告されています。我々のグループは、心筋細胞内のミトコンドリア、とりわけミトコンドリアDNAの分解不全が、自然炎症、すなわちサイトカイン産生や炎症細胞浸潤等を惹起し、心不全発症に寄与する事を報告しました(Nature 2012;10.)。
このように心不全における心筋細胞死、オートファジーおよび自然炎症などの分子機構を明らかにし、心不全の新たな治療標的の同定と画期的な治療法の開発を目指しています。
(引用、CircJ. 2017;81.)
研究テーマ
心筋細胞または心臓線維芽細胞を起点とした心臓炎症のメカニズムの解明
心不全における炎症反応の制御機構として心筋細胞内におけるサイトカインmRNAの分解機構が重要である事(Circulation. 2020;141.)、血行動態ストレス下では心臓線維芽細胞の一部が炎症性線維芽細胞となりケモカインを産生し、心臓への炎症細胞浸潤を促進する可能性がある事(Sci Signal. 2021;14)を示しました。これらの結果を踏まえ、心筋細胞にとどまらず、心臓線維芽細胞が担う炎症性サイトカインの産生や分解機構の解明に取り組んでいます。
心不全におけるマイトファジーが寄与する代謝異常のメカニズムの解明
ミトコンドリアは細胞内におけるエネルギー産生を担う重要なオルガネラである一方、障害を受けると活性酸素種の産生、細胞死誘導性蛋白質の放出、炎症惹起性ミトコンドリアDNAの放出などを引き起こすため、細胞傷害性の高い側面も持ちます。我々は細胞内の主要な分解経路であるオートファジー、特にミトコンドリア選択的オートファジーであるマイトファジーに注目し、ミトコンドリアの形態変化を誘導し、マイトファジー開始に必須の受容体として機能するBcl-2-like protein 13を同定しました(Nat. Commun. 2015;6. Cell reports 2019;26)。現在、その生体内における役割、とりわけ心不全病態での役割を検討しています。
心筋細胞内鉄代謝が寄与する心不全発症進展機構の解明
心不全患者において鉄代謝異常が認められますが、心不全の発症および進展におけるその意義は未だ明らかではありません。フェリチンの機能を司るFerritin heavy chain (FTH1)の選択的カーゴ受容体であるnuclear receptor coactivator 4 (NCOA4)依存性のオートファジー(フェリチノファジー)はFTH1 を特異的に分解し、細胞質内への遊離鉄の放出を促進することが報告されています(Mancias JD, et al. Nature. 2014)。我々はマウス不全心においてFTH1 の発現量が低下する事を見出していました (J Mol Cell Cardiol. 2009;46)。その後、心臓圧負荷刺激がフェリチノファジーを誘導し、心臓内遊離鉄の増加、それに伴う脂質酸化および非アポトーシス性心筋細胞死の増加をもたらし、心不全の発症及び進展を促進する可能性を示しました (eLife. 2021;10)。今後、心不全における心筋細胞内鉄代謝機構の役割を解明していきたいと考えています。
心不全に対する新規治療標的の探索と治療薬の開発
我々は、主にマウス心不全モデルを用いて心不全の治療薬開発を目指しています。一方、動物モデルでは限界があることも確かです。従来の手法と並行して、心不全患者から得たiPS細胞由来心筋細胞を用いて心不全の治療標的を探索する方法の確立を目指しています。具体的には遺伝性心疾患患者のiPS細胞由来心筋細胞と薬物分子ライブラリーなどを用いたハイスループットスクリーニングによる治療標的の同定を試みています。
若手研究者の育成と循環器病研究発展への国際的貢献
我々は2012年から2022年まで英国King’s College London循環器内科(Professor Otsu)に所属し、心不全の病態解明に取り組んできました。その期間、世界中から医師や理工学部出身者を受け入れてきました。国循でも、大学院教育を通じて若手研究者の育成に貢献し、心不全の病態解明を中心に循環器病研究の発展に国際的に貢献していきます。少しでも我々の研究に興味がある方は是非部長までご連絡ください(omiya.shigemiki@ncvc.go.jp)。
最終更新日:2024年02月07日