国立循環器病研究センター

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ANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)の3分子型の分別測定法の開発 ~増え続ける心不全に対する新しい診断法となる可能性~

平成28年8月1日

国立循環器病研究センター(略称:国循)の南野直人創薬オミックス解析センター長、寒川賢治研究所長、心不全科の高濱博幸医師、安斉俊久部長らの研究チームは、ANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)の3種類の分子型の個別濃度測定法を世界で初めて開発しました。本研究成果は、米国臨床化学会の専門誌The Journal of Applied Laboratory Medicineオンライン版に2016年8月1日7時(日本時間)に掲載されました。

背景

心不全の治療と重症化防止は循環器医療における最も重要な課題のひとつであり、現在、急性心不全治療には寒川所長らが1984年に発見したANPの製剤が広く使用されています。ANPは心臓から分泌され血中に流れる循環ペプチドで、Na利尿作用、降圧作用により心不全を改善します。ANPにはα-ANP、β-ANP、γ-ANPの3分子型があり、通常心筋細胞にはγ-ANP、血液中にはα-ANPのみが存在します。しかし、心不全の発症・重症化により心筋にはα-ANPとβ-ANPが、血中にはβ-ANPとγ-ANPが、それぞれ検出されるようになります()。このため、各分子型の血中濃度が測定できれば、心不全が改善の状態にあるのか悪化の状態にあるのか、さらにどういう経過をたどるかを推測可能になると考えられてきました。しかし、これまではこれら3分子型の合計の濃度しか測定することができませんでした。

研究手法と成果

南野センター長らの研究チームは、β-ANPとγ-ANPに特異的な抗体の開発に取り組みましたが、特にβ-ANPはα-ANPの2量体(注1)で、α-ANPと極めて類似した構造であるため区別が困難で、β-ANPに特異な抗体の開発には5年以上の歳月を要しました。計測方法としては、化学発光を用いるサンドイッチ型の酵素抗体法(標的分子を2種の特異的な抗体で挟んで測定する方法)を使用し、0.1pMの濃度(絶対量で5 attomole:注2)まで正確に測定可能となりました。α-ANP、β-ANP、γ-ANPは心不全の検査に汎用されているBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)とは異なる独特の挙動を示すため、ANPの3分子型を測定することで、心不全の状態をBNPとは異なる観点からより詳しく知ることができると考えられます。

今後の展望

本研究の成果により、従来不明であったβ-ANPの生成機序を明らかにすることができ、心不全時の心筋細胞で起こる病的な変化とその程度を、3つの分子の血中濃度の測定により推測することができると期待しています。また、3分子型の測定により血中ANPの総活性量も算出可能になり、この総活性量も心不全における重要なマーカーとなると考えられます。本測定系を確立し、国循の心不全症例60例について検討してきましたので、今後は200例まで拡大し、心不全の重症度、他の体液性調節因子とANP3分子型の血中濃度との詳細な比較解析を行い、心不全時における各分子型の変動の臨床的意義を明らかにしていく予定です。加えて、心不全治療薬の開発においても、これらの血中濃度を指標として利用できる可能性があります。

(注1) 2量体
2量体とは、同じ分子が2個重合したものを示す。下図のように、β-ANPは同じ分子が2個、逆向きに結合した逆平行2量体という珍しい構造をしている。

(注2) attomole
「アトモル」と読む。1モル(分子や原子6×1023個の集まりを表す単位)の1018分の1がアトモルである。

(図) 心不全患者におけるANP3分子型の存在
通常(健常者)であれば心筋細胞にはγ-ANP、血液にはα-ANPのみが存在するが、心不全患者の場合は全ての分子型が存在するようになる。

心不全患者におけるANP3分子型の存在


本研究に関連する部局
・国立循環器病研究センター 創薬オミックス解析センター
・国立循環器病研究センター病院 心不全科

最終更新日 2016年08月01日

最終更新日:2021年09月26日

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