国立循環器病研究センター

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広報活動

モバイルテレメディシンシステムによって迅速なカテーテル治療を実現

救急隊が現場から12誘導心電図を伝送、急性心筋梗塞の早期診断・治療に期待

平成28年8月17日

国立循環器病研究センター(略称:国循)心臓血管内科部門(副院長・部門長 安田聡)の研究チームが、モバイルテレメディシンシステム(MTS:注1)を用いた救急隊による病院前12誘導心電図(注2)伝送によって、急性心筋梗塞の患者に対して迅速なカテーテル治療を提供できることを報告しました。本研究成果は英文医学雑誌Circulation Journalに2016年6月24日に掲載されました。

背景

急性心筋梗塞は心臓に酸素や栄養を供給する血管である冠動脈の血流途絶によって、その灌流域が壊死に陥る疾患です。20分以上血流途絶が持続すると心筋の壊死が進行し、壊死した心筋は自己再生できないため、可及的速やかに血流を再開することが重要です。現在は経皮的冠動脈形成術(PCI)とよばれるカテーテル治療によって、早期の血流改善が可能となりました。しかし、急性心筋梗塞の救命率はPCIによって改善傾向にあるものの、未だに死亡率は8%を超えており、一層の改善が必要です。
急性心筋梗塞の診断には、12誘導心電図検査が不可欠です。特に12誘導心電図でST上昇(注3)を認めるST上昇型急性心筋梗塞は緊急治療を必要とします。そのため、欧米の治療指針では、急性心筋梗塞が疑われる患者に対し救急隊が現場で12誘導心電図検査を行い、ST上昇が判明すれば緊急カテーテル治療が可能な病院に迅速に搬送することを強く推奨しています。わが国でも12誘導心電図検査の結果を正確に判読することが重要となり、循環器領域の専門医師が現場の12誘導心電図を判読できる状況を作ることが理想です。この問題を解決する一つの方法として、救急隊が現場で行った12誘導心電図データを病院の医師に伝送するシステムが開発されてきましたが、救急隊による12誘導心電図検査の実施自体が十分ではなく、12誘導心電図伝送システムの有効性も定かではありませんでした。

研究手法と成果

今回我々は、2008年から2012年までに当センターに搬送された、発症24時間以内のST上昇型急性心筋梗塞の患者393名を対象に、MTSの急性心筋梗塞の治療における有効性を検証しました。MTSを使用して搬送した患者群(MTS群)は、従来の救急隊の搬送による患者群(直接搬送群)や他院から紹介搬送された群(紹介搬送群)と比較して、救急隊の患者接触からカテーテル治療(再灌流)が達成されるまでの時間(救急隊接触-再灌流時間)や病院に到着してから再灌流が達成されるまでの時間(病院到着―再灌流時間)が有意に短縮していました(図A、B)。さらに、再灌流による効果がより期待できる発症から6時間以内の患者群においても、やはりMTS群が有意に短縮していました(図C、D)。

今後の展望

本研究から、病院前12誘導心電図伝送は急性心筋梗塞患者の早期カテーテル治療への実施に貢献できる可能性が示唆されました。当センターへの救急搬送に要する時間は比較的短いですが、搬送時間の長い地域においてもこうした12誘導心電図伝送システムの導入によって、適切な搬送病院選択や必要な治療の遅延を解消できる可能性があります。IT (information technology: 情報技術)による医療貢献の代表例といえます。

※本研究は、「平成19年度 厚生労働科学研究費補助金による循環器疾患等生活習慣病対策総合研究事業(脳卒中・心筋梗塞研究分野) 主任:野々木宏(国立循環器病センター) 研究課題:急性心筋梗塞症と脳卒中に対する超急性期診療体制の構築に関する研究」に支援されました。

【注釈】
(注1)モバイルテレメディシンシステム
当センターとNTTドコモが開発した、インターネットを介し救急車と病院をリアルタイムで結ぶ医療情報共有システム。救急車で搬送中の患者の12誘導心電図、血圧、呼吸、脈拍などのバイタルデータや小型ビデオカメラによる患者の映像など、救急医療に必要なデータ伝達による救急車と病院の連携を実現し(下図)、医師の指示のもとでの救急救命士による適切な初期対応や早期の診断による専門病院への収容が可能となる。急性心筋梗塞の場合は、冠動脈カテーテル治療チームは救急車到着前から適切な治療準備ができる。
<図>モバイルテレメディシンシステム使用例

<図>モバイルテレメディシンシステム使用例

(注2)12誘導心電図
心臓に流れる電流を異なる12方向から測定・記録したもの。通常の心電図と比較して、電流の変化を詳しく解析できる、部位診断が正確にできるなどのメリットがある。
(注3)ST上昇
心電図の代表的な所見で、急性心筋梗塞などで心室筋に冠動脈からの血流がなくなると上昇の波形を示す。

(図)再灌流療法までの時間の比較
発症24時間以内の急性心筋梗塞について、MTS群(37名)、直接搬送群(125名)、紹介搬送群(139名)の救急隊接触から再灌流完了までの時間(図-A)及び病院到着から再灌流完了までの時間(図-B)を比較すると、どちらもMTS群が有意に短縮されている。
また、上記の内治療効果のより高い発症6時間以内の搬送においては、MTS群(30名)は直接搬送群(119名)及び紹介搬送群(96名)と比較し10分以上時間短縮されている。
急性心筋梗塞治療においては、治療に着手する時間が数分~10分短縮されることで治療成果が大きく違ってくるので、MTSは有効なツールであるといえる。

(図)再灌流療法までの時間の比較

最終更新日 2016年08月17日

最終更新日:2021年09月26日

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