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妊娠中および産褥期における心臓ホルモンの生理的意義の解明‐周産期心筋症の新たな治療法開発へつながる成果‐

2019年11月8日
国立循環器病研究センター

国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:小川久雄、略称:国循)研究所・再生医療部の大谷健太郎上級研究員、生化学部の徳留 健室長、産婦人科部の神谷千津子医長、寒川賢治理事長特命補佐らの研究チームは、心臓で作られるホルモン(ANP・BNP、注1)の機能不全が周産期心筋症(注2)の発症に関与する可能性を世界で初めて明らかにしました。本研究成果は米国心臓協会の専門誌「Circulation」オンライン版に2019年10月31日(米国標準時間)に掲載されました。

研究の背景

妊娠した女性の体内では、胎児が成長するために必要な酸素や栄養素を子宮に運ぶために、循環血液量の増加・心拍出量の増大・心拍数の増加など、循環器系に様々な変化が生じることが知られています。通常、妊娠中に生じるこれらの変化は、出産により速やかに正常化します。しかし、一部の妊産婦では妊娠中から産褥期にかけて心機能の著しい低下による心不全(周産期心筋症)を発症することが報告されており、その発症メカニズムは未だ十分に解明されていません。一方、周産期心筋症と同様に妊娠中に発症する妊娠高血圧症候群(注3)の患者では、血液中のANP・BNP濃度が正常妊婦に比べて高いことから、妊娠中あるいは産褥期に発症する循環器系疾患にANP・BNPが関与する可能性が考えられます。しかし、妊娠中や産褥期におけるANP・BNPの役割については未だ不明な点が多く残されています。

研究手法と成果

大谷上級研究員らの研究チームは、人為的にANPとBNPの共通の受容体であるGC-Aの遺伝子を欠損させた雌マウス(GC-A-KO)およびその対照群として野生型の雌マウス(WT)を用い、妊娠中および産褥期におけるANP・BNPの生理的な役割について詳細に検討を行いました。始めに、妊娠・出産・授乳がマウスの生存率に影響するか否かについて検討を行いました。その結果、妊娠・出産・授乳を繰り返すと、WTに比べてGC-A-KOの死亡率が有意に高くなることが分かりました(図1)。また、妊娠・出産・授乳を経験することで、GC-A-KOでは周産期心筋症に類似した心機能低下を伴う顕著な心肥大を呈することが明らかになりました(図2)。これらの結果から、ANP・BNPは妊娠中および産褥期の心臓に対して保護的に作用していることが分かりました。次に、妊娠・出産・授乳のいずれの過程で周産期心筋症様の心肥大を発症するかを検討したところ、WTにおいても授乳期に軽度の心肥大を認めましたが、GC-A-KOの心臓重量は授乳期に顕著に増大しました(図3)。しかし、出産後に授乳を回避させることにより、GC-A-KOにおける周産期心筋症様の心肥大変化は有意に抑制されました。これらの結果から、授乳によって心臓は生理的な肥大を来すこと、特にANP・BNPの機能不全がある場合には、授乳が心機能低下を伴う病的な心肥大を誘導することが明らかとなりました。一方、WTに比べて、GC-A-KOでは授乳によって血液中のアルドステロン(注4)濃度の有意な上昇、および心臓におけるインターロイキン6(注5)遺伝子の発現増加を認めました。そこで、アルドステロンの作用を阻害するミネラロコルチコイド受容体拮抗薬、あるいは抗インターロイキン6受容体抗体を授乳期に投与したところ、いずれの薬剤もGC-A-KOにおける周産期心筋症様の心肥大に対して抑制的に作用することが分かりました。 以上の研究結果から、①妊娠中だけでなく、授乳期においても心臓は生理的な肥大を起こすこと、②ANP・BNPは授乳期の心臓に対して保護的に作用すること、③ANP・BNP、アルドステロン、およびインターロイキン6は、周産期心筋症の治療標的になり得ることが明らかになりました。 

今後の展望

日本における周産期心筋症の発症頻度は約2万出産に1人と報告されています。周産期心筋症になりやすい因子として、高齢出産、多産、多胎、妊娠高血圧症候群の合併などが知られており、晩婚化・晩産化が進む我が国においては、今後周産期心筋症の発症頻度が上昇することが懸念されます。今回の研究成果を基にした、周産期心筋症に対する新たな治療法の開発が期待されます。

本研究は、下記の資金的支援を受け実施されました。
 日本学術振興会 科学研究費助成事業
  基盤研究(C) 「心臓ナトリウム利尿ペプチドを用いた新しい周産期心筋症治療法の開発」(研究代表者:大谷健太郎)
基盤研究(C) 「モデル動物と患者遺伝子検体の解析に基づく周産期心筋症の病態解明と革新的治療法開発」(研究代表者:大谷健太郎)
 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED) 難治性疾患実用化研究事業
「周産期心筋症の臨床研究(オミックス・生化学解析)-基礎研究(モデル動物)融合による世界初早期診断マーカー・治療法開発研究」(研究開発代表者:神谷千津子)
 公益財団法人 武田科学振興財団医学系研究奨励
「周産期心筋症の発症機序解明と新規治療法開発」(研究代表者:大谷健太郎)
 公益財団法人 大和証券ヘルス財団調査研究助成
「ナトリウム利尿ペプチド系による周産期心筋症治療法開発の可能性の検討」(研究代表者:大谷健太郎)

<注釈>

(注1)ANP・BNP
心臓で産生されるホルモン。心房性ナトリウム利尿ペプチド(Atrial Natriuretic Peptide: ANP)および脳性ナトリウム利尿ペプチド(Brain Natriuretic Peptide: BNP)。共通の受容体であるグアニル酸シクラーゼ-A(Guanylyl Cyclase-A: GC-A)に結合することで、利尿・ナトリウム利尿・血管拡張などの多彩な生理作用をもたらす。
(注2)周産期心筋症
妊娠前には心疾患を指摘されていなかった女性が、妊娠後半から産後にかけて心不全を発症する原因不明の疾患。周産期死亡原因の上位に位置する疾患であり、重症例では心臓移植が必要となる。
(注3)妊娠高血圧症候群
妊娠時に高血圧を発症する疾患であり、発症頻度は約20人に1人と言われている。高血圧の発症時期や蛋白尿の有無によって、細かく分類されている。
(注4)アルドステロン
腎臓の尿細管などに作用して水分・ナトリウムの再吸収を促進し、体液量を増加させるホルモン。
(注5)インターロイキン6
炎症反応や免疫応答に関与するタンパク質。
<図>
(図1)妊娠・出産・授乳の反復によるマウス生存率の変化


(図2)GC-A-KOに認められる周産期心筋症様の心肥大変化


(図3)授乳による心臓重量の変化

最終更新日 2019年11月8日

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