国立循環器病研究センター

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広報活動

生まれつきLDLコレステロールが高い家族性高コレステロール血症においてもHDLの機能が重要

「コレステロール引き抜き能」という新しい治療ターゲットの可能性

2015年12月23日

国立循環器病研究センター(略称:国循)病態代謝部の小倉正恒上級研究員、斯波真理子部長らの研究グループは、生まれつきLDLコレステロール値が高い遺伝病「家族性高コレステロール血症(以下:FH)」患者において、心筋梗塞などの動脈硬化性疾患の発症リスクを予測したり、治療の指針とする際、HDLコレステロール値よりも、「HDL」自体の機能が重要であることを明らかにしました。またHDLの機能はFH患者に特徴的な角膜輪の存在、アキレス腱の厚さと関連があることも明らかにしました。
この成果は専門誌「Arteriosclerosis, Thrombosis, and Vascular Biology」オンライン版にに掲載されました。

研究の背景

FHは生まれつきLDLコレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)値が高く、アキレス腱肥厚をはじめとする黄色腫(腱や皮膚にコレステロールがたまる状態)、角膜輪(眼球の黒目の部分にコレステロールがリング状にたまる状態)、若くして心筋梗塞などの動脈硬化性疾患を発症しやすくなる等の特徴を持つ遺伝病です。その頻度は約200人~500人の中に1人と高く、本邦には30万人以上の患者がいると推定されています。FH患者にはLDLコレステロール濃度を下げる治療(主にスタチン投与)が実施されますが、心筋梗塞などの予防はしばしば困難であり、LDLコレステロールだけではない、新しい診断基準や治療ターゲットを見つけることが重要課題です。このような「残されたリスク」の一つとしてHDL(高比重リポタンパク)が注目されています。

HDLコレステロール:HDLというリポタンパクに含まれているコレステロール

HDLコレステロールは、その血中濃度が高いほど動脈硬化性疾患にかかりにくいという過去の研究結果から「善玉コレステロール」と呼ばれています。しかし、すでにLDLコレステロールを下げるスタチンという薬を内服している患者に対してHDLコレステロール値を上昇させる薬剤を併用しても、急性心筋梗塞や脳卒中の発症率は減少しないという報告もあり、お薬によって血清HDLコレステロール値(量)を増加させることの意義は現在のところ示されていません。
その理由として、『HDLは、それに含まれるコレステロール(HDLコレステロール)の値(量)よりも機能(質)の方が重要であるため』とする考え方があります。今回の研究ではこのHDLの機能に着目しその検証を行いました。HDLに備わっている好ましい機能のうちもっとも大切な機能は、動脈硬化が起きている場所に存在するマクロファージ(生体内の異物を捕食する白血球の一種)などの細胞からコレステロールを引き抜く能力(以下、コレステロール引き抜き能)です。そこで、国循に通院し、すでにスタチン投与を受けているFH患者を対象に、コレステロール引き抜き能を測定しました。

研究手法と成果

対象は国循に通院中のFH患者227例で、コレステロール引き抜き能と心筋梗塞などの動脈硬化性疾患の有無(症状のある動脈硬化の存在)、頚動脈エコーで観察した内膜中膜複合体の厚さ(無症状かもしれないが、動脈硬化がどれだけ進んでいるかを予測できる指標)、角膜輪の有無、アキレス腱の厚さとの関連を検討しました。
コレステロール引き抜き能の測定は、放射性同位体で目印をつけたコレステロールをマクロファージに食べさせた後、患者の血清から取り出したHDLを作用させるという方法にて行いました。そして患者のHDLによって培養液中に引き抜かれたコレステロールの放射活性の強さの割合をコレステロール引き抜き能としました。

●コレステロール引き抜き能の測定方法●

コレステロール引き抜き能の測定方法

その結果、年齢と性別の影響を考慮しても、角膜輪のあるFH患者ではコレステロール引き抜き能が低く、角膜へのコレステロール沈着にはHDLの機能が関連していることがわかりました。またアキレス腱の厚さは年齢・性別・喫煙歴・肥満・高血圧症・糖尿病・LDLコレステロール値・トリグリセリド値といった危険因子の影響を考慮してもコレステロール引き抜き能と負の関連を認め、腱へのコレステロール沈着・黄色腫の形成にもHDLの機能が関連していることがわかりました。同様に頚動脈エコーで観察した内膜中膜複合体の厚さは上記の危険因子の影響を考慮してもコレステロール引き抜き能と負の関連を認めました。

最後にコレステロール引き抜き能はHDLコレステロール値よりも強く、既に動脈硬化性疾患を発症しているFH患者の予測因子であることがわかりました。

すなわち、HDLの機能であるコレステロール引き抜き能はLDLコレステロールが高いFH患者においても新しい診断マーカーや治療ターゲットである可能性が示唆されました。

コレステロール引き抜き能がHDL-C値よりも強い動脈硬化性疾患の負の危険因子

コレステロール引き抜き能がHDL-C値よりも強い動脈硬化性疾患の負の危険因子

※図表注釈

これは「この集団において既に動脈硬化性疾患を発症しているかどうかを予測できる因子は何か」を示した表です。コレステロール引き抜き能のオッズ比が0.95という意味は、ある一定量(「1標準偏差(=ばらつきの幅)」といいます)コレステロール引き抜き能が大きい人はすでに動脈硬化性疾患を患っている確率が5%少ないということになります。またP値とは「誤差や偶然によってこのようなデータが得られる確率」を意味し、0.05未満であれば意味があるデータということになります。他に今回意味があった予測因子は高血圧(3.13倍の高い確率で予測できる)とLDL-C値でした。私たち医師はすでに心筋梗塞などを起こしてしまった患者さんには再発予防のためにより強く大量のお薬を処方してLDL-C値を下げようとします。よってこの集団においては、LDL-C値が1標準偏差分高い人(強い治療が施されていない人)で動脈硬化性疾患をすでに患っている確率が2%低かったというデータになっています。

今後の展望

コレステロール引き抜き能というHDLの機能を決めているものが何かを探る必要があります。またその他のHDLの機能(酸化ストレスを抑える作用や炎症から身を守る作用など)も新しい診断マーカーであるかどうかを検討したいと考えています。さらにFH患者だけではなく、一般住民やその他の疾患患者においてHDLの機能がどのような役割を果たしているのかということを日本人で明らかにしていく必要があり、現在研究を進めています。

本研究への支援

この研究は、循環器病研究開発費25-2-5、日本医療研究開発機構研究費創薬基盤推進事業(H23-政策探索一般-004)の支援を受けて行われております。

最終更新日 2015年12月23日

最終更新日:2021年09月26日

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