広報活動
急性期脳出血患者への適切な降圧目標の解明 ー 研究者主導国際共同試験 ATACH II
平成28年6月10日
国立循環器病研究センター(略称:国循)脳血管部門の豊田一則部門長とデータサイエンス部の山本晴子部長らを共同研究者として、国循から世界第一位の症例数登録を行い貢献した、米国National Institutes of Health(NIH)の助成を受けた研究者主導国際臨床試験Antihypertensive Treatment of Acute Cerebral Hemorrhage (ATACH)-Ⅱ (Clinical Trials.gov NCT01176565; UMIN000006526)の主解析論文が、米国総合医学雑誌「The New England Journal of Medicine」オンライン版に、平成28年6月8日(米東部標準時)に掲載されました。
背景
脳卒中はわが国の要介護原因疾患の首位を占めるにも関わらず、治療開発は遅れています。わが国において脳出血は脳卒中の17%~30%を占め、脳出血の発症率は欧米諸国の数倍です。脳出血は死亡や機能障害につながりやすく、発症率そのものは倍以上の脳梗塞と同等以上の経済的損失をわが国に与えると試算されます。脳出血は日本を含めた東アジアで発症率の高い疾患であり、アジア主体の視点での治療法開発が望まれます。
急性期脳出血患者の46~75%に血圧上昇を認めます。脳出血に伴う急性高血圧に対して、国内外の指針では降圧療法を推奨していますが,具体的な降圧目標値は明らかでありませんでした。2013年に豪州や中国などが参加したIntensive Blood Pressure Reduction in Acute Cerebral Hemorrhage Trial (INTERACT)-2試験の結果がNEJM誌に掲載され、超急性期に収縮期血圧を140 mmHg未満に下げることが、3か月後の転帰不良の割合を減らす傾向があるものの、有意な治療群間差を得るには至らず、同種試験の結果が待ち望まれていました。
このためINTERACT-2と同時期に企画されたATACH-II試験では、INTERACT-2との成績の異同が注目されていました。
ATACH Ⅱの主解析結果
ATACH Ⅱ試験は第Ⅲ相,多施設共同,無作為化,同時対照比較,並行群間試験で、日米をはじめ中国、台湾、韓国、ドイツの6か国が参加しました。発症から4時間半以内に治療開始可能な脳出血患者を中央無作為化方式で積極降圧群(収縮期血圧110 ~140 mmHg)と標準降圧群(140~180 mmHg)とに1:1の割合で割付け、ニカルジピン静脈内投与によって24時間にわたって目標血圧範囲を維持しました。
2011年5月から2015年9月までに、ちょうど1000例の患者が登録されました。アジアの4か国から過半数の562例(56%)が登録され、とくに日本からは288例(29%)が登録されました(図1)。治療開始後2時間で、積極降圧群では平均収縮期血圧129 mmHgに、標準降圧群では141 mmHgに達しました。24時間後の頭部CTで血腫増大を認めた割合は、積極降圧群の18.9%、標準降圧群の24.4%を占め、前者で有意に少ない傾向を認めました(多変量解析にてp=0.08、(図2)。しかしながら、主要評価項目である3か月後の死亡または高度障害の割合(modified Rankin Scaleでの 4-6に相当)は各々38.7%と37.7%で有意差はありませんでした(調整相対危険 1.03、95%信頼区間 0.85~1.27、図2)。降圧治療に関連する重篤有害事象は各々1.6%と1.2%でした。
本試験結果は、先行するINTERACT-2とやや異なります。この結果の解釈には、今後サブ解析やINTERACT-2などとの統合解析を要します。とくに本試験では標準降圧群で到達した収縮期血圧が、設定範囲である140~180 mmHgの下限であったことから、両群とも比較的厳格に降圧され、治療転帰に差が出にくかったと、考えられます。少なくともアジア人が過半数の患者集団において、収縮期血圧140 mmHg未満への急性期降圧が脳出血患者に安全であることが、確認できました。
ATACH Ⅱへの日本の貢献
前述したように、本試験の患者の過半数は東アジアから、また3割弱が日本から登録され、わが国の脳出血治療指針を考えるうえで重要な試験となりました。国内からは表1に示す14施設が患者登録に参加し、とくに国循が世界首位の79例、神戸市立医療センター中央市民病院が第3位の53例、虎の門病院が第4位の38例を登録し、日本の貢献度の高さを示すことが出来ました。
本試験に参加するにあたって、私たちは相当の事前準備を行いました。脳卒中領域で日本がNIH助成の臨床試験に参加するのは、おそらく20年以上のブランクがありました。ATACH Ⅱ試験への参加を模索していた2009年当時は、国内では静注ニカルジピンを急性期脳出血に用いることが添付文書で禁忌として制限されていましたが、この設定根拠は不確かでした。私たちは厚生労働科学研究費補助金によるStroke Acute Management with Urgent Risk-factor Assessment and Improvement(SAMURAI)研究班で全国webアンケート調査を行い、臨床現場で静注ニカルジピンが頻用されていることを示して、この添付文書の記載を改める契機としました。同じくSAMURAI研究班で静注ニカルジピンを用いた急性期脳出血患者への降圧観察研究を行いましたが、この研究コホートは今後ATACH Ⅱの様々な解析を行ううえでの、統合解析の対象となり得るでしょう。ATACH Ⅱ試験へ国内施設が個々にNIHと契約を結んで参加するのではなく、国循が中央調整施設となって国内施設を取り纏め、効率的に試験を遂行することが出来ました。このような試験の運営体制は、現在国循を中心に構築している国内脳卒中研究者ネットワークNetwork for Clinical Stroke Trials (NeCST)を立ち上げる重要な契機となりました。
ATACH Ⅱ試験の今後の更なる解析結果を経て、真に日本人に有効な急性期脳出血治療法が解明されてゆくことが期待されます。
※本試験はNIHの神経疾患・脳卒中部局であるNational Institute of Neurological Disorders and Strokeからの研究助成費(U01-NS062091、U01-NS061861)によって、運営されました。国内での試験遂行の一部は、国循循環器病研究開発費(H23-4-3)により支援されました。
(図1)ATACH Ⅱの国別患者登録数
(図2)ATACH Ⅱの治療成績
(表1)国内参加施設一覧
施設名 | 登録件数 |
---|---|
国立循環器病研究センター | 79 |
神戸市立医療センター中央市民病院 | 53 |
虎の門病院 | 38 |
聖マリアンナ医科大学 | 16 |
杏林大学 | 16 |
岐阜大学 | 14 |
中村記念病院 | 13 |
東京都済生会中央病院 | 12 |
広南病院 | 11 |
聖マリアンナ医科大学東横病院 | 10 |
NHO 九州医療センター | 10 |
NHO 名古屋医療センター | 8 |
慶應義塾大学 | 7 |
川崎医科大学 | 1 |
最終更新日 2016年06月10日
最終更新日:2021年09月26日