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母体血を用いた新しい胎児心不全診断法の開発
~胎児心不全時に母体血中で変化するサイトカインを同定~

平成30年11月7日
国立循環器病研究センター

国立循環器病研究センター(略称:国循)研究所・再生医療部の三好剛一派遣研究員(元国循周産期・婦人科医師/現三重大学医学部附属病院臨床研究開発センター助教)、同部細田洋司室長、周産期・婦人科の吉松淳部長、創薬オミックス解析センターの南野直人センター長らの研究チームは、胎児が心不全状態になった際に特定のサイトカイン(注1)が母体血中で変化することを世界で初めて明らかにしました。本研究成果は米国の科学誌「American Journal of Obstetrics and Gynecology」に平成30年11月6日(現地時間)に掲載されました。

背景

胎児は、胎盤や臍帯を通して母体の血液から受け取った酸素や栄養を心臓のポンプで全身に送り出すことで循環を維持しています(胎児循環)。胎児の心臓疾患(先天性心形態異常や胎児不整脈)が原因となり、胎児循環が破綻した病態が胎児心不全です。胎児は母体内で発育するために、血圧や呼吸状態など小児や成人の心機能評価に通常用いるバイタルサインや心臓カテーテル検査の情報を得ることは出来ません。胎児心不全の診断にむけて心臓MRIや心電図による評価も試みられていますが、未だ研究段階です。現在は超音波検査が胎児心不全診断法の中心となっていますが、検査・診断を行う医師に高度な技術が必要なことから、診断法の標準化や均てん化には至っていません。そのため、胎児心不全を迅速かつ簡便に診断できるバイオマーカー(注2)が求められています。

国循では臍帯血や羊水、母体血を用いた胎児心不全の診断に有用なバイオマーカーの開発を、周産期・婦人科部(病院)、再生医療部(研究所)、創薬オミックス解析センターの共同研究で進めています(図1)。これまでの国循での研究から、胎児先天性心疾患や不整脈が原因の心不全において、臍帯血中BNP(注3)は重症度に一致して上昇し、胎児超音波解析結果とも良好な相関を示すこと(三好、細田、他、Ultrasound in Obstetrics & Gynecology, 52: 609-616, 2018)、また羊水中ではNT-proBNP(注3)が胎児心不全の病態を反映して高値となることが分かりました(三好、細田、他、Circulation Journal: 82: 2619-2626, 2018)。羊水穿刺は臍帯血穿刺より侵襲性が低く手技も容易であることから、胎児心不全の診断バイオマーカーとして羊水中NT-proBNP値の臨床応用も検討中です。本研究では、羊水穿刺よりもさらに低侵襲な母体採血において胎児心不全の診断が可能かどうか検討するために、胎児心不全で変化する母体血中のサイトカインやホルモンの解析を行いました。

研究手法と成果

本研究では、胎児心疾患50例、正常胎児50例のうち、妊娠28~33週に採取された母体血清を用いて、約40種類のサイトカイン関連因子を測定しました。胎児心疾患症例のうち、胎児超音波検査により6例(心形態異常1例、不整脈5例)が胎児心不全と診断されました。最初に主成分分析を行い、6種類の炎症性サイトカイン・アポトーシス(注4)関連因子、5種類の血管新生関連因子が、胎児心不全症例において大きく変動する因子であることが分かりました(図2)。次に多変量解析を行った結果、それらの中でTNF-α(注5)、VEGF-D(注6)、HB-EGF(注7)が胎児心不全と特に相関が強いことが確認されました。これら3つを組み合わせた場合の診断精度は、感度100%、特異度80.3%、陽性的中率33.3%、陰性的中率100%(AUC=0.90)(注8)でした(表1)。一方で、胎児心不全がない場合には、サイトカインやホルモンの測定値に変化は認めませんでした。

今後の展望・課題

胎児心不全により母体血中で変動する因子を特定できたことで、通常の妊婦健診で採取する血液検体から胎児心不全を診断できる可能性を世界で初めて示すことができました。本研究成果は、少数例での探索的研究であることから、今後、さらに多くの症例で胎児心不全診断のバイオマーカーとしての有用性を検証していく必要があります。胎児心疾患症例以外でも、例えば胎児治療が必要となるような症例(胎児貧血、胎児胸水、双胎間輸血症候群など)では、この方法が応用できる可能性があると考えています。

本研究は国循バイオバンクに集積された試料(臨床データと検体)を利用して実施しました。

本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
文部科学省(文部科研費)、土谷記念医学振興基金、日本心臓財団、循環器病研究開発費22-1-4「ナトリウム利尿ペプチドの分子多様性に基づく新しい診断法の開発」、27-1-5「オミックス解析を活用した循環器疾患の新規バイオマーカーの探索と臨床応用」

<注釈>

(注1)サイトカイン
細胞間の情報伝達に関わる分子量の比較的小さいタンパク質の総称。リンパ球が産生するインターロイキン、インターフェロン、腫瘍壊死因子(TNF)などのように、免疫作用や抗腫瘍作用、抗ウイルス作用などの様々な調節作用をもつタンパク質が含まれる。

(注2)バイオマーカー
タンパク質や遺伝子、代謝物などの生体内の物質で、血液や尿などの体液や組織に含まれる。病気の発症や重症化、治療に対する反応に相関し、その指標となる。

(注3)BNPとNT-proBNP
BNP(brain natriuretic peptide、脳性ナトリウム利尿ペプチド)とNT-proBNP(N-terminal pro-BNP、N末端プロ脳性ナトリウム利尿ペプチド)は、ともに心筋細胞で産生されて血中に分泌され、血圧や血液量の増加による心臓壁ストレスにより血中濃度が上昇する。どちらも臨床で心不全の診断に用いられており、過去の研究からNT-proBNPの生体内安定性がBNPよりも高いことが示されている。

(注4)アポトーシス
細胞がある一定の条件になった場合、あらかじめ遺伝子により決められたプログラムに従って細胞死する現象。例えば、生物の発生過程においては、形態形成に重要な現象である。

(注5)TNF-α(tumor necrosis factor-α)
固形がんに対し出血性壊死を誘導するサイトカイン。腫瘍壊死因子とよばれる。

(注6)VEGF-D(vascular endothelial growth factor-D)
血管新生・血管増殖に関与する増殖因子「VEGFファミリー」の一種。リンパ管形性を誘導し、がんのリンパ節転移にも関与する。

(注7)HB-EGF(heparin binding-epidermal growth factor-like growth factor)
血管平滑筋細胞に対する増殖因子。心臓の発生や機能維持など様々な状況で、重要な働きをしていることが明らかとなっている。

(注8)検査の有用性を評価する指標について
ある検査方法が疾患の有無をどれだけ正確に判定できるかを示す指標に、下記がある。
感度:罹患した人のうち、検査で陽性となる人の割合。
特異度:罹患していない人のうち、検査で陰性となる人の割合。
陽性的中率:検査結果が陽性となった場合に、実際に罹患している確率。
陰性的中率:検査結果が陰性となった場合に、実際に罹患していない確率。
感度が高い検査で陰性であれば罹患の可能性が低く、特異度が高い検査で陽性であれば罹患の可能性が高いといえる。また、感度・特異度ともに100%に近い場合は、その検査を行うだけで疾患の有無を判別できる。
AUC(area under the ROC curve):検査や診断の精度をグラフに表したROC曲線の下の面積。0~1の値を取り、1に近いほど判別能が高い。

<図表>

(図1)胎児心不全診断法の開発


(図2)測定したサイトカイン、ホルモンの主成分分析結果


(表1)胎児心不全バイオマーカーの感度、特異度およびAUCの比較

TNF-α、VEGF-D、HB-EGFが胎児心不全時に母体血中で有意に変動するマーカーとして同定され、これら3種を組み合わせた場合に高い診断精度が得られた。胎児心不全がないことを示す場合に特に有用性が高いと推察される。

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