国立循環器病研究センター

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広報活動

脳卒中による運動障害からの回復メカニズムを解明-リハビリテーションで脳神経回路が再構築される -

2014年1月9日

独立行政法人理化学研究所

独立行政法人国立循環器病研究センター

本研究成果のポイント

○ 脳卒中患者の運動機能の回復と脳内神経線維連絡性を経時的に観察

運動制御に関わる部位を「つなぐ」部位の神経線維連絡性は機能回復に関わる

○ 運動機能回復に関わる脳神経回路再構築の存在を拡散テンソルMRI画像で実証

理化学研究所(理研、野依良治理事長)と国立循環器病研究センター(橋本信夫理事長)は、脳卒中発症後の運動障害から脳神経回路が回復するメカニズムを解明しました。これは、理研ライフサイエンス技術基盤研究センター(渡辺恭良センター長)機能構築イメージングユニットの林拓也ユニットリーダーと京都大学医学研究科附属脳機能総合研究センター(福山秀直センター長)の武信洋平研究員、国立循環器病研究センター脳神経内科の長束一行部長らによる共同研究グループの成果です。

脳卒中は、急性の脳梗塞や脳内出血などの脳血管障害による疾患を指し、言語障害、運動障害、感覚まひなど、多様な神経症状を伴います。なかでも運動障害はリハビリテーションによってある程度回復するものの、詳細な回復メカニズムは分かっていませんでした。

共同研究グループは、脳卒中患者が発症後3カ月間のリハビリテーションを行う過程の、運動機能と脳内の「神経線維[1]連絡性」を時間を追って観察しました。その結果、運動機能が3カ月間かけて回復する過程で、障害がある側の大脳皮質から脊髄へとつながる神経線維連絡路(錐体路[2] )で神経線維の変性が徐々に進む一方、それを補うように脳の中心付近深部にある赤核(せきかく)[3]で神経線維の再構築が進むことが明らかとなりました。これは、赤核における神経線維の再構築が、運動機能の回復と関係していることを示唆しています。今後、神経線維の再構築を促進させる新しい治療法の開発や、リハビリテーション法そのものの最適化につながると期待できます。

本研究成果は、オンラインジャーナル『Neuroimage: Clinical』(2013年12月29日付け:日本時間2013年12月29日)に掲載されました。

1.背 景

脳血管障害の国内患者数は120万人を超え(平成23年厚生労働省調査)この障害が原因の死亡者数は年間13万人以上と、死亡原因の3位となっています(平成24年厚生労働省調査)。脳卒中は急性の脳血管障害による疾患を指し、言語障害、運動障害、感覚まひなどの神経症状を示すのが特徴です。発症後の日常生活の自立度を大きく左右する運動障害は、リハビリテーションによってある程度回復するものの、その詳細な回復メカニズムは分かっていません。

運動機能の回復期間は発症後3カ月間で、この過程では脳卒中発症後に生き残った神経細胞による脳神経回路の再構築が行われると考えられています。これまで、機能的MRI(核磁気共鳴画像装置)を用いた画像診断により、残存する運動関連大脳皮質の神経細胞の活動が発症後早期から変化することが知られていましたが、その後の運動機能の回復との関連性は明確ではありませんでした。そこで、共同研究グループは、運動機能の詳細な回復メカニズムの解明に取り組みました。

2.研究手法と成果

今回の研究は、脳卒中発症直後のMRI診断の結果から、運動障害の主要因である大脳皮質から脊髄へとつながる神経線維連絡路(錘体路)に障害が限られている患者10名を対象に実施しました。3カ月間のリハビリテーションを行う過程で、運動機能と脳内の「神経線維連絡性」について時間を追って観察し、さらに先端的画像技術である拡散テンソルMRI法[4]を用いて神経線維連絡性を評価しました。その結果、運動機能は3カ月かけて徐々に回復することが分かりました(図A)。また、拡散テンソル画像では、障害がある側の錐体路で、神経線維の変性を示す「拡散異方性の低下[5]」が徐々に進んでいることが観察されました。これは錐体路の途中で神経線維が脳血管障害により分断され、神経線維の変性が進んだものと考えられます。一方で、脳の中心付近深部にある赤核や脳梁中部[6]で神経線維の再構築を示す「拡散異方性の上昇」が観察されました(図B)。赤核や脳梁中部は、運動関連部位と連絡する部位として知られ、特に赤核は脊髄への連絡路をもつことが知られています。そこで、赤核における拡散異方性の上昇度と運動機能の回復の程度の関連を調べたところ、正の相関性が見られることが分かりました(図C)。これは、赤核における神経線維の再構築が運動機能の回復と関係していることを示唆しています。

3.今後の期待

赤核は進化的に古い脳部位で両生類、爬虫(はちゅう)類、鳥類などの動物で前・後肢の運動制御を行うと考えられています。過去の動物実験においても錐体路障害後の運動機能回復に赤核から脊髄への連絡路が関わっていることが分かっていました。しかし系統的に進化した動物では赤核は退化していると考えられ、ヒト脳での赤核の機能的意義も十分に分かっていません。今回の結果は、このように進化的に古い脳部位が、脳損傷後のリハビリテーションにより活性化され運動障害の回復に寄与する可能性を示唆し、これまでの見方に修正を迫るものです。今後、脳卒中の運動障害からの回復に際して、赤核から脊髄系を含む神経経路の再構築・強化を組み合わせた新しい治療法の開発や、リハビリテーション法そのものの最適化の可能性が考えられます。

また、今回の発見を可能にした拡散テンソルMRI画像法は、運動障害の回復に関わる脳神経回路の可視化に非常に有用であることが実証されました。今後の技術開発により一般病院のMRI装置でもこの方法が可能になれば、脳卒中患者の予後を正確に診断する技術として臨床応用が進むと期待できます。

原論文情報:

Yohei Takenobu, Takuya Hayashi, Hiroshi Moriwaki, Kazuyuki Nagatsuka, Hiroaki Naritomi, Hidenao Fukuyama, "Motor recovery and microstructural change in rubro-spinal tract in subcortical stroke", Neuroimage: Clinical, vol. 4, p201-208, 2014,
doi: 10.1016/j.nicl.2013.12.003

補足説明

[1] 神経線維

神経細胞の突起のうち、最も長い突起(軸索)。脳神経回路は、それぞれの神経細胞が神経線維(軸索)を伸ばし、特定の神経細胞の樹状突起にたどり着き、つながることで築かれる。

[2] 錘体路

大脳皮質から脊髄もしくは大脳皮質から脳幹部に至る神経線維連絡であり、その多くは大脳皮質に存在する運動ニューロンからの神経線維(軸索)によって構成されている。進化的に新しい構造物であり、手指の精緻な運動など高度な運動制御と情報伝達を担っていると考えられている。

[3] 赤核

脳深部中心付近の中脳と呼ばれる部位に存在する神経細胞が集まった核で鉄分を多く含みピンク色を呈することから名づけられている。赤核から脊髄に至る神経線維は赤核脊髄路と呼ばれ、両性類や鳥類など広く脊椎動物の四肢の運動制御に関わっていると考えられている。また、肺魚の肢の運動制御も赤核脊髄路が司ると考えられている。ヒトを含め霊長類動物では大脳皮質が顕著に発達し錘体路による運動制御が主体となっており、赤核は退化していると考えられ、正確な赤核の機能も分かっていない。

[4] 拡散テンソル画像法

MRIの1種で、水分子の拡散が生体内の構造の影響を受ける性質(拡散異方性)を利用し、脳内の線維構造(神経連絡)を画像化する手法。

[5] 拡散異方性の低下

拡散テンソル画像法では、一定方向に向かって連続する神経線維が拡散異方性として表される。したがって、拡散異方性の低下は神経線維の変性度とよく相関する。

参考:理化学研究所分子イメージング科学研究センターニュース

2013年2月4日「神経変性疾患の進行を予測する新手法開発」

http://www.cmis.riken.jp/news/2012/image/20130204hayashi.pdf

[6] 脳梁中部

脳梁は左右の大脳半球を連絡する主要な構造物で、「梁(はり)」のように左右方向に走行する神経線維から構成される。前後方向に長い構造物で、大きく前部、中部、後部に分かれ、脳梁前部は左右の前頭前野を、中部は運動関連野を、後部は左右の視覚野を主に連絡し左右半球間の情報のやりとりが行われている。

図 脳卒中発症後の運動機能回復と脳内の神経線維構造の変化

図 脳卒中発症後の運動機能回復と脳内の神経線維構造の変化

A:運動機能の回復の時間経過

脳卒中発症後、3カ月間にわたるリハビリテーション中に3回の運動機能測定を行った。3カ月間で徐々に回復を示した。

B:拡散テンソル画像で見た拡散異方性の変化

脳梗塞の部位(ピンク~白、大脳深部で錐体路が通る部位に位置する)では拡散異方性の低下(水色~青色)が見られ神経変性が進展していることが示された。一方、赤核では拡散異方性の上昇(黄色~赤色)が見られた。

C:赤核における拡散異方性の上昇と運動機能回復の関係

両者に正の相関が見られた。

最終更新日 2014年01月09日

最終更新日:2021年09月28日

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