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経カテーテル大動脈弁置換術を受けた心房細動を有する患者における、術後抗凝固薬 の選択:全国大規模データベースを用いた研究
国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)の竹川弘毅:情報利用促進部/上級研究員、金岡幸嗣朗:室長らは、大動脈弁狭窄症※1に対する経カテーテル大動脈弁置換術施行後※2の心房細動患者において、DOAC※3投与群と比較してVKA※4投与群は、血栓イベントおよび出血イベントの発生率が高いことがわかりました。この研究結果は、臨床現場における経カテーテル大動脈弁置換術後の抗凝固療法選択において、DOACはVKAと比べて有効な選択肢である可能性があることが示唆されました。
本研究成果は、米国心臓協会オンライン機関誌「Journal of the American Heart Association」に、2025年6月23日に掲載されました。
概要
大動脈弁狭窄症※1の治療のため経カテーテル的大動脈弁置換術※2を受ける患者には心房細動を併存する高齢者が含まれますが、それらの患者に術後にどのような抗凝固薬を服用するのが良いのかについての実臨床データに基づく大規模な報告はありません。本研究では、わが国のレセプト情報・特定健診等情報データベース※3を用いて、2014年から2021年に日本で経カテーテル大動脈弁置換術を受けた心房細動を併存する10,041人を対象に術後の抗凝固薬の種類 (DOAC※4またはVKA※5)と血栓・出血イベントの関連を調査しました。傾向スコアマッチング後の解析では、3年間でVKAはDOACと比較し、統計学的に有意に血栓および出血のリスクが増加しました。本研究の結果は臨床現場において、DOACはVKAと比較して有効かつ安全である可能性を示唆しています。
研究のポイント
- 大動脈弁狭窄症に対する経カテーテル大動脈弁置換術施行後の心房細動患者において、VKA群はDOAC使用群と比較して、血栓イベントおよび出血イベントの発生率が高いことが判明しました。
- 悉皆性と追跡性の高い我が国のレセプト情報・特定健診等情報データベースを用いることで、これまで十分に検討されていない経カテーテル大動脈弁置換術を受けた心房細動合併患者1万人以上を解析対象とした、実臨床の大規模データを用いた研究です。
- 経カテーテル大動脈弁置換術後の抗凝固療法選択において、DOACはVKAと比べて有効な選択肢となる可能性が示唆されました。
背景
高齢化の進展に伴い、大動脈弁狭窄症の患者が増加し、体への負担が少ない経カテーテル的大動脈弁置換術が広く普及しています。一方で、治療対象患者には脳梗塞のリスクが高い心房細動を併存している患者が含まれ、脳梗塞予防のために抗凝固療法が必要となります。しかし、経カテーテル的大動脈弁置換術を対象としたこれまでの研究では結果が一致しておらず、心房細動以外の疾患も有する高齢者において、どの薬剤を選択すべきかについては明確となっていません。従来のビタミンK拮抗薬(VKA)に加え、直接経口抗凝固薬(DOAC)が選択肢として普及してきた現在、その有効性と安全性の比較は臨床現場において、患者と医療従事者に提供するべき必要な情報です。
研究成果
本研究は、2014年から2021年に、日本で、経カテーテル的大動脈弁置換術を受けた47,883人のうち、心房細動を有し抗凝固療法を受けている10,041人 (21.0%)を対象にしました。術後3か月時点の抗凝固薬の種類(DOACとVKAの2群)による、その後の塞栓イベントと出血イベントとの関連を検討しました。対象はDOAC群(8,191人)とVKA群(1,850人)に分類されました。血栓イベントはDOAC群で2.2人/100人年、VKA群で3.6人/100人年に発生し、出血イベントはDOAC群で7.1人/100人年、VKA群で10.0人/100人年に発生しました。傾向スコアマッチングを用いて背景因子を調整し、術後3か月以降の血栓イベントと出血イベントの発生率を比較しました。結果、VKA群はDOAC群と比較し、血栓イベントが1.46倍、出血イベントが1.21倍と、いずれも統計学的に有意に発生率が高いことが示されました。この全国大規模データベースを用いた解析結果は、経カテーテル的大動脈弁置換術後の抗凝固薬選択における臨床判断の一助となる可能性があります。
脚注
※1 大動脈弁狭窄症
心臓の出口にある「大動脈弁」が硬くなって開きにくくなり、全身に送り出す血液の流れが妨げられる病気です。進行すると息切れ、胸の痛み、失神、心不全などを引き起こし、治療しないと命に関わることがあります。
※2 経カテーテル的大動脈弁置換術
開胸手術をせず、足の付け根などの血管からカテーテルという管を通して人工弁を心臓に届けて置き換える治療法です。高齢や合併症のため開胸手術が難しい方にも行える、体への負担が少ない治療として近年急速に普及しています。
※3 DOAC
血液が固まるのを防ぐ薬(抗凝固薬)の一種で、心房細動や血栓症の治療・予防に使われます。従来の薬(ワルファリン)に比べて、用量調整や食事制限が少なく、使いやすいのが特徴です。ただし、腎臓の機能などに応じた慎重な管理が必要です。
※4 VKA
DOAC同様、抗凝固薬の一種で従来から使用されてきた薬剤(例:ワルファリン)です。血液検査を指標に効き具合を調整できますが、食事や他の薬の影響を受けやすく、定期的な用量調整が必要です。
※5 レセプト情報・特定健診等情報データベース
日本全国の医療機関で保険診療を受けた際の「レセプト(診療報酬明細書)」を国が集約した大規模な医療データベースです。匿名化された情報をもとに、学術的な解析にも利活用されています。
(図1) 抗凝固薬の種類による血栓イベントと出血イベントの発生率
発表論文情報
著者:竹川弘毅、金岡幸嗣朗、岩永善高、笹野哲郎、西岡祐一、明神大也、野田龍也、今村知明、宮本恵宏
題名:Anticoagulation Therapy for Atrial Fibrillation After Transcatheter Aortic Valve Replacement: National Database Insights
掲載誌:Journal of the American Heart Associsation
DOI:https://doi.org/10.1161/JAHA.124.040030
最終更新日:2025年07月08日