脳神経内科
研究活動の概要

 脳神経内科では、脳血管障害や認知症などの神経内科疾患の病態解明と治療成績の向上を目指し、基礎・臨床の両面から様々な研究活動に取り組んでおります。特に治療研究に関しては、脳血管障害に関係する細胞実験(iPS細胞)、小型魚類モデル、げっ歯類モデル、非人類霊長類モデル、臨床研究、医師主導治験というすべてのステージの研究に取り組んでいる、世界でも非常に珍しい研究グループです。最近では特に治療に直結する新規知見の発見を目指す研究に注力しており、認知症の新規治療法の開発を目指した「認知症先制医療開発部」を2024年4月1日に設置し、遺伝性脳小血管病CADASILの新規治療法の開発を目指した「CADASIL創薬研究部」を2025年1月15日に設置いたしました。教室責任者である猪原匡史部長の下、脳神経内科、認知症先制医療開発部、CADASIL創薬研究部の各員は一体的に連携しながら、さまざまな研究活動を遂行しております。

  1. 遺伝性脳小血管病CADASILの診療体制の構築と新規治療法の開発
     CADASIL(Cerebral autosomal dominant arteriopathy with subcortical infarcts and leukoencephalopathy)とは、最も頻度の多い遺伝性の血管性認知症であり、最も頻度の多い遺伝性脳卒中です。脳神経内科では、単一遺伝子疾患CADASILを突破口に血管性認知症や脳梗塞の病態を解明することを目標としたさまざまな研究を進めて参りました。以下、脳神経内科での取り組みを具体的に記述します。
     基礎研究の分野ではCADASIL患者由来のiPS細胞とCADASILのモデルマウスを用いて研究開発を進めております。近年我々は、CADASIL患者由来のiPS細胞から分化させた血管壁細胞は、PDGFRβの発現が増加しており、細胞遊走能が異常亢進していることを見出し、報告いたしました。診療の分野では、2022年11月より本邦初のCADASIL外来をオープンし、2024年12月時点で152人のCADASIL患者が定期的にCADASIL外来に通院するに至りました。日本国内のCADASIL患者数は1200~3500人と推定されているため、おおよそ全国のCADASIL患者の5%が当院脳神経内科に通院していると推定されます。このスケールメリットを活かして、脳神経内科ではさまざまな臨床研究に取り組んでいます。例えば、日本国内には、システイン残基の置換を伴わない特殊なCADASIL(NOTCH3遺伝子p.R75P変異関連CADASIL)が多いことを見出し、このNOTCH3遺伝子p.R75P変異関連CADASILが、通常のシステイン残基の置換を伴うCADASILに比して、有意に脳出血が多いこと、病理検査所見が異なることを報告し、新規疾患概念 出血指向型CADASILとして提唱しました(Ann Neurol. 2024;95:1040-1054)。治療薬開発に関して我々は、2021年11月よりCADASIL患者を対象とした世界初の医師主導治験(血管作動性ホルモンアドレノメデュリンを用いたP-II治験)、AMCAD治験を開始し、2024年3月に完遂いたしました。特許出願も完了し、現在論文投稿の準備を進めております。
     海外との共同研究にも積極的に取り込んでおります。National Taiwan University Hospital、Taipei Veterans General Hospital、Jeju National University Hospital、Asan Medical Centerと共同で、世界最大のCADASILレジストリの構築を2023年から開始しました。このレジストリ事業の成果として、静注血栓溶解療法の有効性を報告しました(Stroke. 2024;55:e300-301)。また、世界中のCADASIL研究者と共同で、臨床CADASIL scaleを発表しました(JAMA Neurol. 2024 online)。
     患者・市民参画(Patient and Public Involvement)にも積極的に取り組んでいます。CADASIL外来通院中の患者さんを対象とした、医療情報共有のための患者会、「CADASIL知ってる会」を立ち上げ、3か月に1回の患者交流会と、1年に1回の勉強会を開催しております。日韓の患者交流事業も先導しており、2023年5月には韓国・済州島において、2024年7月は京都市において国際患者交流事業を開催しました。米国CADASIL患者会の視察も受け入れました。
     これらの成果が評価され、2024年度は、AMED革新的医療技術研究開発推進事業(R6年度~R11年度)、AMED難治性疾患等実用化研究事業(R6年度~R8年度)、JSPS国際共同研究加速基金・国際共同研究強化(B)に新たに採択されました。前年度に引き続き、日本脳卒中学会において、CADASILレジストリーワーキンググループを担当しています。

  2. もやもや病感受性遺伝子RNF213遺伝子p.R4810Kバリアントと脳卒中・循環器病との関連
     2019年に我々は、東アジアのもやもや病の創始者バリアントであるRNF213遺伝子p.R4810Kバリアントが、日本人の脳梗塞、特にアテローム血栓性脳梗塞の強力なリスク遺伝子であることを報告しました(Circulation. 2019;139:295-298)。現在、我々は、脳血管障害を有するRNF213遺伝子p.R4810Kバリアント保有者の臨床的特徴を解明するため、NCVC Genome Registryの構築を進めています。NCVC Genome Registryへの登録症例数は、2023年に3,000例を超え、既に世界最大のデータベースとなっております。
     RNF213遺伝子p.R4810Kバリアントに関連して、我々は近年いくつかの新知見を見出し、国際誌に報告しております。

    • RNF213遺伝子p.R4810Kバリアントと全身血管疾患
       RNF213遺伝子p.R4810Kバリアントが、これまで関連が報告されてきた頭蓋内動脈血管径の細小化のみならず、ウィルス動脈輪の構成血管(Front Aging Neurosci. 2021;13:681743)や頭蓋外頚動脈血管径の細小化とも関連していることを見出しました(Stroke Vasc Interv Neurol. 2022;2:e000298)。本バリアントの影響は、脳血管障害にとどまらず、狭心症/心筋梗塞、肺高血圧症などの心血管障害とも関連していることが知られています。我々は、加えて本バリアントが、冠動脈の一時的な狭窄による心臓の虚血を来す冠攣縮性狭心症と関連することを見出しました(JACC Asia. 2023;3:821-823)。また、肺高血圧症発症前において、逆に肺動脈圧が低下しており、病前から肺のもやもや血管の存在が示唆されることも判明しました(J Am Heart Assoc. 2024)。これらの結果は、RNF213遺伝子p.R4810Kバリアントが、脳血管のみならず、全身血管疾患と関連している可能性を示しています。現在、BioBank Japanと共同で、全身の血管への影響を検討しております。

    • RNF213遺伝子p.R4810Kバリアントの臨床応用
       RNF213遺伝子p.R4810Kバリアント保有者に対して脳血管内治療を施行した場合、非保有例と比べて、有意に術中再閉塞率及び術後再閉塞率が高いことを報告しました(Stroke Vasc Interv Neurol. 2022;2:e000396)。この結果は、本バリアントの有無が、超急性期脳梗塞の診療に有用な情報であり、超急性期脳梗塞患者における本バリアントの迅速診断の重要性を示しています。我々は、病院到着時刻から遺伝子検査の結果が判明するまでの時刻として、病着-遺伝子検査時間(door-to-gene time)というtime flowを新たに提唱し、現在、RNF213遺伝子p.R4810Kバリアント測定の実用化を目指し、島津製作所と共同研究を進めております。

    • RNF213遺伝子p.R4810Kバリアントと脳卒中発症メカニズムの解明
       RNF213遺伝子p.R4810Kバリアント保有者には、無症候者も存在するため、本バリアントがもやもや病、アテローム血栓性脳梗塞を発症させるには、追加の環境因子や遺伝子異常が発症因子と考えられてきています。そこで、我々は、もやもや病との関連が報告されていた、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO-Ab)に注目したところ、本バリアントの存在がTPO-Ab値の上昇と有意に関連していました(Atherosclerosis. 2023;382:117281)。この結果から、TPO-Ab値の上昇は、RNF213遺伝子p.R4810Kバリアント保有者において脳梗塞/一過性脳虚血発作の発症に関連する付加的環境因子の1つである可能性があります。
       さらに、我々は、家族性高コレステロール血症患者におけるRNF213遺伝子p.R4810Kバリアント保有者は、頭蓋内動脈狭窄/閉塞症を約83%の割合で保有していることを見出しました(JACC Asia. 2023;3:625-633)。また、家族性高コレステロール血症の原因遺伝子バリアントの1つのPCSK9遺伝子p.E32K保有患者のなかで、同時に本バリアントを保有すると、頭蓋内動脈狭窄症が多発することが示唆されました(Neurol Genet. 2023;9:e200099)。この結果から、脂質異常症または家族性コレステロール血症の原因遺伝子変異が、RNF213遺伝子p.R4810Kバリアント保有者において付加的な発症因子であることが想定されます。
       以上の発見に基づき、我々は、従来の「アテローム血栓性脳梗塞」とは異なる東アジア人特有の特徴を有する「RNF213関連血管症」という新たなる疾患概念を提唱し、総説に報告しました(Lancet Neurol. 2022;21:747-758)。RNF213遺伝子p.R4810Kバリアント保有者の長期予後および脳梗塞発症修飾因子、さらにはRNF213遺伝子p.R4810Kバリアント保有患者における脳梗塞発症やもやもや病を来す多遺伝子モデルの構築、など多面的アプローチにより、RNF213関連血管症の疫学・自然史の調査や病態解明を進めております。
       さらに、前述のように、RNF213遺伝子p.R4810Kバリアントは脳血管のみならず、全身血管に関連する可能性のある遺伝子であることから、RNF213関連血管症の全貌を明らかにすることにより、国立循環器病研究センターのミッションである「循環器病の制圧」に我々は挑んでいます。
       これらの研究が評価され、RNF213バリアントと冠攣縮性狭心症の関連については、令和5年度AMED循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業、全身血管疾患との関連について、令和6年度AMED循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業に採択され、さらなる研究を推進しております。また、東京大学が代表を務めるAMEDゲノム研究を創薬等出口に繋げる研究開発において、iPS細胞を用いたRNF213関連血管症の病態解明研究を進めています。

  3. 認知症の新規治療薬開発を目指す研究
     高齢者の認知症においては、複数の原因が関与することがしばしばです。認知症の筆頭疾患であるアルツハイマー病にも高血圧や糖尿病などの生活習慣病に基づく血管病が深く関与しているということが知られています。そこで、私たちは、βアミロイドやタウを過剰発現する動物モデルを用いてその病態を検証し、血管病の視点からアルツハイマー病の治療法を開発する研究を行っています。その中で、抗血小板剤であるシロスタゾールが、アミロイドβタンパク質高発現マウスにおいてアミロイドβの排泄を促進することを見出しました(Ann Clin Transl Neurol. 2014;1:519-533)。この結果に基づき、PMDAとの事前面談・対面助言を経て、軽度認知障害患者を対象とした日本初の多施設共同プラセボ対照ランダム化医師主導治験、「軽度認知障害患者に対するシロスタゾール療法の臨床効果並びに安全性に関する医師主導治験(COMCID研究)」を開始し、その研究成果を2023年に報告しました(JAMA Netw Open. 2023;6:e2344938)。COMCID研究においては、軽度認知障害患者に投与した際のシロスタゾールの安全性は示されましたが、認知症への進行を予防する有効性は示されませんでした。しかしながらシロスタゾールを投与された患者では、プラセボを投与された患者に比べ、血液中のアルブミンとβアミロイド(認知症の多くの脳で蓄積が見られる老廃物)の複合体の濃度が、治療前に比べ増加する傾向が示されました。これにより、シロスタゾールが脳内のβアミロイドを、血液中に排出することを促進させた可能性が示唆されました。
     カテコール型フラボノイドであるタキシフォリンが、アミロイド血管症モデルマウスにおいてアミロイドβのオリゴマー化を抑制し、血中へのクリアランスを亢進することを見出しました。脳神経内科ではタキシフォリンの有用性を臨床研究で検討し、タキシフォリン摂取患者は、5~6か月の間で視空間認知機能、遂行機能を中心に有意な改善を認めました(J Alzheimers Dis. 2023;93:743-754)。この結果に基づき、特定臨床研究による認知症予防効果への検証を行います。
     無症候性頸動脈狭窄/閉塞症は、認知機能低下を発症させる血管性認知障害の原因の1つです。レスベラトロールは、「長寿遺伝子」産物サーチュイン1(SIRT1)を活性化させて多面的作用を介して認知機能を改善させることが想定されますが、無症候性頸動脈狭窄/閉塞症患者において、レスベラトロールの摂取は、脳血流量増大と認知機能改善と有意に関連することが明らかとなりました(J Stroke. 2024;26:64-74)。この結果に基づいて、現在、AMEDとの委託研究開発契約のもと、レスベラトロールの効果を検討するための特定臨床研究を行っています(REVAMP trial: REsveratrol for VAscular cognitive impairment investigating cerebral Metabolism and Perfusion)(Front Nutr. 2024;11:1359330)。

  4. 口内・腸内細菌叢変容と脳卒中発症との関連の解明
     脳出血、脳微小出血の主な原因は高血圧症と考えられていますが、降圧療法による脳出血、脳微小出血の予防は未だ確立されていません。そのため、脳出血、脳微小出血を発症させるその他の原因の探索が求められています。我々は、う蝕原性細菌であるStreptococcus mutansS. mutans)の中で、コラーゲン結合蛋白であるCnmを発現するS. mutans株の口腔内保有が脳出血、脳微小出血の発症と関連し、さらに、脳微小出血の重症化とも関連していることを報告しました。この知見より、現在、Cnmを発現するS. mutans株の口腔内保有が脳微小出血を増加させるかどうかを検討する前向き観察研究の、Risk Assessment of Cnm-Positive Streptococcus mutans in Stroke Survivors(RAMESSES研究)を施行しており(Front Neurol. 2022;13:816147)、2023年度に全患者の観察期間が終了しました。また、S. mutansに対する鶏卵抗体(IgY抗体)含有錠を服用することで、口腔内のS. mutansを減少させ、脳出血を予防することが出来るかを探索する特定臨床研究を2024年より開始し、脳出血に対する分子標的予防法の確立を目指しています。
     腸内細菌叢の変容が、多くの生活習慣病や心血管疾患と同じく、宿主の栄養代謝や胆汁酸・コレステロールの代謝吸収、マクロファージ、好中球、リンパ球などの炎症細胞炎症性サイトカインの発現に影響することにより脳卒中の発症・重症化と関連していることが基礎研究などで提唱されています(JCBFM 2020;40:1368-1380)。我々は、令和2-5年度AMED循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業・令和6年度より名古屋大学が代表を務めるAMED-CRESTストレス応答と疾患発症に至るメカニズム解明領域研究のもと、脳卒中患者の口内細菌、腸内細菌の変容と脳梗塞の発症の関連を検討する観察研究を、血管生理学部との共同研究として世界に先駆けて実施してきました。
     現在、約400名の脳卒中患者と55名の健常者より同意を取得しています。その中で、脳梗塞患者198名と健常者55名の腸内細菌を比較したところ、Streptococcus X(未発表データ)が脳卒中および全身血管疾患再発に関連していることが判明し、特許申請を完了し、現在論文投稿の準備を進めております。特徴的な口内・腸内の細菌叢の変化を、脳卒中リスクスコア開発や、分子栄養療法へ活用するため、シンバイオシス・ソリューション社と共同研究を進めております。
     大豆イソフラボン代謝産物であるエクオールには冠動脈疾患に対する予防効果があります。エクオールの産生は、エクオールを産生する腸内細菌叢の存在に依存しており、その効果はエクオール産生者だけのものである可能性があります。我々は、エクオールと脳血管障害との関連を検討したところ、エクオール産生者において、心原性脳塞栓症や心房細動の有病率が低くなっていることが明らかになりました(Nutrients. 2024;16:3377)。今後、検証的臨床試験を行い、その他の脳血管障害に対しても検討を行う予定です。

  5. 脳血管障害診断バイオマーカーの開発
     近年、血栓溶解療法や脳血管内治療の台頭により、急性期脳梗塞の予後は著しく改善しました。これらの治療は、発症早期に医療機関を受診できた一部の脳梗塞症例に適応が限られていました。しかし、最近では救済不能な脳梗塞(虚血コア)に至っていない、「ペナンブラ」が十分に存在する症例では、発症から時間が経過していてもこれらの再灌流療法が有効であることが相次いで報告され、その適応範囲が拡大されました。一方で、ペナンブラ領域の推定には、専門医による詳細な症状評価、高度な頭部画像の撮像や専用解析ソフトが必要であり、実施可能な医療施設は一部に限られていました。このため、ペナンブラを簡便に推定可能な新規のバイオマーカーの開発が望まれていました。我々は、最近の研究で、脳梗塞に反応して生体内で産生されるホルモンであるアドレノメデュリンに着目し、その産生の指標であるmid-regional pro-adrenomedullin(MR-proADM)が超急性期脳梗塞におけるペナンブラを予測可能であることを示しました(Brain Pathology. 2022;33:e13110)。MR-proADMがペナンブラバイオマーカーとして確立できれば、血液検査による発症早期の脳梗塞診断や再灌流療法の適応判断への応用が期待され、これからの脳梗塞の診療を劇的に変革させる可能性を秘めています。現在、脳梗塞と脳出血、さらには脳梗塞と似た臨床症状を示すStroke mimicsの鑑別にMR-proADMが有用であるかを検証すべく、新たな研究を開始し症例登録を進めています。

    • 15O-ガスPETを用いた脳循環代謝のバイオマーカー探索
       15O-ガスPETは、C15O, 15O2, C15O2の3つのガスを順番に鼻から吸入することで、脳血流量以外に、脳循環代謝、脳酸素摂取率を測定することができます。この3つのパラメータを用いて、脳循環代謝低下の重症度を決めることができます。頚動脈狭窄/閉塞症は、脳循環代謝低下を惹起し、脳梗塞や認知症のリスクとなりますが、頸動脈の狭窄率のみでは、リスクを推し量ることが難しいため、侵襲的なSPECTや15O-ガスPETを用いて、脳循環代謝低下の有無を検討しなければなりません。我々は、低酸素状態によって活性化されることでよく知られている血中のMR-proADMが、頚動脈狭窄/閉塞症において脳酸素摂取率上昇、つまり、脳循環代謝低下のバイオマーカーであることを明らかにしました(Stroke. 2024;e182-2184; Eur J Heart Fail. 2024;26:2296)。その他、遺伝学的バイオマーカーとして、アルツハイマー病感受性遺伝子で知られているAPOE4も脳血流低下、記憶低下のリスクであることが明らかになり(J Am Heart Assoc. 2024. In press)、その他の非侵襲的なバイオマーカーとも組み合わせながら、非侵襲的に脳循環代謝低下を予測できるツールを開発中です。

  6. 脳卒中後合併症・後遺症の実態調査
     2023年度より厚労省科学研究費「脳卒中後の失語・嚥下障害・てんかん・認知症の実態調査と脳卒中生存者に対するチーム医療の確立を目指した研究」が採択され、2024年1月17日、9月4日に第2、3回班会議を行い、本研究テーマである脳卒中後の失語・嚥下障害・てんかん・認知症における現状や課題について議論を行いました。外見からの判別が困難な脳卒中後遺症の制圧に向けた提言を作成する方針について話し合い、脳卒中失語、脳卒中後てんかん、脳卒中後認知症、脳卒中後嚥下障害についてそれぞれの現状と課題、政策提言をまとめることとなり、現在2025年出版に向けて作成を進行しています。失語に関しては、脳卒中後失語が単独で脳卒中後の3か月、1年後の機能予後、死亡に強く影響することを5000例程度のデータを用いて解明し、Asia Pacific Stroke Conference(アデレード、9月)にて講演しました。この成果は国際的なデータとして示すため、共同研究として現在韓国のASAN Medical Centerにデータ収集を依頼しており、12月には収集終了、解析後行い、論文投稿準備を行っています。また、1年目に収集した脳卒中後のSLTAのデータの中から退院後の予後評価が得られた88例を解析し、高齢者(65歳以上)においては、予後に対して言語理解因子が強く関連することを見出しました。また、当院にて現場のアンケートを行い、脳卒中後失語に特化したコミュニケーションツール案を作成しました。現在、当院の現場に配布し、使用状況の調査後に修正の後、完成版する予定です。嚥下障害に関しては、昨年作成した早期栄養管理プロトコルを多施設にて導入し、導入前後の効果についてのアンケート調査を実施、66件の回答を得ました。その結果、早期栄養管理プロトコルは絶食期間が短く、増量が容易となり、目標栄養に達成する率を改善(全体71%)することができ、開発した早期栄養プロトコルが一定の臨床的効果があることが証明されました。

  7. 脳卒中後てんかんに関係する研究
     脳卒中後てんかんは、高齢者てんかんの主因であり、全脳卒中患者の約10%が合併し、脳卒中後の生活や社会復帰を大きく阻害するため、重要な問題となっています。そこで我々は、2016年度から多施設共同研究による脳卒中後てんかんレジストリを構築し、脳卒中後てんかんの病態解明、診断・治療法の確立を推進してきました。
     2024年度は当院の皮質の出血性変化のてんかん発症への意義についてのデータ解析を行い、第10回 European Stroke Organisation Conferenceにて発表を行いました。結果の堅牢性の確認のため、Validation評価として、神戸中央市民病院、Massachusetts General Hospital(米国)に同様の評価を依頼し、現在データ収集を行っています。また、論文としては米国のYale大学、英国のUCLとともに、脳卒中後てんかんの最新の知見をまとめた総説をNeurologyに令和6年5月に出版しました。また、抗てんかん発作薬のメタ解析とシステマティックレビューを行い、令和6年10月にNeurologyに採択されました(Neurology. 2024;102:e209450)。さらに、Massachusetts General Hospital(米国)のWilliam博士とともに当院のデータを統合することで、出血性変化を因子として加えた新たな脳卒中後てんかんのリスクスコア(IsCHEMiA score)の論文を執筆し、現在査読中になっています。

  8. 超音波を用いた脳血管障害の新たな診断・治療法の開発
     動脈硬化による粥状硬化性病変(プラーク)はその進展により血管狭窄を引き起こすだけでなく、破綻によって粥腫や血栓が塞栓となって脳梗塞を引き起こすため、このようなリスクの高いプラークは要注意プラークと呼ばれています。頚動脈エコー検査は、ベッドサイドで施行でき、低侵襲な検査法であり、プラークの評価にも優れています。
     プラークが安定したものなのか、不安定で脳梗塞を起こしそうなのかを調べることができれば脳梗塞発症予防に大きく貢献できると考え、我々は超音波造影剤を用いてプラークの不安定性を評価する研究を行っています。血管の外側から、または、血管内腔からプラーク内部に流入する新生血管を描出し、新生血管の多いプラークで脳梗塞発症例が多いこと(Stroke. 2014;45:3073-3075)や、通常のエコー検査ではわからないようなごく小さな潰瘍を早期に見つけられることもわかり、さらにプラークの質的診断向上を目指して研究を行っています。最近の研究では症候性の頚動脈狭窄では、血管内腔から発生する新生血管と有意に相関していることを国際誌上で発表しました(Ultrasound in Med and Biol. 2023;49:1798-1803)。超音波造影剤は現在日本で保険適応となっているものがなく、代替とするために各超音波機器で非造影での新生血管の検出ができないか検討する研究も行っています。

  9. 脳血管障害の新規治療薬開発を目指す研究
     内因性循環調節ペプチドのアドレノメデュリンは、血管拡張作用や血管新生作用、NO産生作用、血管内皮細胞や血管内皮前駆細胞のアポトーシス抑制作用など、多彩な作用を有することが知られています。国立循環器病研究センターでは、アドレノメデュリンの臨床応用を目指した様々な研究に取り組んでまいりました。脳神経内科では、2020年1月から急性期脳梗塞患者を対象にアドレノメデュリンを投与する医師主導治験を開始しました(AMFIS治験)。そして、2024年度にその主論文が採択となりました(eClinicalMedicine. 2024;77:102901)。

  10. 株式会社ガストロメディカの取り組み
     医と食の融合を目的として、主に嚥下食開発として、ミシュラン三ツ星シェフ(レストランハジメ)の米田氏とともに、株式会社ガストロメディカを設立(代表取締役 中澤晋作)し、2024年7月に当センターの認定企業第3号となりました。現在、当センターの持つ知財であるレスベラトロールを含有した嚥下食の開発を進行しており、来年度の販売に向けて改良を行っています。また、嚥下評価の指標の策定についても同時に取り組んでいます。

  11. 殿様枕症候群
     当院に入院した特発性椎骨動脈解離の症例に高さの高い枕を使用している例が多いことに着目し、インタビューにてデータを収集の後、枕の高さと特発性椎骨動脈解離に関連がある(殿様枕症候群)ことをEuropean Stroke Journalに2025年1月に発表しました(Eur Stroke J. 2024;9:501-509)。このことは世界で初めての知見であったため、国内外から大変注目され、日本の多くの新聞、TVだけでなく、英国のThe Times, The SUNにも取り上げられました。また、枕と疾患の関連について特許申請を行っており、今後枕の開発にも発展させていく予定となっています。
2024年の主な研究成果
  • 「認知症先制医療開発部」を設置いたしました。
  • 「CADASIL創薬研究部」を設置いたしました。
  • 急性期脳梗塞患者を対象としたプラセボ対照ランダム化医師主導治験、「急性期非塞栓性脳梗塞患者を対象としたアドレノメデュリンの投与の安全性の評価及び用法・用量探索試験(AMFIS研究)」を完遂し、その成果を報告しました(Saito S et al. eClinicalMedicine.)。
  • AMFIS研究の成果を特許出願しました。
  • CADASIL患者にアドレノメデュリンを投与する医師主導治験、AMCAD研究のプロトコールペーパーを報告しました(Washida K et al. Cerebral Circulation - Cognition and Behavior.)。
  • アドレノメデュリンをCADASIL患者に投与した世界初の医師主導治験、AMCAD研究の成果を特許出願しました。
  • 東アジアCADASILレジストリから、静注血栓溶解療法の安全性と有効性を報告しました(Chen CH et al. Stroke.)。
  • 世界中のCADASIL研究者と共同で、臨床CADASIL scaleを発表しました(Gravesteijn G et al. JAMA Neurol.)。
  • 遺伝性脳小血管病CADASILが、梗塞型と出血型を内在する症候群であることを報告しました(Ishiyama H et al. Ann Neurol.)。
  • RNF213関連血管症とCADASILの合併例を報告しました(Saito S et al. Neurol Neurol Genet.)。
  • AMED革新的医療技術研究開発推進事業事業(R6年度~R11年度)に採択されました(研究課題名:希少難病CADASILの画期的新薬創生のための国内研究拠点の構築、代表:猪原匡史)。
  • AMED難治性疾患等実用化研究事業(R6年度~R8年度)に採択されました(研究課題名:遺伝性脳小血管病CADASILの診療ガイドライン作成と新規治験プロトコル作成、代表:猪原匡史)。
  • JSPS国際共同研究加速基金・国際共同研究強化B(R6年度~R9年度)に採択されました(研究課題名:日韓台合同CADASIL 1000人レジストリと国際治験基盤の構築、代表:猪原匡史)。
  • 4th International CADASIL and VCI Symposiumを主催しました(R6年7月12日)。
  • CADASIL患者を対象とした、医療情報共有のための患者会、「CADASIL知ってる会」を立ち上げました。
  • 超急性期脳梗塞患者において、血液中のmid-regional pro-atrial natriuretic peptideの濃度の測定が、心原性脳塞栓症の診断に有用であることを報告しました(Ikenouchi H et al. JAHA.)。
  • 2024年国立循環器病研究センターBest Publication by an Early Career Researcher部門の優秀賞に石山浩之が、Best Overall Publication部門の優秀賞に齊藤聡が、The Most Indirect Cost部門の最優秀賞に猪原匡史が、それぞれ選出されました。
  • AMED『統合医療』に係る医療の質向上・科学的根拠収集研究事業(R6年度~R8年度)に採択されました(研究課題名:脳出血予防を目的とする鶏卵由来抗むし歯菌IgY抗体含有タブレットの有効性を検討する探索的臨床試験、代表:猪原匡史)。
  • AMED『統合医療』に係る医療の質向上・科学的根拠収集研究事業(R5年度~R7年度、代表:服部頼都)で実施中のREVAMP trial(REsveratrol for VAscular cognitive impairment investigating cerebral Metabolism and Perfusion)のプロトコル論文を発表しました(Front Nutr. 2024;11:1359330)。
  • 無症候性頸動脈狭窄/閉塞症患者において、レスベラトロールの摂取は、脳血流量増大と認知機能改善と有意に関連することを報告しました(J Stroke. 2024;26:64-74)。
  • 血中mid-regional pro-adrenomedullin濃度が、頚動脈狭窄/閉塞症において脳循環代謝低下のバイオマーカーであることを明らかにしました(Stroke. 2024;e182-2184; Eur J Heart Fail. 2024;26:2296)。
  • 腸内細菌叢によって大豆イソフラボンから代謝されるエクオールが、心原性脳塞栓症や心房細動予防と関連することを報告しました(Nutrients. 2024;16:3377)。
  • RNF213 p.R4810Kバリアント保有者は、肺高血圧症発症前において、逆に肺動脈圧低下を示しており、病前から肺のもやもや血管の存在が示唆されました(J Am Heart Assoc. 2024. In press)。
  • APOE4は、boarder-associated macrophageを介した脳血管関連酸化ストレス高発現を介してneurovascular dysfunctionを惹起することを明らかにしました(Nat Neurosci. 2024;27:2138-2151)。
  • 早期栄養管理プロトコルを作成し、全国の多施設へ導入を行いました。
  • 脳卒中後てんかんの総説を出版しました(Neurology. 2024)。
  • 脳卒中後てんかん治療に最適な抗てんかん発作薬のメタ解析が採択されました(Neurology. 2025. In press)。
  • 株式会社ガストロメディカが当センターの認定企業第3号に承認されました。
  • 殿様枕症候群の研究を出版し、その話題が国内外で大いに取り上げられました(European Stroke Journal 2024)。
  • AMED循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業(R6年度~R8年度)に採択されました(研究課題名:東アジア特異的RNF213 p.R4810Kバリアントの迅速判定に基づく多血管疾患のリスク評価法の確立とその血管領域特異性を規定する要因の探索、代表:猪原匡史)。