疫学・データサイエンスによる循環器病と介護関連事象の予防と早期発見
日本では循環器病による死亡率は減少傾向にあるものの、高齢化の進行に伴い発症数は増加している。その結果、認知症やフレイルなどの要介護状態の要因も増加し、循環器病のリスクは社会的課題となっている。要介護者は2040年までにさらに増加すると予測されるが、早期発見・介入を支援する簡易なスクリーニングシステムが不足している。既存のスクリーニング検査は時間・費用・専門知識を要し、一般市民や自治体職員が実施しにくい。また、自治体と病院のデータ連携が不十分なため、高精度なAIスクリーニングの開発も進んでいない。さらに、認知症予防プログラムの普及にはインストラクターの不足やデータ管理の課題があり、認知症高齢者の徘徊対策も不十分である。こうした状況の中、プライバシーを守りながら見守る仕組みの整備が求められている。
近年、ビッグデータとデータサイエンス(AI、シミュレーション、統計)の技術進歩により、新たなリスク要因が明らかになりつつある。これには、従来の高血圧、脂質異常症、糖尿病、腎機能不全、不健康な生活習慣に加え、社会属性やメンタルヘルスも含まれるようになった。さらに、天候の影響、電力消費パターン、人の声や歩き方(生体バイオマーカー)、MRI画像、心電図、購買行動といった、これまで分析対象とされてこなかったデータも病気予測に有効であることが分かってきた。
こうした背景のもと、予防医学・疫学情報部では、医療データと生活密着型のビッグデータ(購買データ、電力使用データなど)を統合し、AI技術を活用したスクリーニングシステムの開発を進めている。さらに、高度な統計モデルを活用した疫学研究や、循環器病の政策シミュレーション研究も実施している。また、自治体や企業との産学連携プロジェクトを推進し、公衆衛生課題の解決と健康長寿社会の実現を目指している。
具体的なプロジェクトとして下記がある。
- 内閣府・厚労省のSmall/Startup Business Innovation Research(SBIR)プロジェクトとして、予防医学・疫学情報部はコンソーシアムメンバーとして参画しており、自治体・病院の医療データを統合し、AI技術を活用したスクリーニング・予防プログラムを開発・実装している。これにより、循環器病と介護関連事象の早期発見・重症化予防・自治体業務のDX化を推進し、健康長寿社会の実現を目指している。
- データ連携基盤の構築
- 次世代医療基盤法にもとづき、病院と自治体のデータが個人単位で連結され、匿名加工情報となるデータベースの構築
- AIスクリーニング技術の開発
- 電力データを活用し、MCI・フレイルの随時スクリーニングのアルゴリズム開発(Sensors誌掲載)
- 電力器具使用パターンによる認知機能障害、および孤独死等検知によるAI見守りシステム(リージョナルデータコア、東京電力との産学連携)
- 音声データ分析により、認知症・抑うつ傾向を数十秒で検知
- 延岡市での約2000例の認知機能検査および当院認知症外来入院患者を対象とした米国 Canary Speech社、SMK社との共同による30秒程度で軽度認知障害、抑うつ傾向を検知するAI(米国版はFDAのFast truck申請中)(予防医学・疫学情報部、脳神経内科)
- 歩容データによる認知症高齢者の徘徊検知システム構築
- 自治体・病院向けDXツールの開発
- AI搭載BIツールで予測結果を可視化し、自治体職員の負担軽減
- 介護、医療、健診データに関するビックデータ解析用BIツールの開発(延岡市、凸版印刷)および保険者努力支援制度による自治体の課題分析BIツール(ICIおよび凸版印刷)への組み込みによる社会実装
- PHR(パーソナルヘルスレコード)を活用し、住民の健康管理を支援
- 予防医学・疫学情報部と英国University of Liverpoolで実施している、循環器病政策の立案・評価に関す国際共同研究
- 循環器病リスク要因の国レベルの分布の変化が、国全体の循環器病負荷(発症数、有病数、死亡数、医療費、健康寿命)にどの程度影響をあたえたのかの推定ができるmicrosimulation modelの開発
- 当該microsimulation modelを活用し、循環器病の政策案の効果を事前検証
- ベイズ統計で2040年まで循環器病死亡の減少を将来予測したりしている(Lancet Regional Health - Western Pacific誌掲載)
- 循環器政策モデルでリスク要因と治療の進歩から1980-2014年の循環器死亡動向を分析(International Journal of Cardiology誌掲載)
- 循環器病の早期発見・介入、診断補助に関するAI開発
- 循環器病患者における心血管イベント早期発見と回避するための薬剤処方適正化AIの開発(HUホールディングス中央研究所)
- 吹田市の小児健診約80000例を利用した小児心電図の診断AI開発(小児科、予防医学)
- 病理部との共同で心筋炎病理画像の自動診断AIの開発(病理部、予防医学)
- 動脈瘤、もやもや病など脳画像を利用した診断用AIの開発および医療機器化(脳神経外科、脳神経内科、予防医学、日本IBM株式会社)
- 冠動脈不安定プラークの自動診断AI(日本IBM株式会社、冠疾患科、予防医学)
- JH研究で実施している(代表:予防医学・疫学情報部 西村部長)、電子カルテ非構造化データ(患者症状、身体所見、臨床スコア(NIHSSなど)POC検査、電子カルテ自由記載所見、退院サマリー、看護記録等)からの自然言語処理によるデータ抽出(東北大学での外部妥当性検証含む)(情報統括部・予防医学)
- The University of Liverpoolと共同研究を継続し、当大学が開発した循環器病の政策案を実施前に精緻評価可能なmicrosimulation modelであるIMPACT NCD modelの日本版を開発した。現在その成果をまとめて論文投稿中である。当プロジェクトの過去実績として、将来の循環器病死亡数を47都道府県毎及び全国レベルで高精度に予測するモデルを開発した(Kiyoshige, et al. THE LANCET Regional Health Western Pacific. 2022.)。当モデルは年齢・時代・世代効果及び地域差を考慮し、日本全国レベル及び47都道府県毎の循環器病(冠動脈疾患と脳卒中)死亡数を男女別に2040年まで予測可能である。全国レベルの将来の冠動脈疾患死亡数は男性で微減、女性で減少と予測され、将来の脳卒中死亡数は男性で減少、女性で微減と予測された。その結果をまとめ国際にして発表した。
- 兵庫県介護施設と・延岡市の約2000例の認知機能検査および当院認知症外来入院患者を対象とした米国Canary Speech社、SMK社との共同による30秒程度で軽度認知障害、抑うつ傾向を検知するAIを開発した。音声データからMCI検知するAIモデルを開発し、予測精度はAUC=0.89を達成した。現在、当結果をもとに論文投稿中である。米国版はFDAのFast truck申請中である。
- 人が歩いている動画データから、その人の歩容特徴を抽出し、それによって認知症かどうかを検知するAIモデルの作成した(Noel、Ridgelinez)。計94名の認知機能正常者と認知症患者の歩行データを用いて、歩容から認知症を検知するAI(AUC=0.80)を開発した。現在、特許申請および論文投稿の準備中である。
- 東京電力とはAIを用いた電気機器の機器分離技術により認知機能障害とフレイルを有する高齢者を早期発見したり、見守りしたりするための24時間持続電力モニタリングのシステムを開発中である。随時電力モニタリングのデータを活用し認知機能障害を検知するAIを開発(AUC基準で0.83)できた。家電使用時間によるフレイル予測モデルのプレ版の作成し、一定の精度でフレイルを検知できることがわかった。延岡市約100件、青森市約20件、東京都練馬区約20件、兵庫県約20件のデータを収集完了している。
当プロジェクトの過去実績としては、世界で初めて家庭内の電力モニターをAI技術により周波数分離しモニタリングしたデータをもとに高齢者の認知機能異常を予測するモデルの開発に成功した(Nakaoku Y, et al. Sensors (Basel). 2021)。また、当予測モデルを、青森市などの自治体では行政による要介護者見守り事業として2023年度に実施した実績がある。 - 日本IBM株式会社との提携等により、
1) 冠動脈不安定プラークのMRI画像による自動抽出プログラム
2) 未破裂動脈瘤の位置および大きさ、blebの有無など破裂リスクを含む自動診断システム
を構築中で2) については2023-2024年にプログラム医療機器の申請を予定している。
またAIモデル関連は、随時日本循環器学会、日本脳卒中学会などで報告している。 - 特定健診未受診者および診療中断を伴う有病者に対する郵送検査キット送付による受診勧奨(SRL社)による効果を検証し、約600名中で特に糖尿病者患者でHbA1>10以上の者の透析導入回避による費用効果性を確認した。現在、論文投稿中である。