病態ゲノム医学部
研究活動の概要
病気のなりやすさ、薬の効きやすさ、副作用の起こりやすさなどの表現型は人それぞれで異なり、昔は体質とひとくくりにされてきた。現在は、表現型の多くは遺伝子が関与していることがわかっている。
人には30億のDNA配列があり、大部分は共通だが、一部は人によって異なる。その違いにより病気のなりやすさなどの表現型が異なる。DNAアレイや次世代シーケンサーをはじめとする技術革新により、30億のDNA配列の解読が可能になった。ヒトの疾患研究は加速され、単一遺伝子疾患や多因子疾患などの多くの原因遺伝子が同定された。現在では、DNA配列のみではなく、全遺伝子の発現量などのオミックス情報なども得ることができる。
病態ゲノム医学部では、情報系研究室としてゲノムを中心としたオミックス解析の研究を行っている。遺伝統計学、統計学、計算科学の観点から、循環器病をはじめとするヒトの疾患メカニズムや薬剤応答などの表現型の解明を目指す。オミックス情報のデータ量は膨大であり、情報解析が非常に重要であり、我々は膨大なデータを解析することによりヒトの表現型の違いの原因を探索している。表現型のメカニズムは複雑だが、その本質はシンプルであると考え、膨大なデータからシンプルな本質を見つけ出すことを目指している。ゲノム研究の観点からは循環器疾患は希少難病疾患、多因子疾患と対象が広範囲となる。当部では、希少難病疾患、多因子疾患の両領域を対象として、研究を行っている。
主な研究テーマは以下である。
- 希少難病疾患の新規原因遺伝子の探索
- 多因子疾患の新規関連遺伝子の探索と発症予測モデルの構築
- ゲノム・メタボロームの統合解析
- 循環器疾患の遺伝子バリアント・多型データベースの構築
2024年の主な研究成果
- 家族性高コレステロール血症は、LDLコレステロール値が血液中に高くなり、若年時から動脈硬化が進み、心疾患を発症する病気で、遺伝性疾患である。LDLR/PCSK9/APOB遺伝子に一般集団において頻度が極めて低い原因バリアントが存在していることが分かっている。しかし、家族性高コレステロールを発症しているが、原因バリアントを有さない、原因が不明な症例が存在する。これまでに、原因バリアントよりも一般集団での頻度は高いが、APOB 遺伝子の低頻度p.(Pro955Ser)バリアントが、家族性高コレステロール血症の発症に関連していることを明らかにした。さらに別の遺伝子の一般集団で頻度の高い発症に関連しているバリアントを新たに見出した。
- SNPアレイを用いたゲノムワイド関連解析は、疾患発症の遺伝的素因を探索する手法で、全世界で実施されている。脳出血の新規関連遺伝子の探索のため、ゲノムワイド関連解析を実施した。これまでに報告されている脳出血に関連する遺伝子に関し、臨床情報による層別化解析を実施し、家族性脳出血で報告されている遺伝子上のバリアントが、孤発性脳出血でも関連している可能性があることを見出した。
- 周産期心筋症は、心筋症の既往のない女性が妊娠・出産に関連して、心機能が低下し、心不全を発症する病気で、毎年50人から70人ほどの妊産婦が、新たに周産期心筋症と診断されている。周産期心筋症の症例の遺伝的素因を明らかにするため、全ゲノム解析を実施した。既知の心筋症の原因バリアントを有している症例の存在を明らかにするとともに、周産期心筋症の新規原因遺伝子バリアントの候補を同定した。
- 疾患の遺伝的素因の探索では、バリアント情報が重要となる。当部で構築したパイプラインのゲノム解析により得られた、遺伝子バリアント・多型のデータベース化を行っている。家族性高コレステロール血症、特発性心室細動、肥大型心筋症、周産期心筋症、心不全、心房細動、脳出血、特発性血栓症、肺高血圧症、脳梗塞の症例を対象としたデータベースを構築した。構築したin-houseデータベースにより、循環器疾患のゲノム解析がさらなる促進が可能になる。
- ロングリード次世代シーケンサーとLong-PCRにより、遺伝子領域のハプロタイプの構築が可能になったが、PCR産物の特性により、既存のツールではバリアント検出・ハプロタイプフェージングの精度が高くはなかった。新たに開発したPCR産物の特性を考慮したロングリードのターゲットシーケンスの解析ツールを、より多くの症例で検証し、バリアント検出やハプロタイプフェージングが高精度に算出できることを確認した。