細胞生物学部
研究活動の概要

 循環器疾患の病態解明を目指すためには、心臓・血管の臓器形成機構から、循環臓器の恒常性維持機構を解剖学的・生理学的・生化学的・分子細胞生物学的・遺伝学的に調べる必要がある。
細胞生物学部では、小型モデル動物である魚類の生体イメージング技術を駆使して形態形成と情報伝達を解析する手法を用いて、循環臓器発生の分子メカニズムを明らかにする研究を遂行してきた。令和4年度からは、成熟期から老齢期の循環調節維持機構を解明するために、成魚でも体がすべて透明なDanionella cerebrum(以降 透明魚)の遺伝子改変体を用いた生体イメージング手法も展開している。

 小型魚類を用いたゼブラフィッシュと透明魚の両者を用いることで、脊椎動物の循環臓器形成を可視化することで臓器形成機構の解明を目指している。循環臓器形成に普遍的な転写調節から、臓器位置の決定や、心臓での心腔形成・弁形成をイメージングしている。血管・脈管では動静脈、リンパ管形成を可視化している。透明魚を用いることで、これまでゼブラフィッシュでは初期形成までしか追跡できなかったことを成魚でも可能にしたことは大きい。今後も成体での情報伝達系の活性化のイメージングと臓器・組織維持機構のメカニズム解明を目指す。特に、成熟期から老化期におきる臓器の維持、臓器間相互調節作用の破綻を疾患発症原因と考え、その病態を明らかにする。

 心臓内では、心筋細胞と筋繊維芽細胞、脈管細胞(平滑筋、内皮細胞、リンパ管内皮細胞)組織マクロファージの相互作用により臓器としての最善のポンプ機能を果たすための調節機構が備わっている。これを発生期から維持期まで明らかにすることで心臓の収縮弛緩を生理的に理解するための細胞生物学的な機能解明を目指している。遺伝学的に発生時期には、運命決定された協調作用を理解し、維持期では環境依存性に反応する細胞を捉えることで臓器維持の根本メカニズムを詳らかにする。血管維持機構についても、心臓と同様に細胞間の相互作用についてこれまで明らかにしてきた情報伝達のみならず細胞間接着の直接作用による制御機構を解明する。

 循環器疾患は、心臓・血管を構築する細胞集団の障害による臓器機能の低下が原因となっていることは自明であり、炎症や細胞死が誘導され、さらに線維化の促進による機能低下が起こり臓器としての機能が必然的に抑制されている。循環器のみならず、解剖学的な障害や機能の破綻による臓器障害は、生体のすべての臓器・組織で起こりうるが、循環臓器以外の臓器・組織と循環器の相互調節を調べるためには、成熟後も透明な透明魚を用いた研究が役立つ。飼育環境を変更して、ストレスを与えるなど遺伝子発現、蛋白質の調節を環境依存的に変化することも考えられるために、我々の透明魚を用いた研究アプローチは、最善の手法であると考える。

 日本科学技術振興機構で進められているMoonshot認知症の予測・予防医療の研究チーム(代表研究者:京都大学神経内科 高橋良輔教授)内で血管性認知症と混合型認知症(アルツハイマー型認知症と血管認知症の混合型)についての血管グループリーダーを務め、血管障害と脈管障害が原因となる認知症発症について研究を実施している。病院病理(畠山部長・大郷医長)と神経内科(猪原医長・齊藤医長)にも協力頂いてcerebral amyloid angiopathy(CAA)と血管型認知症のヒトの発症についての検討も開始した。血管認知症研究グループ研究院が所属する京都大学、神戸大学、慶応大学との共同研究により、一細胞解析による病態解明・発症予測についてもメカニズムとの因果関係解明に動物モデルを用いた研究を実施している。

 共創の場のproject leader(PL)としてもイメージングプラットフォームの運営に細胞生物学部が携わることで、最先端イメージング機器を利用した独自の研究と国循外の共同研究者の補助により科学の解明に貢献すべく部員一丸となって努力している。伊東、申両名はこのプラットフォーム事業の専任として雇用しており、その貢献度は非常高いと考える。

 主な実験内容は

  1. 循環臓器(心臓・血管)構築細胞の協調による臓器形成と臓器維持機構について、特に内皮細胞、周細胞の臓器ごとの細胞形態・運動を調節する情報伝達の解明
  2. 心臓と大血管の接続機構の検討
  3. Wntシグナル陽性心筋細胞の冠血管形成促進機構の解明
  4. angiopoietin-Tie1受容体シグナルのリンパ管形成機構の解明
  5. 新たなリンパ管内皮細胞接着因子の発見
  6. pH依存性の細胞応答を制御するphosphatidyl inositolフロップ機能責任分子の同定
  7. 脳間質液循環と生活習慣病
  8. 脳脊髄液と神経変性疾患が原因となる認知症の因果関係についての検討
2024年の主な研究成果
  1. 房室間の弁形成機構と房室間溝に局在する心筋細胞の機能
     房室間には、弁形成を心内膜内皮細胞とともに弁形成に関わる心筋細胞が局在している。この細胞群が血管内皮細胞(心内膜内皮細胞から冠血管内皮細胞となる)の誘導をしていることを明らかにした。Wntシグナル陽性心筋細胞群はβカテニン依存性の転写が生じている心筋細胞集団であり、この細胞を除去すると冠血管の形成が抑制されることから、Wntシグナル陽性心筋細胞が冠血管を制御することを明らかにした。心内膜内皮細胞が心筋層を貫いて心外膜側に遊走する際にこの心筋細胞集団の中を通過することから内皮細胞の誘導因子を分泌することが考えられ、実際にFibroblast growth factorの転写活性化がこの心筋細胞群で起きていることも突き止めた。心内膜内皮細胞の心筋層の貫通を誘導する心筋としてのWntシグナル陽性細胞の機能を明らかにした(Dev. Cellに掲載された)。

  2. 循環のための心臓と血管の接合
     心臓への流入路IFT(大静脈)と流出路OFT(大動脈)と心臓がつながることにより血液循環が開始される。ゼブラフィッシュ心臓でもほ乳類と同様にIFTは総主静脈と結合し、OFTでは大動脈が繋がり循環が成立する。この際には、心内膜内皮細胞と大血管(動脈と静脈)内皮細胞の接着により心内腔と血管内腔が接続して、この中を血球が循環できるようになる。
     我々は、まず心内膜内皮細胞と総主静脈内皮細胞の接着についてまず検討したところ内皮細胞に発現するCadherin-6(Cdh6)が重要であることを突き止めた。もともと、内皮細胞間接着の接着結合にはカドヘリン分子の中でvascular endothelial cadherin(VE-cad, Cdh5)が必要と言われていたが、Type2 cadherinのCdh6が総主静脈と心内膜内皮細胞に発現していて、ジッパー様接着を形成することが分かった。Cdh6の細胞内ドメインのカルボキシ末端にenhanced green fluorescent protein(EGFP)をノックインし遺伝子改変個体を作成して、endogenousな生理的Cdh6の発現部位と内皮細胞間接着時の分子の挙動を観察した。ジッパー様の内皮細胞間接着は心臓の収縮の際の張力感知とゼブラフィッシュのconvergent extensionによる前後軸に伸びる張力の両者を感知してアクチンとミオシンの収縮を細胞内で調節することによりジッパーのように内皮細胞間接着を促進する機構を見出した(現在Dev. Cell revise中)。

  3. 初期発生におけるpH感受性の細胞膜脂質PIP2の内層から外層へのflop機構の解明
     受精卵の初期発生時に卵黄から養分と胚自身の転写による細胞増殖が細胞の集団的構造を構築していく過程が重要である。特に細胞骨格であるアクチンの制御に関わる細胞膜脂質としてphosphatidylinositol4,5-bisphosphate(PIP2)はアクチン制御蛋白質の結合することで、間接的に細胞形態や運動を制御することになる。
     我々は細胞外のpH低下によりPIP2が脂質2重膜のinner layerからouter layerに移動することを見出し、さらにその移動に不可欠な分子としてtransmembrane 9 super family -3(TM9SF3)分子を同定した。この分子を欠損したゼブラフィシュ胚の①集団的細胞運動が障害されること②生後1週から一か月にかけて成長が著しく阻害されること③一部出血を観察されることがわかった。TM9SF3のノックアウトマウスも作製して、検討したところ血管内皮細胞で特異的に欠損させた表現型と同一であり、マウスでも発生時の肺形成や血管形成にTm9SF3が重要であることを突き止めた(Nat. Commun revise中)。