薬剤部
研究活動の概要

 近年の医療において薬物療法の果たす役割は大きく、特に医薬品の適正使用は、治療に影響を与える重要な要因である。このような中、薬剤部では、医薬品の適正使用の推進を目的とし、調剤、製剤、医薬品管理等の基本的な薬剤業務に加え、薬剤管理指導、医薬品情報管理、副作用モニタリング、薬物血中濃度モニタリング等の業務を行ってきた。当センターの基本方針に従い、薬剤部における研究活動は、医薬品の適正使用や薬剤管理指導に加え、循環器用薬等の薬物動態や薬剤疫学に焦点を合わせた研究を中心に行っている。また、最近では、薬物代謝の遺伝子情報に関する研究も行っている。

 具体的には以下のテーマに基づいた研究を実施している。

  1. 抗不整脈薬、免疫抑制剤、抗菌薬の薬物動態に関する研究
  2. 薬物血中濃度モニタリング(TDM)の臨床的有用性に関する研究
  3. 循環器疾患患者に対する抗菌薬・抗真菌薬等に関する薬剤疫学研究
  4. 副作用や相互作用に関する調査研究
  5. 薬剤業務に関連する調査研究

2023年の主な研究成果

 トルバプタンは心不全における体液貯留の改善に使用されるが、高ナトリウム血症の発症に注意が必要である。トルバプタン投与患者における高ナトリウム血症の発症と加齢は関連することが報告されているが、十分なエビデンスは確立されていない。また、社会の高齢化に伴い世界中で心不全の患者数が増加傾向にあることから、今後トルバプタンの処方頻度が高くなることが予想されるが、トルバプタンの処方動向について調査した報告はない。そこで、有害事象自発報告データベースおよびレセプトデータベースを活用し、トルバプタンの安全性や処方動向について調査を行った。その結果、トルバプタン投与患者における高ナトリウム血症の発症は、非高齢者ではなく、高齢者と関連があることが明らかになった。また、既報と同様に高齢患者における高ナトリウム血症の発症は、加齢と関連があることが示された。トルバプタンの処方動向を調査した結果、トルバプタンを処方された患者数は増加傾向を示しており、その傾向は高齢であるほど顕著であった。したがって、今後トルバプタンを処方される高齢者は増加することが予想されるため、高齢者における高ナトリウム血症の発症には十分な注意が必要であると考えられる。

 心臓移植待機中に、敗血症を契機として代謝性アシドーシス、高アンモニア血症を伴う代謝クライシスを発症し、プロピオン酸血症と診断された症例についての報告である。代謝クライシス急性期には投与する糖やタンパク質の増量に伴い、乳酸値の上昇や血清アンモニア値の上昇を認めた。その後、心臓移植を含む2度の侵襲的手術を実施したが、新生児マススクリーニング対象疾患等診療ガイドラインと本症例の代謝クライシス発症時の経験に基づき、安全に栄養管理を実施しえた。安定期には無症状の軽症プロピオン酸血症症例であっても、感染症、手術、飢餓等の異化亢進ストレスを契機に代謝クライシスを発症するリスクがある。このような状況での栄養管理として、患者個々の糖やタンパク質の代謝許容量と病態の経過に留意し、乳酸値、血清アンモニア値をモニタリングしながら栄養投与量を綿密に調節することで、プロピオン酸血症の代謝クライシスの予防と治療に貢献できる可能性がある。