循環器病の予防のために
循環器病の予防のために、日本では循環器病による死亡率は減少傾向にあるが、高齢化の進行と共に発症数は増加している。この結果、認知症やフレイルなどの要介護状態の要因も増えており、循環器病のリスクは大きな社会問題となっている。ビッグデータとデータサイエンス(AI、シミュレーション、統計)の技術進歩により、新たなリスク要因が明らかにされている。これには、従来の高血圧、脂質異常症、糖尿病、腎機能不全、不健康な生活習慣に加え、社会属性やメンタルヘルスも含まれるようになった。
さらに、天候の影響、電力消費パターン、人の声や歩き方といった生体バイオマーカー、MRI画像、心電図、購買行動など、これまでには分析対象とされてこなかったデータも病気予測に有効であることが分かってきた。予防医学・疫学情報部は、これらの新しい技術を疫学研究に応用し、病気の要因を探り、健康寿命の延伸に寄与する知見を蓄積している。
予防医学・疫学情報部では、AI、シミュレーション、統計、ビッグデータを活用した循環器疫学研究を行っている。具体的には、AIを用いて収集される天気・暦情報や人口統計などのデータを基に、心停止発症者数の高精度予測モデルを開発したり、熱中症発症数の高精度予測モデルを開発したりしている(Nature Communications誌掲載、環境省の環境総合推進費による助成)。また、英国リバプール大と実施している国際共同研究において、著名な循環器政策モデルでリスク要因と治療の進歩から1980-2014年の循環器死亡動向を分析したり(International Journal of Cardiology 誌掲載)、ベイズ統計で2040年まで循環器病死亡の減少を将来予測したりしている(Lancet Regional Health - Western Pacific誌掲載)。また、家庭の電化製品使用時間を分析して認知機能予測モデルを開発した(Sensors誌掲載)。ビッグデータを活用した院内他科との観察研究で統計解析により貢献し、救急隊到着前のAED使用が心停止患者の予後改善につながることを示した(Lancet誌掲載)。
今後は、AIによる電力使用量や購買、声、歩行情報と保険医療情報を統合したデータベースを構築し、循環器疾患、認知症、フレイルなどのハイリスク者の早期発見に貢献する。また、英国で開発された循環器病予防政策のコストベネフィットを評価するモデルを日本版として開発し、循環器病の予防に向けた最適なアプローチを提案し、循環器病施策への貢献を目指す。
具体的な研究テーマとして以下のような研究テーマに取り組んでいる。
- 延岡市での約2000例の認知機能検査および当院認知症外来入院患者を対象とした米国 Canary Speech 社、SMK社との共同による30秒程度で軽度認知障害、抑うつ傾向を検知するAI(米国版はFDAのFast truck申請中)(予防医学・疫学情報部、脳神経内科)
- 次世代スマートメーター(5年後から全国に導入予定、最終的には国内全家庭に導入される)(経産省、国内全地域電力会社)の電力器具使用パターンによる認知機能障害、および孤独死等検知によるAI見守りシステム(東京電力、大和ハウス工業、延岡市)
- 院外心停止、熱中症の気候条件による発症予測AIモデル(ウツタインデータ、救急搬送では論文化し、現在、米国の院外心停止100万件およびNASA気象データによりミシガン大学と米国版を作成中)(冠疾患科、予防医学・疫学情報部、ミシガン大学)
- 循環器病患者における心血管イベント早期発見と回避するための薬剤処方適正化AIの開発(HUホールディングス中央研究所)
- 介護、医療、健診データに関するビックデータ解析用BIツールの開発(延岡市、凸版印刷)および保険者努力支援制度による自治体の課題分析BIツール(ICIおよび凸版印刷)への組み込みによる社会実装
- 政策モデル(IMPACTモデル循環器死亡、発症)による都道府県レベルでの疾病の将来動向予測(リバープル大学)
- 吹田市の小児健診約80000例を利用した小児心電図の診断AI開発(小児科、予防医学)
- 病理部との共同で心筋炎病理画像の自動診断AIの開発(病理部、予防医学)
- 電子カルテ構造化データ(病名、検査、手技、処方、各科テンプレートなど)からの研究用データ抽出用API作成(情報統括部、予防医学)
- 電子カルテ非構造化データ(患者症状、身体所見、臨床スコア(NIHSSなど)POC検査、電子カルテ自由記載所見、退院サマリー、看護記録等)からの自然言語処理によるデータ抽出(東北大学での外部妥当性検証含む)(情報統括部、予防医学)
- 動脈瘤、もやもや病など脳画像を利用した診断用AIの開発および医療機器化(脳神経外科、脳神経内科、予防医学、日本IBM株式会社)
- 冠動脈不安定プラークの自動診断AI(日本IBM株式会社、冠疾患科、予防医学)
- 予防医学・疫学情報部では、政策案を実施前に精緻評価可能なsimulation modelを開発するプロジェクトを実施している。その理由は、循環器病による死亡は日本の死因の24.8%を占め、今後高齢化の影響でさらに増加する。また、循環器病の治療・ケアは莫大な医療費を要するため、循環器病死亡の将来動向を精緻に予測することは、健康寿命延伸・医療費抑制の医療政策立案に重要であるためである。
2023年度はThe University of Liverpoolと共同研究を継続し、当大学が開発した循環器病の政策案を実施前に精緻評価可能なmicrosimulation modelであるIMPACT NCD modelの日本版を開発した。現在その成果をまとめて論文投稿の準備をしている。
当プロジェクトの過去実績として、2022年度はThe University of Liverpoolとの共同研究で、将来の循環器病死亡数を47都道府県毎及び全国レベルで高精度に予測するモデルを開発した(Kiyoshige, et al. THE LANCET Regional Health Western Pacific. 2022.)。当モデルは年齢・時代・世代効果及び地域差を考慮し、日本全国レベル及び47都道府県毎の循環器病(冠動脈疾患と脳卒中)死亡数を男女別に2040年まで予測可能である。全国レベルの将来の冠動脈疾患死亡数は男性で微減、女性で減少と予測され、将来の脳卒中死亡数は男性で減少、女性で微減と予測された。その結果をまとめ国際にして発表した。 - 予防医学・疫学情報部では、気温や湿度を初めとする気象のビッグデータと機械学習モデルを活用し、心停止及び熱中症発症数を予測するモデルを開発している。気象情報を入力することで、その日の地域における心停止及び熱中症の発症数を計算することができ、市民へのリスク予報・喚起や救急搬送の最適化により、発症予防・重症化予防に貢献する。気象情報、暦情報、市町村の公開統計情報等といったビッグデータとAIの機械学習モデルを活用し、疾患発症の予測モデルを開発する。
2023年度は、ミシガン大学との共同研究により、米国の広範囲における心停止発症数のデータ及び気象情報を活用し、気象情報を入力することで、その日との地域における心停止発症数を高精度に予測するAIモデルを開発し現在論文を作成しており、国際誌に投稿中である。
なお、当研究プロジェクトの過去の実績として、2021年度は気象情報と暦情報と機械学習モデルを活用し、心停止発症数(都道府県単位×1日単位)を高精度に予測可能なモデルを開発し、国際誌にて報告した(Nakashima, Ogata, …, Nishimura. Heart.2021)。加えて、気象情報、暦情報、市町村の公開統計情報と機械学習モデルを活用し、救急搬送された熱中症発症数(市町村単位×12時間単位)および救急搬送され入院・死亡に至った熱中症発症数(市町村単位×12時間単位)を高精度に予測可能なモデルを開発し、国際誌にて報告した(Ogata, Takegami, et al. Nature Communications. 2021)。 - 東京電力とはAIを用いた電気機器の機器分離技術により軽度認知障害を有する高齢者を早期発見したり、見守りしたりするための24時間持続電力モニタリングのシステムを考案中である。延岡市約100件、青森市約20件、東京都練馬区約20件、兵庫県約20件のデータを収集した。すでに電力データと対象者背景情報を用いて、軽度認知障害を一定の精度で検知できるモデルを開発し、そのモデルの精度向上を実施している。
当プロジェクトの過去実績としては、世界で初めて家庭内の電力モニターをAI技術により周波数分離しモニタリングしたデータをもとに高齢者の認知機能異常を予測するモデルの開発に成功した(Nakaoku Y, et al. Sensors (Basel). 2021)。
現在東京電力とAMEDにおいて更なる精度向上を目指す研究を継続しており、次世代スマートメーターを活用した要介護者(認知症、フレイル)の見守りシステムの形成(青森市、延岡市、東京電力、NTT西日本などの企業連合、大和ハウス工業等のハウスメーカー)の社会実装およびAIモデルの精度向上を行う予定である。特に青森市などの自治体では行政による要介護者見守り事業として2023年度に実施した実績がある。 - 日本IBM株式会社との提携等により、
1) 冠動脈不安定プラークのMRI画像による自動抽出プログラム
2) 未破裂動脈瘤の位置および大きさ、blebの有無など破裂リスクを含む自動診断システム
を構築中で2) については2023-2024年にプログラム医療機器の申請を予定している。
またAIモデル関連は、随時日本循環器学会、日本脳卒中学会などで報告している。