心不全病態制御部
研究活動の概要

 我々の研究目的は、心不全の病態生理を明らかにすることによって新たな治療標的を同定し、有効な治療法を開発することである。血中の炎症性サイトカインレベルの上昇や鉄欠乏の合併は心不全の重症度と関連する。我々は心臓を構成する各種細胞の恒常性維持機構の破綻が心臓炎症反応や心臓鉄代謝異常をもたらし、心筋細胞傷害または細胞死、心機能低下などが引き起こされて心不全の発症および進展に寄与すると考えている。とりわけ心臓細胞内の核酸、蛋白質、脂質または小器官の分解機構が担う心臓恒常性維持機構の解明に取り組んでいる。心筋細胞内のミトコンドリア特異的オートファジー(マイトファジー)、フェリチン特異的オートファジー(フェリチノファジー)、ミトコンドリアDNAやサイトカインmRNAの分解酵素に加え、リン脂質を加水分解する酵素、ホスホリパーゼA2に注目して研究を進めている。これらについては心臓線維芽細胞における役割も検討している。

2023年の主な研究成果
  1. 心筋細胞膜のリン脂質加水分解がもたらす新規心不全発症メカニズムの解明
     カルシウム非依存性ホスフォリパーゼA2β (iPLA2β)は、低酸素により細胞死を誘導することが報告されおり、その心臓における役割について心不全モデルマウスを用いて検討してきた。圧負荷刺激下でiPLA2βが18:0リゾホスファチジルセリン (LysoPS) を産生し、心筋細胞死を惹起することで心不全の発症に寄与する機序を、昨年Nature communications (Nat commun. 2023;14) に報告した。現在、6ナショナルセンターの研究グループが参加している疾患脂質代謝物ライブラリー構築を目指す研究プロジェクトに参加しており、脂質代謝物がヒト心不全のバイオマーカーとなり得るかどうか検討している。

  2. 心臓線維芽細胞を起点とした心臓炎症のメカニズムの解明
     心筋細胞内のミトコンドリアの不十分な分解が炎症惹起性を有するミトコンドリアDNA (mtDNA) の遺残をもたらし、心臓炎症および心不全を引き起こすこと (Nature. 2012;10) 、持続的な炎症反応の制御機構として心筋細胞内におけるサイトカインmRNAの分解機構が重要であること (Circulation. 2020;141) などを報告してきた。また、血行動態ストレス下では心臓線維芽細胞の一部が炎症性線維芽細胞となりケモカインを産生し、心臓への炎症細胞浸潤を促進する可能性があること (Sci Signal. 2021;14) を示した。これらの結果を踏まえ、心不全の発症進展における心臓線維芽細胞が担う炎症性サイトカインの産生や分解機構の解明に取り組んでいる。興味深いことに心臓線維芽細胞内のミトコンドリアDNAが、心筋細胞とは異なる機序で心臓炎症反応を惹起することを見出した。現在論文投稿中である。

  3. ダノン病患者iPS細胞由来心筋細胞を用いた新規心不全治療薬の探索
     ダノン病は、心筋症や精神遅滞などを主徴とするX連鎖性遺伝性疾患であり、治療法は確立されていない。その原因はライソソーム膜に存在するLysosomal-associated membrane protein 2 (Lamp-2) 蛋白質をコードしているX染色体上のLamp2遺伝子の変異にある。Lamp-2蛋白質はオートファゴソームとライソゾームの融合に必須であり、同遺伝子の変異により両者の融合が阻害され、細胞内に自己貪食空胞が蓄積し、臓器障害に至ると思われる。我々はLamp-2を標的とするダノン病心筋症治療法確立のため、ダノン病患者iPS細胞由来心筋細胞 (Danon-iPSCMs) を用いてLamp-2蛋白質機能を補完する薬剤や変異のないX染色体活性化により正常Lamp-2蛋白質の産生を促す薬剤を探索する手法の確立を目指している。具体的にはOpera Phenix Plus ハイスループット・ハイコンテントイメージングシステム(PerkinElmer) (HTSシステム) を活用した大規模スクリーニングを目指している。Danon-iPSCMs内のオートファジー活性の評価方法を確立する必要があり、同活性を評価するTandem Sensor RFP-GFP-LC3B (Thermo Fisher Scientific) を導入する方法を試していたが、Tandem Sensor RFP-GFP-LC3Bの導入効率が低く、スクリーニングには不適と判断した。昨年末より、ダノン病患者から得たiPS細胞に、つまり、心筋細胞へ分化させる前に、遺伝子組み換え技術でオートファジー活性を蛍光色素で評価するシステムを導入した。
    現在、同iPS細胞を増殖させ、適宜心筋細胞への分化を試みているところである。