血管生理学部
研究活動の概要

 血管生理学部では、炎症・血管新生に関連する増殖因子・サイトカインシグナルに焦点を当てて、循環器疾患の病態解明と新規の診断法・治療法の開発を目指して研究を進めている。

 現在の研究テーマは以下の1~6の6つである。

  1. 肺高血圧症の炎症シグナルによる病態形成機構の解明と治療法開発
     肺高血圧症モデルマウスで軽中等症モデル(低酸素誘発性肺高血圧症(Hypoxia-induced PH: HPH)モデル)の系で、炎症性サイトカインのIL-6/Th17細胞/IL-21のシグナル軸が肺動脈平滑筋細胞の増殖を促進して、肺高血圧の血管リモデリングが誘導することを報告した(Hashimoto-Kataoka et al. PNAS. 112: E2677-86, 2015)。また、HPH病態形成でのIL-6シグナルを受ける下流の標的細胞に関しては、肺動脈平滑筋細胞にシグナルが入るという論文報告が2018年にフランスからされていたが、我々の検討の結果、この論文で用いられていたSM22α-Creマウスが平滑筋細胞以外の血液細胞、特にCD4陽性Tリンパ球で遺伝子組み換えを非特異的に起こすことがその表現型の原因であることを見出して、IL-6のHPH(PAH)病態形成における主たる下流の標的細胞はCD4陽性T細胞であることを見出した。また、IL-6欠損ラットは、HPHモデル、モノクロタリン誘発性PHモデル、重症肺高血圧症モデルであるSugen5416/Hypoxiaラットの系で何れもPH表現型が顕著に抑制されることを併せて論文投稿している(Ishibashi, Inagaki et al. PNAS. under revision)。
     Th17細胞の分化誘導に重要な転写因子アリルハイドロカーボン受容体(Aryl hydrocarbon receptor; AHR)に焦点を当てて、(1) Sugen5416/Hypoxiaラットの系でAHRが肺高血圧症病態の重症化に重要な役割を担うこと、(2) ヒト肺動脈性肺高血圧症(PAH)患者でAHR活性化がPAH病態の重症化、予後不良に強く関連することを明らかにした(Masaki, Okazawa et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 118(11): e2023899118, 2021)。この研究により2021年度からAMED難治性疾患実用化研究事業Step0(2021~2023年度)の助成を受給して、AHR阻害によるPAH治療の可能性を検討している。
     RNA結合タンパク質のRegnase-1はIL-6遺伝子等のmRNAレベルの分解を通して炎症のブレーキとして機能することが知られる。我々はRegnase-1のPAH病態との関連性を検討して、ヒトPAH患者の末梢血単核球でRegnase-1の発現が重症度に応じて低下すること、その低下の程度と予後が相関することを見出した。さらにRegnase-1遺伝子を骨髄球系細胞特異的欠損するマウスを作製・解析して、同マウスが膠原病性PAH病態を自然発症すること、Regnase-1は肺胞マクロファージでIL-6PDGF-A/B遺伝子のmRNA分解を通じてPAH発症を負に制御する分子機構を報告した(Yaku, Inagaki et al. Circulation. 146(13):1006-1022, 2022)。本成果からAMED難治性疾患実用化研究事業病態解明(2022~2024年度)助成を受給している。
     また、IL-21特異的核酸医薬によるIL-21阻害でのPAH治療法開発に関する研究をAMED難治性疾患実用化研究事業Step1(2020~2022年度)助成下で進めて来ている。以上の様に、当部では肺高血圧症病態形成とIL-6/Th17細胞/IL-21シグナル軸、AHRシグナル軸、Regnase-1によるmRNA制御の3つの炎症シグナル軸を中心に、PAH病態形成機構の解明に基づく治療法・診断法の開発を進めている。
  2. 高安動脈炎に対するIL-6阻害療法
     ステロイド治療抵抗性を示す高安動脈炎に対して抗IL-6受容体抗体トシリズマブ(tocilizumab; TCZ)の有効性、安全性をこれまでパイロット試験と治験(TAKT試験:二重盲検並行群間比較試験)を遂行して報告して来た(Nakaoka et al. Int Heart J. 54: 406-411, 2013; Nakaoka et al. Ann Rheum Dis. 77: 348-354, 2018; Nakaoka et al. Rheumatology (Oxford). 59(9): 2427-2434, 2021; Nakaoka et al. Rheumatology (Oxford). 61(6):2360-2368, 2022)。上記の検討結果を踏まえて、2017年8月に厚生労働省よりTCZは高安動脈炎に対して保険適応の追加承認に至っている。この様にTCZ治療が使用可能となった状況下で、大型血管炎患者の治療抵抗性患者の層別化に有効な新しいバイオマーカー探索・同定は重要な課題となっている。我々は、高安動脈炎患者の腸内細菌叢解析から口内常在菌のCampylobacter gracilis菌の腸内移行定着が大動脈瘤を合併した患者に多く見られることを報告した(Manabe et al. Arthritis Res Ther. 2023 March 24; 25(1); 46)。本報告から、AMED難治性疾患実用化研究事業エビデンス創出(2023~2025年度)の採択に至っている。
  3. angiopoietin-1(Ang1)による血管恒常性維持、血管新生の分子機構の解明
     心筋細胞が分泌する血管内皮増殖(保護)因子の1つであるangiopoietin-1(Ang1)が胎生期での冠静脈発生に必須であること、心房形成に必須であることを報告した(Arita et al. Nat Commun. 5: 4552, 2014; Kim KH et al. Cell Reports. 23: 2455-2466, May 22, 2018)。現在、血管周皮細胞由来Ang1と血管恒常性の関連を検討している。
  4. 心・血管病病態における腸内細菌叢、口内細菌叢の役割解明
     当部では、①肺高血圧症(肺循環科との共同研究)、②大型血管炎などの難治性血管病、③脳卒中(脳神経内科との共同研究)、④心不全(心不全科との共同研究)のような生活習慣病を背景とする循環器疾患を対象として、腸内細菌叢と口内細菌叢の網羅的解析を進めている。これらの研究から、①に対してはAMED難治性疾患実用化研究事業・病態解明(2019~2021年度; 研究代表者・中岡良和)、AMED-FORCE(2022~2023年度; 研究代表者・中岡良和)、③に対してAMED循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業(2020~2022年度; 研究代表者・中岡良和)、AMED-CRESTストレス分野2023~2028年度; 研究代表者・中村和弘(名大)、中岡は分担者)の採択に至っている。また、②の高安動脈炎患者での腸内細菌叢解析からCampylobacter gracilis菌の腸内定着が大動脈瘤を合併した患者に多く見られることを報告して(Manabe et al. Arthritis Res Ther. 2023 March 24; 25(1); 46)、AMED難治性疾患実用化研究事業エビデンス創出(2023~2025年度)採択に至っている。
  5. 大型血管炎でのバイオマーカー探索と治療アルゴリズムに関する研究
     中岡は厚生労働省政策班「難治性血管炎の医療水準・患者QOLに資する研究班」で大型血管炎臨床分科会長を2017年以降務めており、大型血管炎で前向き・後ろ向きコホート研究を遂行中で、本年度は高安動脈炎とバージャー病でそれぞれ1報の論文報告をした(Watanabe Y, et al. Circ J. Jul 7. doi: 10.1253/circj.CJ-23-0211.; Yoshifuji H Nakaoka Y et al. Circ J. 2023 Dec 19. doi: 10.1253/circj.CJ-23-0656.)。高安動脈炎、巨細胞性動脈炎、バージャー病の3疾患の重症度分類、臨床個人調査票、難病情報センターのHP情報の掲載内容更新に繋がる臨床データの集積を進めている。
  6. 小児(若年者)の特性に着目した循環器病態の解明(森雅樹室長)
     小児(若年者)の特性を反映する病態関連分子を新規に同定して機能解析を通じて、循環器病や小児疾患の病態解明につなげることを目標に研究を進めている。2022年度よりAMED-PRIME「根本的な老化メカニズムの理解と破綻に伴う疾患機序解明」領域で「生体機能を最適化する機構としての老化の再定義」という研究課題で研究費を受給している(2022年度~2025年度)。本課題により、視床下部を場にした年齢依存的な遺伝子変化の実像が明らかとなっており、脳幹機能に端を発した老化の進展について知見が得られつつある。
2023年の主な研究成果

  1. 高安動脈炎患者における腸内細菌叢変容と大動脈瘤形成の関係性:高安動脈炎患者の腸内細菌叢解析を進めた結果、口内常在菌Campylobacter gracilis菌の腸内移行・定着が大動脈瘤を合併する患者に多く見られることを見出して報告した(Manabe et al. Arthritis Res Ther. 2023 March 24; 25(1); 46)。本報告をもとにして、AMED難治性疾患実用化研究事業エビデンス創出(2023~2025年度; 研究代表者・中岡良和)の採択に至っている。口腔内の衛生状態、口腔内常在菌の腸内への移行などが高安動脈炎患者の血管イベントと関連するかを明らかにすることが今後の課題と考えられ、AMED研究を遂行することで明らかにしたい。
  2. PAH病態形成におけるIL-6/gp130シグナルのCD4陽性T細胞での重要性:我々は以前に肺高血圧症の軽中等症モデル(低酸素誘発性肺高血圧症(Hypoxia-induced PH: HPH)マウス)の系でIL-6/Th17細胞/IL-21のシグナル軸が重要であることを報告した(Hashimoto-Kataoka et al. PNAS. 112: E2677-86, 2015)が、2018年にフランスのグループがSM22α-CreマウスとIL-6受容体(IL-6R)αfloxマウスを交配したマウスにおいてHPHに抵抗性が観察されることをもとにしてIL-6シグナルは肺動脈平滑筋細胞の増殖に直接平滑筋細胞へとシグナルをインプットする可能性を報告した(J Clin Invest. 2018; 128: 1956-70)。その後、我々はSM22α-Creマウスで平滑筋細胞に加えて血液細胞系列、特にCD4陽性T細胞でもCre依存性組み換えが生じることを見出し、更にgp130flox/flox; CD4-CreマウスはHPHに抵抗性を示すことから、IL-6シグナルはPAH病態形成において主にCD4陽性細胞で重要な役割を担うことを見出した。更に重症PAH病態を作製可能なラットで検討するため、IL-6KOラットと野生型で比較検討を行って、IL-6欠損がPAH重症化の抑制に繋がることを3つのラットPAHモデルで明らかにした(Ishibashi, Inagaki et al. PNAS. under revision)。
  3. 大型血管炎とバージャー病に関する疫学研究成果:厚生労働省政策班「難治性血管炎の医療水準・患者QOLに資する研究班」で中岡は大型血管炎臨床分科会長を務めており、本年度は同分科会での疫学調査研究から高安動脈炎とバージャー病でそれぞれ1報論文報告した(Watanabe Y, et al. Circ J. Jul 7. doi: 10.1253/circj.CJ-23-0211.; Yoshifuji H Nakaoka Y et al. Circ J. 2023 Dec 19. doi: 10.1253/circj.CJ-23-0656.)。