分子薬理部で新谷を中心に取り組んできた課題は、①ミトコンドリア呼吸鎖の活性調節機構の解明と創薬研究、および②遺伝性拡張型心筋症の病態形成に関与する新規分子標的の探索、機能解析である。
R5年度より、さらに③ミトコンドリア心筋症の病態進展機構の解明とヒト組織への展開を加えて研究を進めた。R5年度は、①チトクロムCオキシダーゼ(CcO)のアロステリック活性化剤の開発を進め、以前のヒット化合物から物性が改善したリード候補化合物を創出し、マウスモデルでの有効性を確認した。オキシダーゼ阻害剤については、前年に論文報告した、薬剤耐性淋菌に対する有望な抗菌剤の合成展開を進めた。②当研究室で同定したメカノシグナルに関与する介在板タンパク質が遺伝性心筋症の病態修飾因子であり、有望な創薬標的であることを明らかにし、治療薬開発を進めた。③1細胞核RNAシークエンス(snRNA-seq)を施行し、ミトコンドリア機能低下に伴って、代償から不全に移る病態進行過程において重要な転写因子の同定に成功した。
①ミトコンドリア呼吸鎖の活性調節機構の解明と創薬研究
チトクロムCオキシダーゼ(CcO) の活性をアロステリックに調節する内因性のタンパク質Higd1aの発見に基づき、低分子化合物によるCcO活性化による創薬研究を進めている。これまでのヒット化合物は患者細胞、モデル動物での薬効は認めたものの物性、hERG阻害など開発を進めるにあたり問題点があった。そこで有機合成により化合物の改変に取り組み、溶解度・膜透過性・代謝安定性などの物性が改善し、hERG阻害も改善したリード候補化合物を創出し、マウスモデルでの有効性を確認した。オキシダーゼ阻害剤については、前年に論文報告した(Nishida Y, et al. Nat Commun. 2022;13(1):7591)、薬剤耐性淋菌に対する有望な抗菌剤の合成展開をさらに進めた。
②心疾患の病態形成に関与する新規分子標的の探索、機能解析
当研究室で独自に同定したメカノシグナルに関与する、介在板に存在する膜タンパク質が遺伝性心筋症の病態修飾因子であり、有望な創薬標的であることを明らかにした。この知見に基づき、3つのことなるモダリティでAMED研究費を獲得し、開発を進めている。
③ミトコンドリア心筋症の病態進展機構の解明とヒト組織への展開
ミトコンドリア病(MD)の根本的な原因は、ミトコンドリア呼吸鎖の機能不全であり、現在も有効な治療薬がない難治性疾患である。MDの病態進行メカニズムを理解するために、経時的に心機能低下がみられるミトコンドリア心筋症(Mitochondrial cardiomyopathy: MCM)モデルであるNdufs6 KDマウス(PNAS. 2012:109;6165-6170)(FS6KD: Ndufs6は呼吸鎖複合体Iのサブユニット)の心臓組織を用いた1細胞核発現解析(snRNA-seq)を行った。その結果、ミトコンドリア機能低下に伴って、代償から不全に移る病態進行過程において重要な転写因子の同定に成功した。この知見に基づき、国立循環器病研究センターで診療されたミトコンドリア心筋症症例の1細胞発現解析、空間トランスクリプトーム解析を実施し、ヒトでも同転写因子の重要性が保存されていることが示唆された。