メディカルゲノムセンター
研究活動の概要

ヒトは30億塩基対からなるゲノムによって、その遺伝的背景が決まっています。そして、そのゲノムのほんの一部の変化によって、多くの遺伝性疾患は発症します。メディカルゲノムセンターでは、単一遺伝子の変異によって発症すると考えられている遺伝性不整脈や心筋症などの遺伝性循環器疾患について、次世代シークエンサー等の機器を用いて、その遺伝的な原因を明らかにします。そして遺伝的背景生じる疾患発症へのメカニズムを電気生理学的、生化学的手法を用いて明らかにし、そこで得られた知見を元に、有効な治療薬の開発に結びつけていきます。また単一遺伝子によって発症する疾患のみならず、ゲノムワイド関連解析などの手法を用い、弱い作用を持つ遺伝子多型の違いによって、どのように循環器疾患発症リスクが異なっているのか、解析を進めていきます。そして個々人に応じた医療、いわゆるPrecision Medicineの実践を目指します。さらにセンター内における疾患モデル動物作成の支援を行っています。

2023年の主な研究成果
  1. ロングリードシークエンサーを用いたゲノムDNA構造異常の同定
     一般的な次世代シークエンサーは300bp程度までの配列しか一度に解析することができないため、short read sequencer (SRS)と呼ばれる。この場合、繰り返し配列や大規模なゲノム構造異常については、同定することができない。最近開発された1分子シークエンサーであるナノポアシークエンサーは、数万塩基を連続して解析することができ、Long read sequencer (LRS) と呼ばれる。我々はこのナノポア―シークエンサーを用いて、ゲノム構造異常が疑われていた症例について、大規模なDNA欠損とbreak pointの同定に成功した。
     遺伝性疾患の既知の遺伝子変異同定については、targetとする遺伝子・領域のみをCaptureして解析することがSRSでは主流となっている。LRSではtarget gene sequence (TGS) は困難であったが、CRISPR-Cas9システムを用いることでTGSが可能となった。そこで私達は日本人不整脈原性右室心筋症 (ARVC) の主な原因であるDSG2、およびカテコラミン誘発多形性心室頻拍 (CPVT) の主な原因であるRYR2について、ナノポアシークエンサーを用いたTGSを開始している。
     さらに日本人ARVCではDSG2のrecessiveな変異で発症することが多く、二つの変異を保持している場合は、その変異がcompound heteroなのか同一アレル上に存在するdouble変異なのか、判定する必要がある。そこで私達は10Kb程度のPCR productを直接LRSで解析することによって、二つの変異が同一アレル上にあるかどうかの確認を可能とした。

  2. 洞不全症候群 (SSS) の遺伝的背景の解明
     SSSは脳梗塞の原因となることが報告されているものの、類縁疾患の心房細動と比較し、リスクとなる遺伝的背景が明らかにされていない。そこで国循バイオバンク及び全国の不整脈診療施設から登録されたSSS患者についてSNP typingを実施した。これらのデータを用いてゲノムワイド関連解析を行ったところ、心房細動と関連するSNPに加え、これまで報告のない領域にもSSSと関連した領域を同定した。今後、これらのSNPとSSSとの関連を明らかにしていく。

  3. 不整脈原性右室心筋症の分子メカニズムに基づいた病態解明とエビデンス創出
     不整脈原性右室心筋症 (ARVC) は右室の変性と右室由来の心室不整脈を特徴とする特発性心筋症であり、主に細胞間接着として機能するデスモゾーム変異を原因とする。日本人ARVC患者には2つのDSG2変異 (R297C, D499A) が多いことを報告しているが、いずれもhetero変異キャリアの場合、無症状であることが多く、両方のアレルに変異のあるhomo変異キャリア、およびcompound hetero変異キャリアが発症していることがわかった。
    また構築したこの2つの変異のノックインマウスモデルでも、homoのみが心不全を発症し、heteroの場合、ほぼ野生型と同じ表現型を呈していた。ただノックインマウスに運動負荷を行うと心機能低下を来すため、heteroの変異キャリアであっても、心機能低下のリスクはあることがわかった。
     組織学的な解析において、ノックインマウスでは線維化が進行しており、その背景に心筋のapoptosisが関連していることを明らかにした。

  4. ノックインマウスを用いた変異カルモジュリンによる不整脈発症メカニズムの解明
     カルモジュリンはカルシウム結合タンパクであり、様々なタンパクのカルシウムイオンによる修飾を担っている。カルモジュリンは3つの異なる遺伝子 (CALM1、CALM2、CALM3) によって同じ配列のタンパクがコードされている。いずれのカルモジュリンにおいても、その変異は先天性QT延長症候群 (LQTS) やカテコラミン誘発多形性心室頻拍 (CPVT) の原因となる。私達はLQTS患者に同定されたCALM2-D134H、およびCPVT患者に同定されたCALM2-E46Kについてノックインマウスを構築し、不整脈発症に関する評価を行っている。