再生医療センター
研究活動の概要

心不全に対する現存の治療法は効果や汎用性に制限があり、これに対する新規治療法の開発は国立循環器病研究センターの大きな使命である。特に大津ビジョンの主要な柱として心不全に対する再生・細胞治療の開発が決まり、その達成のために令和4年4月に再生医療センターが発足した。この治療法の本当の成功のためには、確固たる科学的根拠に裏付けられ、実用化の可能性の高い方法を患者さんファーストで開発することが必要である。新たなテクノロジーの開発およびその治療機序解明研究を推進することにより、当センターオリジナルの心不全に対する再生医療法の開発、その臨床応用・実用化を目指す。そのために国際的にも競争力の高い複数のパイプラインを含む包括的な戦略が既に構築された。本年度はスタッフ確保、研究資金の獲得・実験室・実験設備・オフィスの整備・センター内外とのネットワークの構築を含めたセンター立ち上げ業務を進めながら、いくつかの基礎・応用、トランスレーショナル、非臨床試験を新たに開始した。また来年度以降を見据えたin vitroおよびin vivo実験系の確立のための研究環境整備を行い、さらなるスタッフのリクルートメントをセンター内外で続けている。特記すべきこととして、令和5年度には治験推進部や産学連携本部の協力のもと、心臓外科・株式会社カネカと共同で心筋症患者に対する羊膜間葉系幹細胞(aMSC)移植治療の安全性および有効性を評価するための医師主導治験を開始するとともに、aMSC治療のレスポンダー予測因子及び治療効果機序の探索を目指した臨床研究を実施する予定である。またiPS細胞由来間葉系幹細胞を用いた細胞治療の非臨床開発もニプロ株式会社との共同開発が正式に決まった。

2022年の主な研究成果
  1. 拡張型心筋症モデル動物に対する他家間葉系幹細胞移植の治療効果の検討
     これまでに、虚血性心筋症に対しTachoSil®を使って羊膜間葉系幹細胞(aMSC)を心臓に貼付するaMSC-dressing法が、安全かつ高効率な心機能改善効果があることがセンター長の鈴木らにより報告されている。一方、若年性心不全の主要原因で特発性拡張型心筋症(DCM)では心臓全体の機能が低下しているため、この方法にて十分な効果が得られるかは不明であった。そのため、aMSC-dressing法がDCMの心機能を改善することを仮説として研究を行っている。本年度はDCMのマウスとラットを用いて、aMSCを貼付する群とTachoSilのみを貼付する群で術後の心機能や不整脈を比較した。aMSCを貼付した群では心機能の改善が見られ、不整脈の発生も抑制されていた。また、aMSC-dressing法によって心筋内にM2マクロファージが多く集積し、組織修復に関連するサイトカインが多く発現しており、これらのメカニズムによりDCMの心機能改善効果が得られたと考えられた。

  2. 心筋梗塞モデルラットに対するiPS細胞由来間葉系幹細胞の心嚢膜投与法の確立
     急性心筋梗塞(AMI)に対する間葉系幹細胞(MSC)移植は、複合的な組織修復因子の分泌による心機能改善効果をもたらすため注目されているが、移植細胞の低定着率が原因で、臨床の場において十分な効果が得られていない。これらの問題点克服のため、我々は京都大学iPS細胞研究所(CiRA)にて独自に開発されたiPS細胞由来MSC(iMSC)を用い、自己組織化ペプチドハイドロゲルにiMSCを封入して心嚢内に注入することで高い細胞定着率を発揮する新規治療法を開発した。今年度は、Lewisラットにおいて、左冠動脈永久結紮による急性心筋梗塞の作成に続いて、ハイドロゲル封入間葉系幹細胞を心嚢外に漏出させることなく投与する、小動物実験モデルを確立し、治療の有効性・安全性を示すデータの取得を行った。このデータをもとに4編のAMEDグラントを申請しており、いずれも現在審査中である。

  3. MSCとマクロファージの相互作用の検討
     MSCは成長因子やサイトカイン、エクソソームを含む多彩な因子を分泌し、強力な抗炎症・抗線維化・血管新生・組織保護作用(パラクライン効果)を誘導する。先般、我々は心臓組織修復に働く分泌因子の主要なソースはMSC自体ではなく、MSCからの刺激により増幅された組織修復型マクロファージであることを新たに発見した。しかし、MSCがどのように組織修復型マクロファージを増加させるかは未だ明らかではない。そこで、MSCとマクロファージとの相互作用の詳細な検討を進めるべく、ヒト単球細胞株からマクロファージへの分化誘導系の確立を行っている。

  4. 周産期心筋症に対する抗IL-6受容体抗体の治療効果の検証
     これまでに我々は、周産期心筋症の発症機序の一部に心臓で産生・分泌される循環ホルモンANP・BNP(心房性・脳性ナトリウム利尿ペプチド)の機能不全と、それに伴う心臓局所におけるインターロイキン-6(IL-6)シグナルの亢進が関与することを明らかにしてきた。現在、抗IL-6治療の臨床応用を目指し、外部委託による追加の非臨床試験の実施および治験プロトコールの作成を行っている。本年度は、非臨床試験で使用する疾患モデルマウスの安定供給体制の構築、ならびに抗IL-6抗体の至適用法・用量試験の実施準備を行った。

  5. ヒト多能性幹細胞 (hiPS細胞)から成熟心筋細胞への分化誘導法の開発
     我々は、ヒト人工多能性幹細胞(human induced pluripotent stem cell; hiPSC)由来心筋細胞(以下、hiPSC-CM)による心不全に対する新規治療法を確立するための研究をスタートさせた。そのため、現在はhiPSCによる細胞培養のための準備を行っている。これまでに、hiPSCにおいてBurridge法により心筋細胞の分化誘導を行い、複数のhiPSC株において拍動する細胞が作成されることを確認した。そして、心筋細胞マーカー(Tnnt2、α-Actinin、Cx43)について遺伝子発現解析や免疫染色、Flow cytometryにより解析した。現在は、iPSC-CMの成熟化を誘導するために、細胞ファイバ技術や心臓オルガノイド形成、中空糸膜などによる3次元細胞培養系を確立するための準備を行っている。