予防医学・疫学情報部
研究活動の概要

 予防医学・疫学情報部は、循環器に関する疫学研究や人工知能応用を中心とした情報科学研究を行うため、以下のような研究テーマに取り組んでいる。

  1. 電子カルテ構造化データ(病名、検査、手技、処方、各科テンプレートなど)からの研究用データ抽出用API作成(情報統括部、予防医学)
  2. 電子カルテ非構造化データ(患者症状、身体所見、臨床スコア(NIHSSなど)、POC検査、電子カルテ自由記載所見、退院サマリー、看護記録等)からの自然言語処理によるデータ抽出(東北大学での外部妥当性検証含む)(情報統括部、予防医学)
  3. 動脈瘤、ASL、もやもや病など脳画像を利用した診断用AIの開発および医療機器化(脳神経外科、脳神経内科、予防医学、フィリップス社)
  4. 吹田市の小児健診約80000例を利用した小児心電図の診断AI開発(小児科、予防医学)
  5. 病理部との共同で心筋炎病理画像の自動診断AIの開発(病理部、予防医学)
  6. 延岡市での約2000例の認知機能検査および当院認知症外来入院患者を対象とした米国 Canary Speech 社、SMK社との共同による30秒程度で認知症、パーキンソン病、うつ病を診断するAI(米国版はFDAのFast truck申請中)(脳神経内科、予防医学)
  7. 次世代スマートメーター(5年後から全国に導入予定、最終的には国内全家庭に導入される(経産省、国内全地域電力会社)の電力器具使用パターンによる認知機能障害、および孤独死等検知によるAI見守りシステム(東京電力、大和ハウス工業、旭化成ヘーベルハウス、積水ハウス、NTT西日本、関西電力、中部電力、青森市、つくば市、那須塩原市、前橋市、延岡市、東京都)
  8. 冠動脈不安定プラークの自動診断AI(フィリップス社、冠疾患科、予防医学)
  9. 院外心停止、脳卒中、熱中症の気候条件による発症予測AIモデル(ウツタインデータ、救急搬送では論文化し、現在高知県全件データによる脳卒中、米国の院外心停止100万件およびNASA気象データによりミシガン大学と米国版を作成中)(冠疾患科、予防医学、日本気象協会)
  10. 共同偏視、口角異常、上下肢筋力低下などに対する画像認識によるAI診断システム(脳神経内科、予防医学、ノエル社)
  11. 電話およびSNSでの問い合わせ等に対する循環器疾患特化型チャットボットの開発(ジーワン社)
  12. ポリファーマーシー状態に対する薬剤処方適正化AI(HUホールディングス、SRL社)
  13. 介護、医療、健診データに関するビックデータ解析用BIツールの開発(尼崎市、大津市、凸版印刷)および保険者努力支援制度による自治体の課題分析BIツール(ICIおよび凸版印刷)への組み込みによる社会実装
  14. 延岡市の全小学生(約6000人)を対象とした学校保健データと学童用ウエアラブルによるバイタル測定、PHRによる健康管理システム(延岡市、慶応SFC、東京学芸大学)
  15. 体液貯留およびHR等による心不全患者用ウエアラブルモニタリングデバイスの開発(テルモ社、心不全科、予防医学)
  16. UWB電波、ミリ波レーダーによる病室内遠隔バイタルモニタリングおよび転倒検知システム(SMK社)
  17. 政策モデル(IMPACTモデル循環器死亡、発症)による都道府県レベルでの疾病の将来動向予測(リバープル大学)
2022年の主な研究成果
  1. 循環器病による死亡は日本の死因の24.8%を占め、今後高齢化の影響でさらに増加する。また、循環器病の治療・ケアは莫大な医療費を要するため、循環器病死亡の将来動向を精緻に予測することは、健康寿命延伸・医療費抑制の医療政策立案に重要である。今後、政策案を実施前に精緻評価可能なsimulation modelを開発する予定である。2022年度は、The University of Liverpoolとの共同研究で、将来の循環器病死亡数を47都道府県毎及び全国レベルで高精度に予測するモデルを開発した。高精度な将来死亡予測には、循環器病死亡数の推移に影響する年齢・時代・世代の効果及びそれらの時間変化を取り込んだモデルが必要と、アメリカとイギリスの将来死亡数予測において実証されている。しかし、本邦においてそれらを考慮した循環器死亡の高精度な将来予測は実施されていなかった。加えて、本邦の循環器病死亡数は47都道府県間で差があることが報告されており、この地域差を考慮して予測モデルを作成する必要がある。地域差を考慮することは、アメリカやイギリスでの先行実証においても実施されておらず、本研究のユニークな点である。
     そこで我々は、上記の年齢・時代・世代効果及び地域差を考慮し、日本全国レベル及び47都道府県毎の循環器病(冠動脈疾患と脳卒中)死亡数を男女別に2040年まで予測した。全国レベルの将来の冠動脈疾患死亡数は男性で微減、女性で減少と予測され、将来の脳卒中死亡数は男性で減少、女性で微減と予測された。その結果をまとめ国際にして発表した。(Kiyoshige E, Ogata S, O'Flaherty M, Capewell S, Takegami M, Iihara K, Kypridemos C, Nishimura K. THE LANCET Regional Health Western Pacific. In press.)

  2. 気温や湿度を初めとする気象のビッグデータと機械学習モデルを活用し、心停止及び熱中症発症数を予測するモデルを開発する。気象情報を入力することで、その日の地域における心停止及び熱中症の発症数を計算することができ、市民へのリスク予報・喚起や救急搬送の最適化により、発症予防・重症化予防に貢献する。気象情報、暦情報、市町村の公開統計情報等といったビッグデータとAIの機械学習モデルを活用し、疾患発症の予測モデルを開発する。2022年度は、ミシガン大学との共同研究により、米国の広範囲における心停止発症数のデータ及び気象情報を活用し、気象情報を入力することで、その日との地域における心停止発症数を高精度に予測するAIモデルを開発した。現在論文を作成しており、近日中に国際誌に投稿する予定である。なお、2021年度は、気象情報と暦情報と機械学習モデルを活用し、心停止発症数(都道府県単位×1日単位)を高精度に予測可能なモデルを開発し、国際誌にて報告した。(Nakashima, Ogata, …, Nishimura. Heart. 2021)
     加えて、気象情報、暦情報、市町村の公開統計情報と機械学習モデルを活用し、救急搬送された熱中症発症数(市町村単位×12時間単位)および救急搬送され入院・死亡に至った熱中症発症数(市町村単位×12時間単位)を高精度に予測可能なモデルを開発し、国際誌にて報告した。(Ogata, Takegami, …, Nishimura. Nature Communications. 2021)

  3. 藤田医科大学の長期間の畜尿フォローのビックデータから、慢性腎臓病患者において精緻に推定したカリウム摂取量が血清カリウムと正相関することを示し、Kidney International Reportsにて報告した。(Ogata S, et al. Association Between Dietary Potassium Intake Estimated From Multiple 24-Hour Urine Collections and Serum Potassium in Patients With CKD. Kidney International Reports. In press)
     この関連は当たり前のようであるが、カリウム摂取量を正確に評価するには24時間蓄尿検体が一人当たり7回必要となるので、2022年時点でもエビデンスがなかった。実際に、国際腎臓学会の慢性腎臓病患者の食事療法position paperにて、エビデンスがないことが報告され、エビデンス構築が早急に必要と記載されていた。また、当データからは2021年度には、適切な塩分制限とカリウム制限がCKDの進展予防に有効であり、過度な塩分制限およびカリウム制限が増悪因子であることを証明した。(Ogata S, et al. A multiple 24-hour urine collection study indicates that kidney function decline is related to urinary sodium and potassium excretion in patients with chronic kidney disease. Kidney Int. 2022 Jan;101(1):164-173.)

  4. 東京電力とはAIを用いた電気機器の機器分離技術により高齢者特に認知症、心不全患者における見守り、生活行動変容に関しての24時間持続モニタリングを延岡市約100件、淡路島40件、愛知県50件の疾患患者を対象に検討を行い、世界で初めて家庭内の電力モニターをAI技術により周波数分離しモニタリングしたデータをもとに高齢者の認知機能異常を予測するモデルの開発に成功した。(Nakaoku Y, Ogata S, Murata S, Nishimori M, Ihara M, Iihara K, Takegami M, *Nishimura K. AI-Assisted In-House Power Monitoring for the Detection of Cognitive Impairment in Older Adults. Sensors (Basel). 2021 Sep 17;21(18):6249. (IF= 3.576))
     現在東京電力とAMEDにおいて更なる精度向上を目指す研究を継続しており、次世代スマートメーターを活用した要介護者(脳卒中、心不全、認知症、フレイル)の見守りシステムの形成(青森市、那須塩原市、延岡市、東京電力、NTT西日本、中部電力、関西電力などの企業連合、大和ハウス工業、旭化成、積水ハウス等のハウスメーカー)の社会実装およびAIモデルの精度向上を行う予定である。特に青森市などの自治体では行政による要介護者見守り事業として2022-2023年に全市に導入予定であり、大和ハウス工業では同社の賃貸住宅などに全国導入、上市の予定である。将来的には日本国内の全家庭に取り付けられるスマートメーター上で分析が可能となる。

  5. フィリップス社のグロバールR&Dセンターとの提携等により、
     1)不安定プラークのMRI画像による自動抽出プログラム
     2)未破裂動脈瘤の位置および大きさ、blebの有無など破裂リスクを含む自動診断システム
    を構築中で2)については2022-2023年にプログラム医療機器の申請を予定している。

  6. またAIモデル関連は、随時日本循環器学会、日本脳卒中学会などで報告している。