心不全病態制御部
研究活動の概要
我々は心不全病態制御部として、2022年5月より研究を開始しました。研究目的は、心不全の病態生理を明らかにすることによって新たな治療標的を同定し、有効な治療法を開発することです。これまでに、各種細胞、マウスまたはラットなどを用いた研究により、心筋細胞死や心筋組織における自然炎症(非感染性)反応は心不全の発症進展に大きな役割を果たすことを報告してきました。また、オートファジーと呼ばれる細胞内分解機構が心筋細胞の恒常性維持に必須であり、血行動態ストレスや加齢性変化などに対して心臓保護的機能を担うことを世界に先駆けて明らかにしました。心不全における心筋細胞死、自然炎症およびオートファジーなどの分子機構および役割を包括的に明らかにし、新規心不全治療法の開発を目指しています。
また、循環動態における心房性ナトリウム利尿ペプチドや脳性ナトリウム利尿ペプチドなどの役割を解明し、それらの降圧及び利尿作用を利用した新たな心不全治療薬の開発を試みています。
2022年の主な研究成果
- 不全心におけるβ1アドレナリン受容体ダウンレギュレーション機構の解明β1アドレナリン受容体(β1AR) のダウンレギュレーションが不全心における心筋収縮力低下の一因と考えられている。β1ARはエンドサイトーシスによりエンドソームに輸送された後、リソソームで分解されるか、または細胞表面にリサイクルされて現れることが知られている。しかしながら、その制御機構は不明であった。一方、ルビコンは細胞内分解系の一つであるオートファジーを抑制すると同時に、エンドソームとリソソームの融合を抑制しエンドサイトーシス性分解を負に制御することが知られている。以上より、心筋細胞のβ1ARのダウンレギュレーションにおけるルビコンの役割を明らかにすることを試みた。心筋細胞特異的ルビコン欠損マウスを横行大動脈縮窄術による圧負荷誘導性心不全モデルに供したところ、術後1週に野生型マウスに比して有意な左室拡大および左室収縮率低下を認め、β1ARの有意な低下も認めた。心臓線維化領域や心臓への炎症細胞浸潤等はいずれの群でもSham群に比して同等に増加していた。興味深いことにLC3-IIの発現量などを指標としたオートファジー活性は横行大動脈縮窄術後の両群間で差は認めなかったため、β1ARの減少にオートファジー性分解は関与していないと考えられた。
詳細なメカニズムを検討するため、ルビコンをノックダウンした初代培養新生仔ラット心筋細胞と対照の同心筋細胞にイソプロテレノール刺激を24時間加えたところ、対照細胞ではβ1AR発現量に変化を認めなかったが、ルビコンノックダウン細胞ではβ1AR発現量が有意に減少していた。さらにβ1ARに対するリサイクリングアッセイにより、ルビコンノックダウン細胞では対照細胞に比してリサイクルされるβ1ARの発現量が有意に減少していた。以上より、ルビコンがβ1ARのリサイクリングを正に制御している可能性を示した。ルビコンは心筋細胞内のβ1ARのリサイクルの維持により、β1ARのダウンレギュレーションを抑制することから、心不全に対する新規治療標的となる可能性がある。 - 心房性ナトリウム利尿ペプチドの末梢動脈血管内皮細胞依存性降圧作用機序の解明心房性ナトリウム利尿ペプチド(Atrial Natriuretic Peptide;ANP)は、利尿・血管拡張等の生理作用を有している。近年、ナトリウム利尿ペプチドファミリーの分解酵素阻害剤が、慢性心不全および高血圧に対して臨床応用されたが、ANPの血管拡張作用の分子メカニズムには不明な点が残されていた。ANPの受容体であるNatriuretic Peptide Receptor 1(NPR1)の局在および機能に注目し、同メカニズムの解明を試みた。免疫組織染色の結果、NPR1は細動脈・小動脈の血管内皮および血管平滑筋と毛細血管に豊富に発現していた。血管平滑筋特異的Npr1欠損マウスではANP持続静注による血圧低下は保たれたが、血管内皮特異的Npr1欠損マウスではANP持続静注の効果は消失した。一方、血管内皮特異的Npr1過剰発現マウスを作製したところ、野生型マウスに比べ血圧が有意に低く、血管造影によって細動脈・小動脈の拡張が観察された。以上より、ANPは血管内皮細胞に発現するNPR1に作用し、血圧を制御していることを明らかにした。
- ダノン病患者iPS細胞由来心筋細胞を用いた新規治療薬の探索ダノン病は、心筋症や精神遅滞などを主徴とするX連鎖性遺伝性疾患であり、治療法は確立されていない。その原因はライソソーム膜に存在するLysosomal-associated membrane protein 2(Lamp-2)蛋白質をコードしているX染色体上のLamp2遺伝子の変異にある。Lamp-2蛋白質はオートファゴソームとライソゾームの融合に必須であり、同遺伝子の変異により両者の融合が阻害され、細胞内に自己貪食空胞が蓄積し、臓器障害に至ると思われる。女性患者が発症するかどうかは変異X染色体の活性化に依存する。
当センターはOpera Phenix Plusハイスループット・ハイコンテントイメージングシステム(PerkinElmer)(HTS システム)を導入し、大阪大学創薬サイエンス研究支援拠点との連携を進め、大規模創薬スクリーニングを実施する体制を整えていることから、Lamp-2を標的とするダノン病心筋症治療法確立のため、同患者iPS細胞由来心筋細胞を用いてLamp-2蛋白質機能を補完する薬剤や変異のないX染色体活性化により正常Lamp-2蛋白質の産生を促す薬剤を探索する手法の確立を目指している。ダノン病患者の正常Lamp2遺伝子が発現しているiPS細胞と正常Lamp2遺伝子が発現していないiPS細胞をそれぞれ多数の心筋細胞へ分化させて凍結保管した。今後、融解後細胞の生存率及び培養プレートへの接着率を評価し、前者が低い場合獲得細胞数の増加で対応し、後者に関しては複数のコーティング剤を試してその向上を図る。また、Tandem Sensor RFP-GFPLC3B(Thermo Fisher Scientific)を用いたオートファゴソーム及びオートライソソームの定量化(前者は緑色、後者は赤色、緑色の比率低下はオートファジー活性の増加を示す)により、両心筋細胞間のオートファジー活性の差や少数の化合物・薬物ライブラリーに対する各細胞の反応を、我々のシステムが再現性を持って検出できるかを確認し、その頑健性を評価する。
HTSシステムはORCに設置されている。同システムの立ち上げにORCとともに携わり、各種備品や消耗品の調達を進め、運用方法についてもORCに具体的な提案を行った。2023年1月12日には、研究所内研究者向けにHTSシステムの導入セミナーを実施した。これらは、大津理事長が掲げる重点的に取り組む7分野」のうち「(1)循環器病克服を目指した病因、創薬研究」を強力に推進するものである。