血管生理学部
研究活動の概要

 血管生理学部では、炎症・血管新生に関連する増殖因子・サイトカインシグナルに焦点を当てて、循環器疾患の病態解明と新規の診断法・治療法の開発を目指して研究を進めている。

 現在の研究テーマは以下の1~6の6つである。

  1. 肺高血圧症の炎症シグナルによる病態形成機構の解明と治療法開発
     肺高血圧症モデルマウスで軽中等症モデル(低酸素誘発性肺高血圧症モデル)の系で、炎症性サイトカインのIL-6/Th17細胞/IL-21のシグナル軸が肺動脈平滑筋細胞の増殖を促進して、肺高血圧の血管リモデリングが誘導することを報告した(Hashimoto-Kataoka et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 112: E2677-86, 2015)。一方、重症肺高血圧症モデル動物であるSugen5416/Hypoxiaラットの系でTh17細胞の分化誘導に重要な転写因子アリルハイドロカーボン受容体(Aryl hydrocarbon receptor; AHR)に焦点を当てて、AHRが肺高血圧症病態の重症化に重要な役割を担うことを、ヒト肺動脈性肺高血圧症(PAH)患者検体での解析とAHRノックアウトラット作製と解析を通じて解明した(Masaki, Okazawa et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 118(11): e2023899118, 2021)。この研究でヒトPAH患者の血清中のAHRアゴニスト活性がPAH患者の予後にも相関する可能性とAHR阻害によるPAHに対する新しい治療法開発に繋がる可能性が見いだされて、2021年度からAMED難治性疾患実用化研究事業Step0(2021~2023年度)の助成を受給している。
     IL-6遺伝子のmRNAレベルでの調節タンパク質Regnase-1は炎症のブレーキ役を担うことが知られる。我々はRegnase-1のPAH病態との関連を検討して、ヒトPAH患者の末梢血単核球でRegnase-1の発現が重症度に応じて低下すること、その低下の程度と予後が相関することを見出した。さらにRegnase-1遺伝子を骨髄球系細胞特異的欠損するマウスを作製・解析した結果、このマウスが膠原病性PAH病態を自然発症すること、Regnase-1は肺胞マクロファージでIL-6やPDGF-A/B遺伝子のmRNA分解を通じてPAH発症を負に制御する分子機構を見出した(Yaku, Inagaki et al. Circulation 146(13):1006-1022, 2022)。本成果からAMED難治性疾患実用化研究事業病態解明(2022~2024年度)助成を受給している。
     また、IL-21特異的核酸医薬によるIL-21阻害でのPAH治療法開発に関する研究をAMED難治性疾患実用化研究事業Step1(2020~2022年度)助成下で進めて来て、IL-21阻害でのPAHの治療法開発を進めている。以上の様に、当部では肺高血圧症重症化とIL-6/Th17細胞/IL-21シグナル軸、AHRシグナル軸、Regnase-1によるmRNA制御の3つの炎症シグナル軸を中心にしてPAH病態形成機構の解明を進めている。
  2. 高安動脈炎に対するIL-6阻害療法
     ステロイド治療抵抗性を示す高安動脈炎に対して抗IL-6受容体抗体トシリズマブ(tocilizumab; TCZ)の有効性、安全性をこれまでパイロット試験と治験(TAKT試験:二重盲検並行群間比較試験)の結果を報告して来た(Nakaoka et al. Int Heart J. 54: 406-411, 2013; Nakaoka et al. Ann Rheum Dis. 77: 348-354, 2018; Nakaoka et al. Rheumatology (Oxford). 59(9): 2427-2434, 2021)。上記の結果により、2017年8月に厚生労働省よりTCZは高安動脈炎に対して保険適応の追加承認に至った。また、TAKT試験の画像検査(造影CT)の結果を事後解析して、TCZ治療中のCT造影検査で診られる壁肥厚の新規出現・増悪は再燃を早期に検出する可能性のある所見であることを報告した(Nakaoka et al. Rheumatology (Oxford). 61(6):2360-2368, 2022) 。TCZ治療が使用可能となった状況下で、大型血管炎患者の治療抵抗性患者の層別化に有効な新しいバイオマーカー探索・同定は重要な課題で、その標的探索を進めている。
  3. angiopoietin-1(Ang1)による血管恒常性維持、血管新生の分子機構の解明
     心筋細胞が分泌する血管内皮増殖(保護)因子の1つであるangiopoietin-1(Ang1)が胎生期での冠静脈発生に必須であること、心房形成に必須であることを報告した(Arita et al. Nat Commun. 5: 4552, 2014; Kim KH et al. Cell Reports. 23: 2455-2466, May 22, 2018)。現在、血管周皮細胞由来Ang1と血管恒常性の関連を検討している。
  4. 心・血管病病態における腸内細菌叢、口内細菌叢の役割解明
     我々は、①肺高血圧症(肺循環科との共同研究)、②大型血管炎(阪大免疫内科との共同研究)などの難治性血管病、③脳卒中(脳神経内科との共同研究)、④心不全(心不全科との共同研究)のような生活習慣病を背景とする循環器疾患を対象として、腸内細菌叢と口内細菌叢の網羅的解析を進めている。現在、①に対してはAMED難治性疾患実用化研究事業・病態解明(2019~2021年度)、AMED-FORCE(2022~2022年度)、③に対してAMED循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業(2020~2022年度)の助成を受給して研究遂行中である。また、②の高安動脈炎患者の腸内細菌叢解析を遂行した結果、ある口内常在菌の腸内移行・定着が血管関連イベントの発生と関連する可能性を見出して論文投稿中である。
  5. 大型血管炎でのバイオマーカー探索と治療アルゴリズムに関する研究
     中岡は厚生労働省政策班「難治性血管炎の医療水準・患者QOLに資する研究班」で大型血管炎臨床分科会長を務めており、大型血管炎で前向き・後ろ向きコホート研究を現在遂行中である。高安動脈炎、巨細胞性動脈炎、バージャー病の3疾患の重症度分類、臨床個人調査票、難病情報センターのHP情報の掲載内容更新に繋がる臨床データの集積を進めている。
  6. 小児(若年者)の特性に着目した循環器病態の解明(森雅樹室長)
     小児(若年者)の特性を反映する病態関連分子を新規に同定して機能解析を通じて、循環器病や小児疾患の病態解明につなげることを目標に研究を進めている。2022年度よりAMED-PRIME「根本的な老化メカニズムの理解と破綻に伴う疾患機序解明」領域で「生体機能を最適化する機構としての老化の再定義」という研究課題で研究費を受給している(2022年度~2025年度)。
2022年の主な研究成果

  1. IL-6転写後調節に関わるRNaseのRegnase-1のPAH病態形成における役割の解明:京都大学医学研究科・竹内理教授との共同研究でRegnase-1のPAH病態における新しい役割を2022年8月報告した(Yaku, Inagaki et al. Circulation 146(13):1006-1022, 2022)。Regnase-1のPAH病態との関連を先ずヒトPAH患者の末梢血単核球を用いて検討して、Regnase-1の発現が重症度に応じて低下すること、その低下の程度と予後が相関することを見出した。さらに、Regnase-1遺伝子を骨髄球系細胞特異的欠損するマウスを作製・解析した結果、このマウスが膠原病性PAH病態を無負荷で自然発症すること、Regnase-1は肺胞マクロファージでIL-6やPDGF-A/B遺伝子のmRNA分解を通じてPAH発症を負に制御する分子機構を見出した。本成果から、AMED難治性疾患実用化研究事業病態解明(2022~2024年度)の助成獲得に至っている。
  2. 高安動脈炎に関する病態解明:高安動脈炎患者の腸内細菌叢解析を進めた結果、ある口内常在菌の腸内移行・定着が血管関連イベントの発生と関連する可能性を見出して論文改訂中である(Manabe, Ishibashi et al. in revision)。高安動脈炎患者の血管イベントの発症を早期に予測する層別化が可能となると期待される。
  3. 大型血管炎疫学研究の成果:高安動脈炎の治療アルゴリズム、寛解基準の策定を対面会議、Delphi法を用いて高安動脈炎に対する治療アルゴリズム(T2T)と寛解基準を厚労省政策研究班で策定して報告した(Mod Rheumatol. 2022 Aug 20;32(5):930-937)。また、巨細胞性動脈炎(GCA)の大動脈病変のパターンによる治療反応性に関する相関性も後ろ向きコホート研究から報告した(Sugihara, Nakaoka et al. Mod Rheumatol. 2022 Oct 11:roac122. doi: 10.1093/mr/roac122.)。さらに、2017年の全国病院へのアンケート調査による大型血管炎に関する疫学調査の結果を論文化した(Konda, Nakaoka et al. Mod Rheumatol. 2023 Feb 4:road019. doi: 10.1093/mr/road019.)。また、中外製薬と共同で高安動脈炎患者でのトシリズマブ市販後調査結果を解析して、トシリズマブの安全性、有効性について論文化した(Harigai, Nakaoka et al. Mod Rheumatol. 2022 Sep 3;roac099. doi:10.1093/mr/roac099.)。
  4. 神経の遊走や生存に関わる遺伝子でてんかん性脳症に関係する遺伝子TBC1D24に着目して解析して、TBC1D24は新規の細胞内構造体であるCytophidiaを形成して若年での神経細胞機能に関わることを報告した(Morimune, Mori et al. Plos One. 2021 Apr 22;16(4):e0248517.)。また、若年期に高発現するBEX1遺伝子が、相分離を通して一次線毛の形成に必須であり、BEX1の異常が線毛病 (シリオパチー) の原因となることを動物モデルで示した (Hibino, Mori et al. BMC Biol. 2022 20;42)。