循環器疾患の病態解明を目指すためには、心臓・血管の臓器形成機構から、循環臓器の恒常性維持機構を解剖学的・生理学的・生化学的・分子細胞生物学的・遺伝学的に調べる必要がある。
細胞生物学部では、生体イメージング技術を駆使して形態形成と情報伝達を解析する手法を用いて、循環臓器発生の分子メカニズムを明らかにする研究を遂行してきた。生体イメージングでは、ゼブラフィッシュを用いることで、脊椎動物の循環臓器形成に普遍的な転写調節から、臓器位置の決定や、心臓での心腔形成・弁形成から、血管・脈管では動静脈、リンパ管形成機構まで検討している。多様な細胞集団からなる臓器が如何に協調的に図器形成に関わるかを解明することで、恒常性の維持機構のメカニズムに迫る研究を目指している。心臓発生-心筋分化と心内膜形成、大血管内皮細胞との連結、弁形成機構を詳細に検討している。血管については、血管新生の分子メカニズムと形成後の安定化成熟過程を調べている。発生期の遺伝子による臓器形成制御と環境依存性の応答性の両面から、臓器発生機構を解明することにより循環臓器形成の普遍性の解明を目指している。
多様性をもった細胞群からなる心臓・血管構築細胞の細胞間あるいは組織間の機能的調節作用の破綻や、解剖学的欠損が循環器疾患の原因となっている。生体でのイメージングによる機能破綻や解剖学的異常の検出のために、成体でも透明なDanionella cerebrumを利用することを心臓再生制御部とともに開始した。
日本科学技術振興機構で進められているMoonshot認知症の予測・予防医療の研究チーム(代表研究者:京都大学神経内科 高橋良輔教授)内で血管性認知症についての血管グループリーダーを務め、血管障害と脈管障害が原因となる認知症発症について、モデルマウス(遺伝性ならびに血管性)と小型魚類での研究を進めている。京都大学、神戸大学、慶応大学との共同研究により、一細胞解析による病態解明・発症予測についてもメカニズムとの因果関係解明に注力している。今年度は細動脈周囲にある血管腔IPADやGlymphatic systemの解剖学的な解明を行い、脳室との交通についても検討を開始した。
国立障害者リハビリテーション病院の澤田泰宏部長が未来開拓事業で研究してきた間質の流動性による延髄孤束核への刺激による降圧作用をヒトで実証するための研究を計画している。さらに、認知症や糖尿病に対する脳の間質液からの応力が及ぼす生体内への影響を調べる研究も生体マウスに上下動を繰り返すことで検討している。
主な実験内容は
- 血管ネットワーク構築細胞(内皮細胞、周細胞)の臓器ごとの細胞形態・運動を調節する情報伝達の解明(脳・心臓・腎臓・肝臓等)
- 血流依存性の房室弁形成機構の解明
- Wntシグナル陽性心筋細胞の心臓での意義改名
- 左右非対称性発生原理
- angiopoietin-Tie1受容体シグナルのリンパ管形成機構の解明
- Slc12A8の発現部位と機能に関する研究(NMN輸送体としての機能の妥当性評価)
- pH依存性の細胞応答を制御するphosphatidyl inositol局在変化誘導分子の生理学的意義
- 体動による脳間質液が及ぼす生体への効果の検討(糖尿病、認知症、高血圧症への効果についての生体での検証)
房室間の弁形成機構と房室間溝に局在する心筋細胞の機能
房室間には、弁形成を心内膜内皮細胞とともに弁形成に関わる心筋細胞が局在している。これまでに、心内膜内皮細胞がCa2+依存性の転写因子であるNfatc1を介して、EndoMTを制御(Twistの調節)していることも突き止めてきた。また、再医内膜内皮細胞と心筋細胞の間質に存在する液性成分によるずり応力の可能性についても考慮している。一方、房室間に特異的に局在する心筋細胞の機能については、十分解明がされておらず、弁形成以外のこれら心筋細胞の機能についても検討を行ってきた。
房室間の心筋細胞は主に、心房側心筋細胞、心室側心筋細胞に分かれるが前者はWntシグナルが陽性心筋細胞であり、後者はBmpに反応する心筋細胞であることを見出した。さらに刺激伝導系に特化したTbx2陽性心筋細胞も存在し、これら3つの心筋細胞はそれぞれが独自の機能を果たしていることを突き止めた(Dev Cell投稿中)。内胚葉由来静脈内皮細胞の血液造血幹細胞ニッチ形成
心筋細胞、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞、リンパ管内皮細胞、血球は中胚葉に由来すると教科書にも記載されている。以前の検討 (eLIfe 2018) でIsl1陽性細胞が心房筋(心房流入路)に発現するだけではなく、発生初期にはゼブラフィッシュの尾側の静脈内皮細胞(動脈の腹側直下)細胞集団を形成することを見出しており、尾側への静脈伸長にはIsl1陽性細胞が不可欠であることを予測していた。この静脈内皮細胞はcaudal hematopoietic tissueを形成して造血幹細胞ニッチになることが報告されており、われわれはisl1+ の静脈内皮細胞がこのニッチ形成細胞であることを証明した。isl1陽性細胞の起源をlineage tracingで調べると、Sox32+の内胚葉由来であることを突き止めた。つまり、血管内皮細胞がこれまでの報告と異なり、内胚葉から発生する細胞もあることがわかった。
Isl1+細胞をMtz-NTRを用いて消去すると造血幹細胞数が顕著に減少することからIsl1+細胞由来静脈内皮細胞が造血幹細胞ニッチ形成に不可欠な細胞群であることを証明することができた。ゼブラフィッシュの内胚葉由来内皮細胞が哺乳類の肝臓の初期造血細胞のニッチ形成と関わるかを今後突き止める予定である。 (Dev. Cell revision 掲載)。循環のための心臓と血管の接合
心臓と血管が繋がることにより血液循環が開始される。ゼブラフィッシュは心臓と血管が接合する前から心筋細胞が拍動しており、心内膜内皮細胞を包み込んでこの拍動が観察される。総静脈内皮細胞と静脈側心内膜内皮細胞の接着と心室側心内膜内皮細胞と大動脈血管内皮細胞の接着機構について検討している。前者では、内皮細胞の接着が生じる前から、循環が成立している(血球が総静脈側から心腔内に流入していること)。しかし、この流れは内皮細胞内ではないことから、内皮細胞間接着がさらに強固になることで循環が維持されると考えられる。我々は、この静脈と心房側の心内膜内皮細胞に発現するcadherin分子(血管内皮細胞特異的CadherinであるCadherin5とは異なるCadherin)が発現していることをsingle cell sequence解析で突き止めた。このCadherin分子の発現抑制により循環が停止することから総静脈側内皮細胞と流入路心内膜内皮細胞の接着に重要であることがわかった。またcadherin分子の細胞内ドメインのC末端にEGFPをknock-inして、発現解析すると、同部の内皮細胞に発現を認めることから、ここでの接着機能を果たしていることが推察された。