分子生理部
研究活動の概要

細胞分化・増殖・移動などの異なる生命現象の正しい組み合わせにより、複数の起源を有する前駆細胞群から心臓・血管の発生・形態形成が行われ、胎生期から出生後へと継続して機能する循環器システムが構築されるメカニズムは非常に複雑です。心血管発生・形態形成において働く分子機構は、その破綻が先天性心血管疾患・遺伝性血管病などの難病の発症に直結するのみならず、成人の循環器疾患・脳血管疾患においても重要な意義を有します。また、血管機能異常や病的血管新生は、癌・認知症など、循環器疾患以外の多様な病態にも深く関与しています。

この見地より、分子生理部では心臓と血管の発生・形態形成・成熟機能獲得に働く分子メカニズムの研究を行っています。特に、発生期において心血管系に発現する転写調節因子やシグナル伝達因子に焦点を当て、遺伝子組換え病態モデルの解析と細胞生物学・生化学・分子生物学的実験を組み合わせることによって研究を進めています。

国立高度専門医療研究センターの一員として、脳卒中・循環器病対策基本法、成育医療等基本法、難病法などの対象となる先天性あるいは遺伝性の心血管疾患、成人の循環器・脳血管疾患に対する実験医学研究を推進するとともに、心血管系の基礎医学研究を担う次世代研究者の育成にも注力しています。

2022年の主な研究成果

Notchシグナル伝達系の異常はAlagille症候群・CADASILをはじめとするヒト先天性・遺伝性心血管疾患の原因となります。私たちが以前同定したHey転写調節因子ファミリーは心血管系の主要なNotchシグナル下流因子として心血管発生に必須の役割を有し、ヒト心血管疾患の病態においても重要であると想定されています。

本年度研究において、昨年度までに同定したHey2心室筋エンハンサーを用いた遺伝子組換えマウス解析やマウス胎仔細胞系譜解析を組み合わせて同定した新しい心室筋前駆細胞のCharacterizationを行いました。RNAScope法などの遺伝子発現解析やSingle Cell RNA-sequencingなどの網羅的解析を組み合わせ、Hey2エンハンサーが活性化される前駆細胞はこれまでで最も特異的な心室筋特異性を有することを明らかにしました。Hey2転写因子はヒト・マウスで共通して心室筋細胞特有の分化に必須であることが示されており、これらの研究は心筋細胞分化や心臓形態形成のメカニズムや先天性心血管疾患の病因解明に寄与すると考えます。

一方、Bone Morphogenetic Protein(BMP)-ALK1(ACVRL1)受容体系は遺伝性出血性末梢血管拡張症(オスラー病)や肺動脈性肺高血圧症の病因・病態に深く関与する重要なシグナル伝達機構です。本年度研究において、オスラー病の病因となる患者ACVRL1遺伝子変異によるシグナル伝達異常について培養細胞解析やAIを用いた立体構造予測を組み合わせた検討を進めました。さらに、小型魚類ゼブラフィッシュのacvrl1遺伝子変異体の血管形成異常解析を行って、BMP-ALK1シグナル伝達系が消化管血管-門脈循環の成立に重要な働きを有していることを発見しました。他に、発生期心血管系に発現する複数の遺伝子を対象にして転写調節機構や機能的意義の研究も進めています。