小児循環器科
研究活動の概要

 小児循環器内科部は、胎児期から成人期までの先天性心疾患を中心とした小児期発症循環器疾患の診療および研究に従事しています。分野別に見ると胎児心エコーによる循環器疾患の出生前診断、新生児期先天性心疾患の術前術後管理を含めた小児循環器集中治療、小児期心疾患の心臓カテーテル検査およびカテーテル治療、川崎病遠隔期の諸問題に対する診療と研究、肺高血圧の診断と新しい薬物治療、肥大型および拡張型心筋症の診断と治療、重症心不全小児に対する左室補助循環装置の装着および心臓移植医療、小児期不整脈の薬物治療およびカテーテルアブレーションなど、多岐にわたる小児期発症循環器疾患に携わっています。

 臨床研究としては、胎児心エコーを用いた胎児診断による予後改善を図る研究、胎児心エコーや新生児心エコーを用いた遠隔診断研究、学校心臓検診でのIT技術応用研究、成人先天性心疾患の診療体制および移行期医療の確立に向けた研究、成人先天性心疾患患者の小児期から成人期までの登録研究、健康な乳児に突然の急性心不全をきたす乳児僧帽弁腱索断裂の病因研究、川崎病に伴う冠動脈後遺症の成人期の予後と移行医療の実態に関する研究、小児肥大型心筋症の突然死に対するβblockerの有用性研究、成人先天性心疾患に対する補助人工心臓装置の有用性研究などを行っています。
 また医工連携開発研究として、精密心臓レプリカの作成、3次元画像からの各種シミュレーターの開発などを行っています。

2022年の主な研究成果

1) MSCT画像データをもとにした精密心臓レプリカの作成(医師主導治験)
 患者個人のMSCT3次元画像診断データから光造形法と真空注型法を応用して精密心臓レプリカ作成を民間企業との合同で開発している。2019年には、一般的名称「立体臓器模型」として、クラスⅠの医療機器として承認された。2020年には、AMED研究費(2017-2019)により保険収載に向けての医師主導治験を実施し、2021年12月には1年後の観察研究までを終了した。2022年にはこの結果を持って保険償還に向けた申請を行った。同時に民間企業3社との共同で、親水性のアクリル樹脂を用い、軟質臓器レプリカに特化した新しい「紫外線硬化式インクジェットプリンター」を開発し、より実臓器に近い性状の心臓レプリカを迅速かつ低価格で供給できる目処を立てた。

2) 複雑先天性心疾患の血流動態コンピューター上でシミュレーションを行うped UT-Heartの開発研究
 東京大学のグループが開発したマルチスケール・マルチフィジックス心臓シミュレーターであるUT-Heartシステムを、小児の複雑先天性心疾患の血行動態シミュレーションに対応できるシステムに改良する開発研究。AMED研究費(2020-2022)により、現在までに小児の先天性心疾患のシミュレーションに適した計算プログラムの開発を終え、2021年には後ろ向き研究を実施した。2022年以降は、出来上がった手術シミュレーションを検証する前向き臨床試験を実施している。新しく開発する“ped UT-Heart”を用いると、種々のパラメーターに基づいて手術術式の決定を客観的に判断でき、患者に最適な手術術式の選択と治療方針を提示できる。その結果、手術後の遺残症や続発症を最小限に抑え、患者の生命予後長期にわたるQOLの改善を実現できる。

3) 胎児診断による先天性心疾患の予後向上を図る研究
 胎児心エコーによる先天性心疾患の出生前診断では約12%に出生前後の診断差異があることを論文報告した。大動脈縮窄と心室中隔欠損が最も多い診断差異であった。診断の差異があった症例では38%で予測していなかった治療が追加されたが、生命予後への悪影響はなかった。出生後24時間以内に侵襲的治療が必要であった症例は全て正確に出生前診断されていた。胎児心臓病学会を通じ、胎児心エコー診断の実施医家に注意を喚起した。現在は胎児診断データと新生児診療データを統合して解析中である。
胎児診断と新生児期治療予測の正確性を検証し、重症度レベルを設定することにより、予後向上とコストパフォーマンスの改善を目指している。

4) 乳児特発性僧帽弁腱索断裂の病態解明のための基礎的研究
 健全な乳児に突然の急性心不全をきたす本疾患の実態調査を継続的に行うとともに、病因解明、内科的外科的治療法の確立、患児の予後の改善に向けた研究を行っている。創薬オミックス解析センターおよび大阪大学微生物学研究所と共同研究を行い、過去に得られた患者のホルマリン固定パラフィン切片のサンプル組織からRNAを抽出し、網羅的なトランスクリプトーム解析を行い、原因となるウイルスの検索を進めている。一部の症例で特定のウイルスRNAが検出され、2021年には高感度in situ hybridizationによってもウイルスRRNAの存在と局在が確認できた。現在さらに検証を進めている。

5) 小児用補助人工心臓の導入と小児心臓移植医療の確立
 10歳以下の小児心臓移植の実施施設として、重症心不全の小児患者を全国から紹介を受け、移植ネットワークへの登録を行うとともに、小児用補助人工心臓(Berlin Heart Excor)の装着を行い、集中管理を実施している。また学童期の心不全患児に対しては植え込み型補助人工心臓の装着・管理を行っている。

6) 先天性心疾患のカテーテル治療デバイスの治験・研究
 先天性心疾患のカテーテル治療件数は国内最多である。特に経皮的心臓中隔欠損術は大動脈周囲にかけて広範囲に欠損した症例を中心に積極的に治療を進めている。経皮的動脈管開存閉鎖術に関しては体重2.5Kg未満に対するAmplazter piccolo occluder留置認可施設であり、これらの治療の中長期的予後に関する研究を行っている。経皮的肺動脈弁置換術の治験や留置したステントを慢性期にバルーンで破壊するunzippingに関する研究・生体素材によるバイオバルブステントの開発研究をNCVC研究所・旭川医科大学病院とともに進めている。

7) 小児期不整脈の治療と遺伝子診断
 胎児心磁図を用いての胎児不整脈診断法の確立および心拍変動解析による胎児心機能評価法の確立を筑波大学と共に進めている。小児期のQT延長症候群をはじめとして遺伝性不整脈の遺伝子診断をNCVC研究所と共に進めている。特に増加傾向にある成人の先天性心疾患患者に合併する難治性不整脈に対し、薬物治療、カテーテルアブレーション治療、デバイス治療を複合的に用いた治療法の確立を目指し、臨床研究を進めている。

8) 小児期肺動脈性肺高血圧の診療と新薬の小児適応拡大治験
 特発性、遺伝性および先天性心疾患に合併する肺動脈性肺高血圧小児および成人先天性心疾患患者に対して、近年開発盛んな肺血管拡張薬の内服から、静注エポプロステノール持続注入療法、トレプロスチニル持続皮下注療法、イロプロスト吸入療法といったより重症度の高い患者への濃厚な治療を行っている。また上記薬剤の小児患者への適応拡大治験についても複数の薬剤で実施している。

9) 成人に達した川崎病患者の診療体制に関する臨床研究
 川崎病は年間10,000人発症し、現在までの総患者数は200,000人を越え、その多くが成人に達するようになってきた。冠動脈瘤を遺残した成人患者に突然死や急性冠障害が全国で散見され、その予防と適切な治療について、多くの患者実績に基づいた臨床研究を行っている。2022年度には川崎病成人期冠動脈バイパス手術の背景と手術成績の分析、崎病冠動脈障害を持つ患者の画像診断と長期予後について研究を行なった。

10) 成人先天性心疾患患者の長期予後改善のための総合的研究
 国内最多の成人先天性心疾患(ACHD)患者を擁する施設として、患者の長期予後に関する研究を勢力的に行っている。特にACHD患者の病態評価として血行動態は勿論、心臓と肺、肝腎機能や腸管などの多臓器との連関からみた心不全病態の解明に努め、治療管理法の向上を目指している。
特にフォンタン術後患者では海外にはない当院特有の総合的評価から血行動態に加え、様々な観点から新知見を報告してきている。加えて、当院は成人期の病態と予後との関連を多施設共同試験の中心的役割を果たしその成果を国内外に報告している。また、フォンタン患者の本邦の現状把握とその治療確立を目指した前方視多施設共同研究を学会支援の基に進行中である。
最近ではACHD患者の高頻度の耐糖能異常といった心不全病態に大きく影響する生活習慣病との関連にも注目し長期予後の改善につながる治療・管理法を模索している。更に、女性ACHD患者での妊娠出産に関し積極的に参画し、管理法の向上にも努めている。その他、研究所との共同研究によるHDLを中心とした脂質異常や腸内細菌とACHD病態の関連の解明に関する研究を行っている。これら多くの新たな研究成果は国際雑誌に論文として報告を続けている。

11) 小児から成人までの先天性心疾患の診療体系の確立に関する総合的研究(厚生労働科学研究難治疾患克服研究事業「先天性心疾患を主体とする小児期発症の心血管難治性疾患の生涯にわたるQOL改善のための診療体制の構築と医療水準の向上に向けた総合的研究」)
 成人先天性心疾患患者が全国で安心して診療を受けられるようにするために、全国各地に集学的基幹施設を確立し、医師看護師の教育体制を整えるとともに、本疾患の診療が循環器内科診療の重要な一分野として確立することを目指し、活動を続けている。また日本循環器学会JROADのDPCデータベースを利用した成人先天性心疾患の診療実態および予後調査を進めている。