脳神経内科
研究活動の概要

 脳神経内科では、①脳血管障害の病態解明、②診断技術の向上、③治療成績の向上、④後遺症の予防を目指し、基礎・臨床の両面から様々な研究活動に取り組んでおります。特に治療研究に関しては、脳血管障害に関係する細胞実験(iPS細胞)、げっ歯類モデル、非人類霊長類モデル、臨床研究、医師主導治験というすべてのステージの研究に取り組んでいる、世界でも非常に珍しい研究グループです。国立循環器病研究センター内では、臨床研究に関しては脳血管内科と、基礎研究では研究所と深く連携し、脳血管障害の制圧を目指し、日々の研究に取り組んでおります。

  • ● 脳血管障害の病態に迫る研究
      • もやもや病感受性遺伝子RNF213遺伝子p.R4810K多型と脳卒中との関連
      •  2019年にわれわれは、東アジアのもやもや病の創始者多型であるRNF213遺伝子p.R4810K多型が、日本人の脳梗塞、特にアテローム血栓性脳梗塞の強力なリスク遺伝子であることを報告しました (Circulation. 2019;139:295-298)。現在われわれは、脳血管障害を有するRNF213遺伝子p.R4810K多型保有者の臨床的特徴を解明するため、NCVC Genome Registryの構築を進めています。NCVC Genome Registry への登録症例数は、2022年に2500例に到達しました。既に世界最大のデータベースとなっております。
         RNF213遺伝子p.R4810K多型に関連して、われわれは近年いくつかの新知見を見出し、国際誌に報告しております。
         われわれは、RNF213遺伝子p.R4810K多型が、これまで関連が報告されてきた頭蓋内動脈血管径の細小化のみならず、頭蓋外頚動脈血管径の細小化とも関連していることを見出しました (Stroke: Vascular and Interventional Neurology. 2022;2:e000298)。この結果は、RNF213遺伝子p.R4810K多型が、脳血管のみならず、全身の血管の異常と関連している可能性を示しています。
        現在、NCVC BioBankと共同で、全身の血管への影響を検討しております。
         われわれは、RNF213遺伝子p.R4810K多型保有者に対して脳血管内治療を施行した場合、非保有例と比べて有意に術中再閉塞率及び術後再閉塞率が高いことを報告しました (Stroke: Vascular and Interventional Neurology. 2022;2:e000396)。この結果は、RNF213遺伝子p.R4810K多型の有無が超急性期脳梗塞の診療に有用な情報であり、超急性期脳梗塞患者におけるRNF213遺伝子p.R4810K多型の迅速診断の重要性を示しています。われわれは、病院到着時刻から遺伝子検査の結果が判明するまでの時刻として、病着-遺伝子検査時間 (door-to-gene time) というtime flowを新たに提唱し、現在RNF213遺伝子p.R4810K多型測定の実用化を目指し、島津製作所と共同研究を進めております。
         RNF213遺伝子p.R4810K多型保有者には無症候者も存在するため、本多型がもやもや病、アテローム血栓性脳梗塞を発症させるには、追加の環境因子や遺伝子異常が発症因子と考えられてきています。われわれは、家族性コレステロール血症の本多型保有者は、頭蓋内動脈狭窄/閉塞症を約83%の割合で保有していました(未発表データ、under revision)。つまり、脂質異常症または家族性コレステロール血症の原因遺伝子変異が発症因子であることが想定されました。現在、論文投稿中です。
         これらの発見に基づき、2022年にわれわれは、従来の「アテローム血栓性脳梗塞」とは異なる東アジア人特有の特徴を有する「RNF213関連血管症」という新たなる疾患概念を提唱し、総説に報告しました (Lancet Neurol. 2022;21:747-758)。RNF213遺伝子p.R4810K多型保有者の長期予後および脳梗塞発症修飾因子、さらにはRNF213遺伝子p.R4810K多型保有患者における脳梗塞発症やもやもや病へ来す多遺伝子モデルの構築、など多面的アプローチにより、RNF213関連血管症の疫学・自然史の調査や病態解明を進めております。
         前述のように、RNF213遺伝子p.R4810K多型は脳血管のみならず、含む全身血管に関連する可能性のある遺伝子であることから、RNF213関連血管症の全貌を明らかにすることにより、国立循環器病研究センターのミッションである「循環器病の制圧」にわれわれは挑んでいます。

      • CADASILの病態解明と新規治療法の開発 (アドレノメデュリンの医師主導治験)
      •  CADASIL (cerebral autosomal dominant arteriopathy with subcortical infarcts and leukoencephalopathy)とは、最も頻度の多い遺伝性の血管性認知症であり、最も頻度の多い遺伝性脳卒中です。脳神経内科では、単一遺伝子疾患CADASILを突破口に血管性認知症や脳梗塞の病態を解明することを目標としたさまざまな研究を進めて参りました。
         以下、脳神経内科で取り組みを具体的に記述します。基礎研究の分野ではCADASIL患者由来のiPS細胞とCADASILのモデルマウスを用いて研究開発を進めております。近年われわれは、CADASIL患者由来のiPS細胞から分化させた血管壁細胞は、PDGFRβの発現が増加しており、細胞遊走能が異常亢進していることを見出し、報告いたしました。臨床研究の分野では、2022年11月より本邦初のCADASIL外来をオープンし、すでに当院は日本最大のCADASIL high volume centerとなっております。2021年11月より世界初のCADASIL患者を対象とした医師主導治験、AMCAD治験 (アドレノメデュリン) を開始し、2022年10月末で予定通り患者登録を完了しました。われわれの施設の特徴として、「システイン変異を伴わないCADASIL」や「出血型CADASIL」が特に多い点が挙げられます。これらの特徴は世界的にも稀であり、現在解析を進めております。

      • う蝕原性細菌感染と脳卒中(特に脳出血)との関連の解明
      •  脳出血、脳微小出血の主な原因は高血圧症と考えられているが、降圧療法による脳出血、脳微小出血の予防は未だ確立されていません。そのため、脳出血、脳微小出血を発症させるその他の原因の探索が求められています。われわれは、う蝕原性細菌であるStreptococcus mutans (S. mutans) の中で、コラーゲン結合蛋白であるCnmを発現するS. mutans株の口腔内保有が脳出血、脳微小出血の発症と関連し、さらに、脳微小出血の重症化とも関連していることを報告しました。この知見より、現在、Cnmを発現するS. mutans株の口腔内保有が脳微小出血を増加させるかどうかを検討する前向き観察研究の、Risk Assessment of Cnm-Positive Streptococcus mutans in Stroke Survivors (RAMESSES研究)を施行しており (Front Neurol. 2022;13:816147)、2023年度に全患者の観察期間が終了する予定です。

      • 口腔内・腸内細菌叢変容と脳卒中発症との関連の解明
      •  脳卒中は、要介護の第2位であり、依然新規治療法の確立が喫緊の課題です。近年、腸内差菌叢の変容が、マクロファージ、好中球、リンパ球などの炎症細胞炎症性サイトカインを発現させることにより、脳卒中の発症・重症化と関連してくることが基礎研究などで提唱されています。われわれは、年間で約700~800名の急性期脳卒中の入院患者を加療しており、このような大規模の患者での口腔内細菌、腸内細菌の変容と脳梗塞の発症の関連を検討する観察研究は世界初の試みであり、血管生理学部との共同研究です。
         現在、約350名の脳卒中患者と55名の健常者より同意を取得しています。その中で、脳梗塞患者198名と健常者55名の腸内細菌を比較したところ、Streptococcus X(未発表データ)が脳梗塞発症に関連していることが判明し、現在論文を作成しております。

    • ● 脳血管障害の診断の向上を目指す研究
        • 新規ペナンブラマーカーの開発
        •  近年、血栓溶解療法やカテーテルを用いた脳血管内治療の台頭により、急性期脳梗塞の予後は著しく改善しました。これらの治療は、発症早期に医療機関を受診できた一部の脳梗塞症例に適応が限られていました。しかし、最近では救済不能な脳梗塞(虚血コア)に至っていない、“ペナンブラ”が十分に存在する症例では、発症から時間が経過していてもこれらの再灌流療法が有効であることが相次いで報告され、その適応範囲が拡大されました。一方で、ペナンブラ領域の推定には、専門医による詳細な症状評価、高度な頭部画像の撮像や専用解析ソフトが必要であり、実施可能な医療施設は一部に限られていました。このため、ペナンブラを簡便に推定可能な新規のバイオマーカーの開発が望まれていました。われわれは、最近の研究で、脳梗塞に反応して生体内で産生されるホルモンであるアドレノメデュリンに着目し、その産生の指標であるmid-regional pro-adrenomedullin (MR-proADM)が超急性期脳梗塞におけるペナンブラを予測可能であることを示しました(Brain Pathology. 2022;e13110)。MR-proADMがペナンブラバイオマーカーとして確立できれば、血液検査による発症早期の脳梗塞診断や再灌流療法の適応判断への適応が期待され、これからの脳梗塞の診療を劇的に変化させる可能性を秘めています。

        • 血液バイオマーカーに基づく脳卒中の病型診断法の確立
        •  脳梗塞に対する血管内治療デバイスの進歩に伴い、超急性期における脳梗塞の病因診断の重要性がますます高まっています。主幹動脈閉塞を伴う心原性脳塞栓症は直ちに治療が必要ですが、救急外来での心電図が心房細動を示さず洞調律であった場合など、その診断が困難であるケースを私たちは日常臨床でよく経験します。そこでわれわれは、超急性期脳梗塞患者の血液中のmid-regional pro-atrial natriuretic peptideの濃度を測定し、心原性脳塞栓症の診断におけるその有用性を現在検討しております。

        • 超音波を用いた脳血管障害の新たな診断・治療法の開発
        • 1. 頚動脈不安定プラークの超音波診断
           動脈硬化による粥状硬化性病変(プラーク)はその進展により血管狭窄を引き起こすだけでなく、破綻によって粥腫や血栓が塞栓となって脳梗塞を引き起こすため、このようなリスクの高いプラークは不安定プラークとよばれています。頚動脈エコー検査でプラークが安定したものなのか、不安定で脳梗塞を起こしそうなのかを調べることができれば脳梗塞発症予防に大きく貢献できると考え、われわれは超音波造影剤を用いてプラークの不安定性を評価する研究を行っています。プラーク内部の新生血管を描出し、新生血管の多いプラークで脳梗塞発症例が多いことや、通常のエコー検査ではわからないようなごく小さな潰瘍を早期にみつけられることもわかり、さらにプラークの質的診断向上を目指して研究を行っています。超音波造影剤は現在日本で保険適応となっているものがなく、代替とするために各超音波機器で非造影での新生血管の検出ができないか検討する研究も行っています。

          2. Bow-Hunter症候群の超音波診断
           超音波検査は、術者によって検査結果が大きく変動しうる難しい検査ですが、非侵襲的で非常に多くの情報を得ることができるため、脳神経内科では積極的に様々な臨床研究を展開しております。首を動かすことで血管が圧迫されて若年性に脳梗塞を起こす症候群としてBow-Hunter症候群という病気が知られており、この症候群を見逃さないようにするための超音波診断のアルゴリズムを最近われわれは国際誌上で発表しました(Int J Med Sci. 2021;18:2162-2165, Acta Neurologica Belgica. 2020;120:1003-1005)。

        • 脳主幹動脈閉塞を予測する病院前脳卒中スケールの開発
        •  脳梗塞が発症してから血管内治療を開始するまでの時間を出来るだけ短縮するために、救急隊が簡便に脳主幹動脈閉塞による脳梗塞を見分けることが出来るFACE2-ADスケールという指標を作成しました。今後、脳卒中診療の現場で広く使用されていくことが期待されています。

        • 脳卒中後合併症・後遺症の実態調査
        •  脳卒中急性期から摂食嚥下障害、低栄養状態、サルコペニア・フレイルの早期診断を行う診療体制を構築し、データ解析を行っています。脳卒中後サルコペニアについては、千里リハビリテーション病院と共同で急性期から回復期にかけての縦断調査を行っています。

      • ● 脳血管障害の新規治療薬開発を目指す研究
      •  内因性循環調節ペプチドのアドレノメデュリンは、血管拡張作用や血管新生作用、NO産生作用、血管内皮細胞や血管内皮前駆細胞のアポトーシス抑制作用など、多彩な作用を有することが知られています。
         現在国立循環器病研究センターでは、センター全体が一丸となり、造影剤腎症と急性期脳梗塞の治療のためのアドレノメデュリンの臨床応用を目指した研究に取り組んでおります。脳神経内科では、研究所と共同で、この急性期脳梗塞患者へのアドレノメデュリンの投与を目指した前臨床研究および臨床研究を先導しております(J Stroke Cerebrovasc Dis. 2021;30:105761)。
         rtPA静注療法や血管内治療法の普及によって、閉塞血管の再開通方法は確立しました。しかし、①急性虚血の組織障害に対する治療と②亜急性期以降の再生医療を実現できなければ、これ以上の家庭復帰率の向上は期待できません。アドレノメデュリンは、一剤でこの①と②の両方の目的を達成できうる、安全性の高いペプチドホルモンです。脳神経内科では、2020年1月から急性期脳梗塞患者を対象にアドレノメデュリンを投与する医師主導治験を開始しました (AMFIS治験)。すでに、計画された60症例への投与は完了しました。現在その結果の解析を進めております。

    • ● 脳卒中後てんかんに関係する研究
    •  脳卒中後てんかんは、高齢者てんかんの主因であり、全脳卒中患者の約10%が合併し、脳卒中後の生活や社会復帰を大きく阻害するため、重要な問題となっています。そこでわれわれは、2016年度から多施設共同研究による脳卒中後てんかんレジストリを構築し、脳卒中後てんかんの病態解明、診断・治療法の確立を推進してきました。
       近年では、てんかん発症とシデローシスとの関連性 (Ann Neurol. 2022; in press)、非運動起始発作の臨床的特徴 (Epilepsia. 2022;63:2068-2080)、発作後遷延性過灌流に着目した診断法 (J Cereb Blood Flow Metab. 2021;41:146-156) (Front Neurol. 2022;13:877386)、新世代抗てんかん薬の有効性 (Brain Behav. 2021;11:e2330)、発作再発とてんかん性放電との関連性 (Brain Commun. 2022;4:fcac312)、発作再発と機能予後悪化との関連性 (Neurology. 2022;99:e376-e384)を明らかにし、国際誌上で報告しました。また、脳卒中後てんかんの国際共同研究班に代表として加盟し、12月3日のInternational Post Stroke Epilepsy Research Consortium (IPSERC、Nashville, USA)にてわれわれの成果を発表しました。

  • ● 認知症の新規治療薬開発を目指す研究
  •  カテコール型フラボノイドであるタキシフォリンが、アミロイド血管症モデルマウスにおいてアミロイドβのオリゴマー化を抑制し、血中へのクリアランスを亢進することを見出しました。脳神経内科ではタキシフォリンの有用性を臨床研究で検討し、タキシフォリン摂取患者は、5~6か月の間で視空間認知機能、遂行機能を中心に有意な改善を認め、現在論文投稿中です。
     無症候性頸動脈狭窄/閉塞症は、認知機能低下を発症させる血管性認知障害の原因の1つです。レスベラトロールは、「長寿遺伝子」SIRT1を活性化させて多面的作用を介して認知機能を改善させることが想定されますが、無症候性頸動脈狭窄/閉塞症患者において、レスベラトロールの摂取は、脳血流量増大と認知機能改善と有意に関連することが判明し、現在論文投稿中です。この結果に基づいて、来年度に特定臨床研究を開始する予定です。

2022年の主な研究成果
  • 東アジア人特有の特徴を有する「RNF213関連血管症」という新たなる疾患概念を提唱し、総説に報告した (Lancet Neurol)。
  • 脳表シデローシスが脳卒中後てんかんの最大のリスク因子であり、その因子を用いたリスクモデルの有用性を示した (Ann Neurol)。
  • 脳波上のInterictal epileptiform dischargesが脳卒中後てんかんの再発と関連することを発表した (Brain Commun)。
  • 血中アドレノメデュリンが脳梗塞の診断、およびペナンブラの推定に有用であることを報告した (Brain Pathol)。
  • 非運動起始発作を呈する脳卒中後てんかん患者の臨床的・画像的特徴を明らかにした (Epilepsia)。
  • 脳卒中後てんかんの発作再発が機能予後不良と関連することを報告した (Neurology)。
  • 非弁膜症性心房細動を有する高齢脳卒中/TIA既往群は脳卒中/TIA非既往と比べて、虚血性および出血性イベントを発症することが多かった (Stroke)。
  • RNF213遺伝子p.R4810K多型保有例に対して脳血管内治療を施行した場合、非保有例と比べて有意に術中再閉塞及び術後再閉塞が多いことが判明した (SVIN)。
  • RNF213遺伝子p.R4810K多型保有例は、超音波検査により測定した頚動脈血管径の細小化と関連することが判明した (SVIN)。
  • 頭蓋内動脈狭窄を有するRNF213遺伝子p.R4810K多型保有例は非保有例よりもアテローム性動脈硬化リスク因子が少なかったことが判明した (J Atheroscler Thromb)。
  • RNF213遺伝子p.R4810K多型保有例は頭蓋内動脈狭窄進行のリスクを高めることが判明した (Neurol Genet)。
  • RAMESESS研究のプロトコールペーパーを発表した (Front Neurol)。
  • 脳アミロイロイド血管症では補体経路が活性化していることを発表した (JAD)。
  • 急性期梗塞患者を対象にアドレノメデュリンを投与する医師主導治験の患者登録を終了し、60名の登録を完遂した(AMED研究)。
  • CADASIL患者を対象にアドレノメデュリンを投与する医師主導治験の患者登録を終了し、60名の登録を完遂した(AMED研究)。