分子病態部
研究活動の概要
循環器疾患の克服に向けて、部員が協力し合い、分子レベルから個体レベルまで幅広い手法を用いて研究を進めている。テーマは主に、A. 止血および血栓形成に関する研究、B. 循環器疾患に関連する細胞機能に関する研究、C. 脂質異常症の病態解明・治療法開発に関する研究である。
- 止血および血栓形成に関する研究
- 血栓性血小板減少性紫斑病に関する研究
血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura; TTP)は多数の細小血管に血小板血栓が生じる難病である。血漿タンパク質von Willebrand因子(VWF)を切断する酵素ADAMTS13の活性が失われることで、超高分子量VWFマルチマーが増加し、血小板の過剰凝集につながる。我々は、ADAMTS13遺伝子解析、活性測定法開発、構造機能解析、遺伝子改変マウス作製・解析などを行ってきた。先天性TTP患者の遺伝子解析における日本の拠点施設として、奈良県立医科大学と協同してこれまで約60家系を解析している。 - 静脈血栓塞栓症および血栓性素因に関する研究
静脈血栓塞栓症の発症には遺伝的背景が関わっている。我々は、日本人の約55人に1人の頻度で見られるプロテインS-K196Eバリアントが静脈血栓塞栓症のリスク要因であることを明らかにし、日本人特有のバリアントであること、それが影響をもたらす分子機構などを報告してきた。現在、血栓症に対する新たな診断法の開発を進めている。 - 後天性von Willebrand症候群に関する研究
VWFは止血初期段階の血小板凝集において重要な血漿タンパク質である。
巨大マルチマー構造を形成し、その分子サイズが大きいほど血小板凝集能は高い。
種々の機構でVWFの活性は調節されており、VWFの活性低下は出血性疾患の原因となる。近年、大動脈弁狭窄症や補助人工心臓装着の患者に見られる重篤な消化管出血に後天性von Willebrand症候群(acquired von Willebrand syndrome; AVWS)が関与すると考えられるようになってきたが、その機序は十分に分かっていない。現在、AVWSにおけるVWFマルチマーの動態と出血の関連性についての多施設共同研究を行っている。 - 循環器疾患に関連する細胞機能に関する研究
- 小胞体ストレスに関する研究
我々は、血管内皮障害で発現誘導されるタンパク質としてHerp等を発見し、これらに関する研究を継続している。Herpは小胞体ストレスで強く発現誘導される小胞体膜タンパク質であり、主に小胞体関連分解(endoplasmic reticulum-associated degradation; ERAD)で機能する。小胞体ストレスは虚血や動脈硬化、糖尿病などで見られる現象である。Herp、Derlin-1、Derlin-3各欠損マウスの表現型を解析し、これらの機能解明に向けた研究を継続している。 - 血管内皮細胞Weibel-Palade小体に関する研究
VWFは血小板による止血反応を担う中心的な分子であり、血液中のVWF機能が低下するとvon Willebrand病(VWD)やAVWSなどの出血症につながる。血管内皮細胞で合成されたVWFは、Weibel-Palade小体(WPB)と呼ばれる血管内皮細胞特有のオルガネラに貯蔵され、適時に血液中へ分泌される。WPBはゴルジ体で形成される分泌顆粒の一種であるが、その形成機構は不明である。我々は血管内皮細胞のWPBにプロトンポンプVacuolar H+-ATPase(V-ATPase)が局在することを見出した。WPBの形成および機能におけるV-ATPaseの役割を解明するための研究を進めている。 - 血液凝固関連タンパク質のクリアランスに関する研究
血中タンパク質には、プロテアーゼによる分解で代謝されるものと、細胞表面受容体を介してエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれるものがある。我々は、血液凝固関連タンパク質のクリアランスに関与する受容体を同定する研究を行っている。これまでにADAMTS13およびVWFのクリアランス受容体の候補として、白血球膜上に発現するシアル酸結合免疫受容体Siglecファミリーに属するSiglec-5およびSiglec-14を同定した。
両者は好中球やマクロファージで高発現していることから、取り込みによる免疫機能への影響も調べている。また、ヒトSiglec遺伝子全15種の発現ベクターを構築し、各Siglec発現細胞とリガンドの結合を調べる系で、ADAMTS13やVWF以外の血液凝固関連タンパク質のSiglecへの結合を調べている。 - プロテインSによる血液脳関門保護作用に関する研究
プロテインSは、抗凝固作用以外に、構造的ホモログGAS6とともにTAM受容体(TYRO3、AXL、MERTK)へ結合して様々な生理機能を調節する。TYRO3とそのシグナル伝達系は血液脳関門(blood-brain barrier; BBB)を虚血・低酸素による破壊から保護すること、MERTKはBBBの完全性維持に寄与して神経侵襲性ウイルスの感染を防止することが報告されているが、プロテインS/GAS6-TAM軸を介したBBB機能調節の分子機構には不明な点が多い。我々は、マウス脳微小血管内皮細胞において高グルコースで引き起こされる細胞間接着の異常に対し、プロテインSが保護作用を示すことを見出した。現在、その作用に関与するTAM受容体の同定と下流シグナル伝達系の解明を目指している。 - 脂質異常症の病態解明・治療法開発に関する研究
- 家族性高コレステロール血症のガイドライン作成に関する研究
動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022に家族性高コレステロール血症(FH)の項目を作成するために、FHガイドライン検討委員長として、基盤データを整備するとともに、ガイドライン作成を行い、来年度の発表の準備を行っている。 - 家族性高コレステロール血症の遺伝子解析に関する研究
当センターのFH患者1500例について、遺伝子解析を行い、臨床診断に役立てるとともに、その病態への関与を明らかにしてきた。今年度は、FH診断基準作成のため、金沢大学との共同研究を行った。また、アキレス腱の厚さを超音波で測定する方法を確立した。
さらに、エラストグラフィーによりアキレス腱の柔らかさを測定し、柔らかさの因子を加えることの意義についても研究している。当センター心臓内科との共同研究で、遺伝子解析による予後予測についての研究を行っている。 - 家族性高コレステロール血症ホモ接合体の国際共同研究
FHホモ接合体は、100万人に1人の頻度で存在する希少難病である。希少であるが故にコホートが少なく、病態が明らかにされていない部分がある。歴史的にはLDLアフェレシスという治療法が国循で開発され、現在、多くの国で使用されている。近年は、PCSK9抗体医薬、MTP阻害薬などが開発され、FHホモ接合体においてもLDL-C値を低下させることが可能になってきた。そこで、世界のFHホモ接合体specialistがHomozygous Familial Hypercholesterolaemia International Clinical Collaboratorsというグループを作成して登録研究を行っており、斯波は中心メンバーの1人である。 - 原発性脂質異常症調査研究
2018年より、厚労省難治性疾患政策研究事業「原発性脂質異常症に関する調査研究」の班長として脂質異常症難病研究を指揮している。脂質異常症難病の病態把握のため、家族性高コレステロール血症ホモ接合体、シトステロール血症、原発性高カイロミクロン血症、タンジール病、無βリポタンパク血症、脳腱黄色腫症、LCAT欠損症全疾患のレジストリーであるPROLIPIDを運営している。さらに、脂質異常症難病7疾患の英文総説作成、関連学会でのシンポジウムや教育講演、市民公開講座、HP作成などを通して、啓発活動を行い、難病患者の予後改善に貢献することを目的として活動している。 - 新規架橋型人工核酸搭載アンチセンス医薬の開発apoC-III
これまで脂質異常症難病を対象として、アンチセンスを用いた新しい治療薬の開発を行ってきた。本研究はAMED「橋渡し研究戦略的推進プログラム・シーズB」の支援を受けながら、非臨床および臨床試験における用法・用量を検討することを目的とした非ヒト霊長類の試験を、2019年に設立された当センター発ベンチャーであるリードファーマ株式会社と共同で進めている。
2021年の主な研究成果
- 止血および血栓形成に関する研究
- 血栓性血小板減少性紫斑病に関する研究
これまでに引き続き、先天性TTP患者のADAMTS13遺伝子解析を行い、国内外で未報告のバリアントを複数同定するとともに、診断に対するサポートを行った。また、厚労科研費研究班のメンバーとして、TTP診療ガイド2020の改定版作成に取り組んでいる。
さらに、従来法で原因バリアントを同定できていない患者家系に対し、Nanoporeを用いたロングリードシーケンシング法による解析を進めた。昨年度は、ADAMTS13遺伝子全長約45kbpの領域を、一部重複領域をもつ6個のPCR産物(5-10 kb)でカバーする条件で実施し、従来法で同定済みの欠失バリアントを同定できることを確認した。しかし、遺伝子全長を1対のハプロタイプブロックでカバーできなかったため、バリアント検出能のさらなる向上を目指して、PCRデザインの再編等を行った。PCR産物をより長く、重複領域を増やす検討を重ねたところ、20-30 kbを得るPCRでは酵素の能力限界を超えており十分な収量を得られなかったが、15 kbを得るPCRは実用的であることがわかった。
さらに、Nanoporeの標準プロトコールを改変して良好なライブラリーの調製に成功し、これまでの約10倍量のデータを得た。現在、リードクオリティによる選別方法の洗練とパイプラインの構築を進めている。 - 静脈血栓塞栓症および血栓性素因に関する研究
静脈血栓塞栓症の遺伝的要因として、プロテインS-K196Eバリアントがある。
日本人によく見られるリスクバリアントであり、その有無を知ることは血栓症予防の点で重要である。我々は、遺伝子解析を行わずにバリアントの有無を判別できる検査法を確立したので(特許出願済)、知的資産部および国内企業と協同して、臨床検査現場での実用化を視野に入れた共同研究を進めている。これと平行して、静脈血栓塞栓症の原因となる遺伝子バリアントの探索を進めている。プロテインS遺伝子およびトロンボモジュリン遺伝子に希少なタイプの原因バリアントを同定することに成功したため、それぞれ、Haematologica誌およびBlood Advances誌に論文発表した。また、血栓形成傾向を調べるための新たな検査法の開発を進め、現在、その原理の特許申請を準備している。 - 後天性von Willebrand症候群(AVWS)に関する研究
AVWSの病態解析に必要となる超高分子量タンパク質VWFマルチマーの動態を正確に分析することを目的として、東北大学および奈良県立医科大学と協同し、VWFマルチマー解析法を標準化し、その方法を用いた臨床検体の解析を進めている。大動脈弁狭窄症および左室補助循環装置(LVAD)装着患者が解析対象である。定血漿量解析は完了しており、今年度は定抗原量解析を進め、当部で担当する約1300検体の解析を完了した。今後、解析結果と臨床データを照合し、その有用性を比較する。また、VWFマルチマーの特性と分子機能をさらに明らかにし、AVWSの病態との関連を理解することを目的として、VWFマルチマーの生化学的解析を進めた。その過程で、世界で最も良く使われているVWF抗体がフィブロネクチンに強く交差することや、精製フィブロネクチンで吸着することで交差成分を除去できることを見出した。この交差性について広く周知する必要があると考え、Research and Practice in Thrombosis and Haemostasis誌に論文発表した。 - 循環器疾患に関連する細胞機能に関する研究
- 小胞体ストレスに関する研究
低酸素ストレスに対して脆弱性を示すHerpおよびDerlin-3欠損マウスを利用し、HerpおよびDerlin-3が関与する小胞体ストレス応答および小胞体関連タンパク質分解(ERAD)の研究を継続している。Herp欠損マウスおよびDerlin-3欠損マウスは、心臓の収縮異常による機能低下を示す一方、さらにストレス脆弱性を解析したところ、Derlin-3欠損マウスにおいて、血中脂質レベル異常および血中免疫グロブリンG(IgG)量低下を見出した。
今年度は、血中IgG量の低下に関する解析を実施した。Derlin-3ヘテロ欠損同士の交配で得られた同腹仔(野生型、ヘテロ欠損、ホモ欠損)から回収した血清IgG量を解析したところ、野生型に比べてヘテロ欠損およびホモ欠損でIgG量は低下していた。そこで、IgG量低下がB細胞の分化異常(抗体産生細胞である形質細胞の減少等)に起因する可能性について解析を開始した。今年度は、解析個体数の確保のため、C57BL/6系統のDerlin-3欠損マウスにICR系統を交配して得られるF2世代の同腹仔を用いた。これにより、解析可能な産仔数は2倍以上に増加したものの、この遺伝背景では通常飼育下でのIgG量低下が見られないことが分かった。そこで、抗原刺激による影響を検討することとし、現在、実験条件の検討を開始したところである。 - 血管内皮細胞Weibel-Palade小体に関する研究
WPBはゴルジ体で形成され、細胞辺縁部に輸送され成熟する。我々はヒト臍帯静脈内皮細胞HUVECにおいて、プロトンポンプV-ATPaseがWPBに局在していることを見出し、その生理的意義の解明を目的に研究を進めている。V-ATPaseは多数のサブユニットから構成される複合体である。昨年度までにV0aサブユニットのアイソフォームのうちV0a1とV0a2は異なる集団のWPBに局在すること明らかにした。V0a2はゴルジ体で新たに形成されるWPBに局在するのに対し、V0a1は細胞辺縁部に局在する。shRNAを用いてそれぞれのアイソフォームを枯渇したところ、V0a1枯渇細胞ではWPBはゴルジ体近傍に蓄積した。V0a1はWPBのゴルジ体からの分離(膜分離)に必要な分子ではないかと考え、既知の膜分離制御因子をスクリーニングした。その結果、WPBのゴルジ体からの膜分離にはprotein kinase D(PKD)活性が不可欠であることが判明した。さらに、V0a1枯渇細胞にPKDを導入してもWPBはゴルジ体近傍に蓄積したままであることが明らかとなった。本成果はeLife誌に原著論文として発表した。 - 血液凝固関連タンパク質のクリアランスに関する研究
これまでに、ADAMTS13およびVWFがSiglec-5発現細胞およびSiglec-14発現細胞にエンドサイトーシスによって取り込まれること、取り込みがシアル酸非依存的であること、Siglec-5/14のN末端側領域のV-setドメインがADAMTS13およびVWF両方の取り込みに必須であることを明らかにした。今年度は、Siglec-5/14を含むヒトSiglec全15種の発現ベクターを構築し、すべてのSiglec発現細胞におけるADAMTS13、VWF、プラスミノゲンの取り込みを調べた。その結果、ADAMTS13はSiglec-6発現細胞に、VWFはSiglec-6/9発現細胞に、プラスミノゲンはSiglec-3/5/6/9/14発現細胞に取り込まれることが分かった。プラスミノゲンの取り込みは特にSiglec-14発現細胞において高かった。Siglec-14遺伝子上流の一塩基多型(SNPs)は、プラスミノゲン遺伝子とその周辺領域のSNPsとともに血漿プラスミノゲン濃度と相関することがゲノムワイド関連解析で明らかにされており、Siglec-14が生理的にもプラスミノゲンのクリアランスに関与する可能性が示された。 - プロテインSによる血液脳関門保護作用に関する研究
血液脳関門(BBB)は、糖尿病などの高グルコース血症をもたらす疾患で損傷する。BBB研究で汎用されるマウス脳血管内皮細胞株b.End3を高グルコース条件下で培養すると、通常グルコース濃度での培養に比べて、タイトジャンクションマーカーであるZO-1の分布が断続化するとともに、細胞内アクチン繊維の整列度が下がる。培地に組換えプロテインSを加えると、高グルコース培養で乱れたZO-1の分布・発現レベルとアクチン繊維の配向が、通常培養された細胞の状態に戻る。このプロテインSの保護効果に3種のTAM受容体(TYRO3、AXL、MERTK)のいずれが関与するかを明らかにするため、b.Endo3細胞で特に高発現するMERTKを欠損したb.Ebd3細胞をCRISPR-CAS9系で樹立し、プロテインSの効果を調べた。その結果、MERTK欠損細胞においても野生型細胞と同様の保護効果が観察された。したがって、保護効果はAXLもしくはTYRO3を介することが示唆されるが、AXLは優先的にGAS6に結合しプロテインSにほとんど結合しないこと、b.End3細胞はTYRO3を発現していること、虚血・低酸素からのBBB保護作用はTYRO3が担っていることから、TYRO3の関与の可能性が高い。そこで現在、TYRO3欠損細胞を樹立し、プロテインSの効果を調べている。また、b.End3細胞はプロテインSを内在的に発現するため、その発現の影響を除くためのプロテインS欠損細胞も樹立している。 - 脂質異常症の病態解明・治療法開発に関する研究
- 家族性高コレステロール血症(FH)のガイドライン作成に関する研究
動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022の家族性高コレステロール血症の項目を作成するために、成人家族性高コレステロール血症ガイドライン検討委員会、および小児家族性高コレステロール血症ガイドライン検討委員会が立ち上がり、いずれも斯波が委員長を務めている。それぞれの診断基準および診療指針について検討を重ねて完成し、日本動脈硬化学会理事会の承認を得た。今後、パブリックコメントを経て、本年7月に正式に発表される予定である。また、上記診断基準を作成するにあたり、当センターと金沢大学との共同研究で、遺伝子解析にて確定診断を下されているFH患者群を解析して、X線によるアキレス腱の厚さのカットオフ値を最適化し、論文発表を行った(Tada, Hori, Matsuki, Harada-Shiba JAT 2021)。また、日本アフェレシス学会のガイドライン委員として、循環器疾患領域のアフェレシスに関する項目のガイドライン作成を行い、論文発表した(Abe et al, Ther Apher Dial. 2021)。 - 家族性高コレステロール血症(FH)の遺伝子解析に関する研究
当センターのFH患者1500例について、既に遺伝子解析を行い、臨床診断に役立てるとともに、その病態への関りを明らかにしてきた。今年度は、欧州動脈硬化学会との共同研究で、全世界のFHヘテロ接合体の病態を明らかにして、論文報告を行った(EAS Familial Hypercholesterolaemia Studies Collaboration (FHSC). Lancet 2021) 。また、欧州のグループとの共同研究で、子供および青年期のFHのリスクについてのposition paperを発表した(Bjelakovic B, et al J Clin Med, 2021)。当センター心臓内科との共同研究で、遺伝子診断された 269名の FH 患者において、LDLR・PCSK9遺伝子のダブルヘテロバリアントを有する患者の生涯リスクを明らかにし、LDLR、PCSK9単独のバリアントを有する例に比べ、生涯リスクが極めて高いことを明らかにして、論文報告した (Doi, Hori, Harada-Shiba, JAHA 2021)。これらの成果より、日本人だけでなく、国際的なFHの病態解明に、重要な役割を果たせたといえる。
ACSを起こした患者の中で、FHがどの程度寄与するかについて、以前より議論があったが、国内で多施設共同研究(EXPLORE-J)を立ち上げ、ACS患者2000例の登録を行った。
全例においてアキレス腱X線撮影を行い、若年発症ACS患者においてFHの割合が高いことを明らかにしてきた。今年度は、EXPLORE-Jに登録されたACS患者において、2年間のフォローアップで、LDL-C値のコントロールが十分でないこと(Nakamura M, et al, J Atherosclr Thromb 2021)、遺伝子解析が可能であった400例について解析を行い、遺伝子的にFHと確定診断された患者のほとんどが、現在のFHの診断基準において診断できないことが明らかになった(Harada-Shiba m, et al, J Athersclr Throm 2021)。
FHにおいてアキレス腱肥厚は診断基準の必須項目である。これまでの診断基準では、X線による評価を用いられていた。我々は、超音波を用いて定量が可能であることを明らかにしてきた。本年においては、エラストグラフィーを用いて、柔らかさを数値化し、FHのアキレス腱は柔らかいこと、柔らかさの因子を加えることで、さらに感度が高くなることを報告した(Michikura M, et al, JACC Cardiovasc Imaging 2021)。また、アキレス腱が柔らかいほど、冠動脈リスクが高いことも報告した(Michikura M, et al, J Atherosclr Thromb, 2021)。 - 家族性高コレステロール血症(FH)ホモ接合体の国際共同研究
全世界におけるFHホモ接合体の病態を明らかにする、国際共同研究(Homozygous Familial Hypercholesterolaemia International Clinical Collaboration)を行い、我々はその中心的な役割を果たしてきた。38か国から751例のFHホモ接合体患者を登録し、75%は、LDL受容体経路に関わる遺伝子2つにバリアントを有していた。92%がスタチン、39%がLDLアフェレシス治療を施行され、high income country(HIC)とnon high income country(NHIC)をくらべると、HICでよりLDL-C値は良好にコントロールされ、心血管イベントも、13年ほど遅く起こっていたことが明らかになった(Tromp TR, et al, Lancet 2022)。今後は、このコホートについて、サブ解析を計画している。 - 原発性脂質異常症調査研究
厚生労働省難治性疾患政策研究事業「原発性脂質異常症に関する調査研究」について、斯波は2018年より研究代表者として脂質異常症難病研究に携わっている。今年度は、脂質異常症難病7疾患それぞれについて、英文総説を発表した。家族性高コレステロール血症ホモ接合体(Nohara A et al, J Atherosclr Thromb 2021)、シトステロール血症(Tada H, et al, J Atherosclr Thromb 2021)、原発性高カイロミクロン血症(Okazaki H, et al, J Atherosclr Thromb 2021)、タンジール病(Koseki M, et al, J Atherosclr Thromb 2021)、無βリポタンパク血症(Takahashi M, et al, J Atherosclr Thromb 2021) 、脳腱黄色腫症(Koyama S, et al, J Atherosclr Thromb 2021) 、LCAT欠損症(Kuroda M, et al, J Atherosclr Thromb 2021)である。さらに、脂質異常症難病全疾患のレジストリーを開始し、PROLIPID研究として、プロトコル論文を発表した(Tada H, et al, J Atherosclr Thromb 2021)。また、家族性低βリポタンパク血症ホモ接合体を新しい脂質異常症難病として診断基準、疾患概要を作成し、厚生労働省に提出し、本年、指定難病となった。 - 新規架橋型人工核酸搭載アンチセンス医薬の開発 apoC-III
我々は、これまで脂質異常症難病を対象として、アンチセンスを用いた新しい治療薬の開発を行ってきた。PCSK9、アポC3を標的とした研究開発を進めてきており、既にカニクイザルを用いて薬効の確認を終えている。本研究はAMED「橋渡し研究戦略的推進プログラム・シーズB」の支援を受け、今年度は、非臨床および臨床試験における用法・用量を検討することを目的に非ヒト霊長類に対する反復投与試験を実施し、その結果から0.3〜1 mg/kgで2週または1ヶ月に一回の皮下投与の用法が推定された。原薬については、当センター発ベンチャーであるリードファーマ株式会社が製造法や分析法の検討を進めており、臨床試験に向けて同社と共同で開発を進めている。
研究業績
- Watanabe A, Hataida H, Inoue N, Kamon K, Baba K, Sasaki K, Kimura R, Sasaki H, Eura Y, Ni WF, Shibasaki Y, Waguri S, Kokame K, Shiba Y. Arf GTPase-activating proteins SMAP1 and AGFG2 regulate the size of Weibel-Palade bodies and exocytosis of von Willebrand factor. Biology Open. 10, bio058789, 2021.
- Osada M, Maruyama K, Kokame K, Denda R, Yamazaki K, Kunieda H, Hirao M, Madoiwa S, Okumura N, Murata M, Ikeda Y, Watanabe K, Tsukada Y, Kikuchi T. A novel homozygous variant of the thrombomodulin gene causes a hereditary bleeding disorder. Blood Advances. 5, 3830-3838, 2021.
- Sakai K, Fujimura Y, Miyata T, Isonishi A, Kokame K, Matsumoto M. Current prophylactic plasma infusion protocols do not adequately prevent long-term cumulative organ damage in the Japanese congenital thrombotic thrombocytopenic purpura cohort. British Journal of Haematology. 194, 444-452, 2021.
- Ogura M, Toyoda Y, Sakiyama M, Kawamura Y, Nakayama A, Yamanashi Y, Takada T, Shimizu S, Higashino T, Nakajima M, Naito M, Hishida A, Kawai S, Okada R, Sasaki M, Ayaori M, Suzuki H, Takata K, Ikewaki K, Harada-Shiba M, Shinomiya N, Matsuo H. Increase of serum uric acid levels associated with APOE epsilon 2 haplotype: a clinico-genetic investigation and in vivo approach. Human Cell. 34, 1727-1733, 2021.
- Doi T, Hori M, Harada-Shiba M, Kataoka Y, Onozuka D, Nishimura K, Nishikawa R, Tsuda K, Ogura M, Son C, Miyamoto Y, Noguchi T, Shimokawa H, Yasuda S. Patients With LDLR and PCSK9 Gene Variants Experienced Higher Incidence of Cardiovascular Outcomes in Heterozygous Familial Hypercholesterolemia. Journal of the American Heart Association. 10, e018263, 2021.
- Kuyama N, Kataoka Y, Takegami M, Nishimura K, Harada-Shiba M, Hori M, Ogura M, Otsuka F, Asaumi Y, Noguchi T, Tsujita K, Yasuda S. Circulating Mature PCSK9 Level Predicts Diminished Response to Statin Therapy. Journal of the American Heart Association. 10, e019525, 2021.
- Vallejo-Vaz AJ, Stevens CAT, Lyons ARM, Dharmayat KI, Freiberger T, Hovingh GK, Mata P, Raal FJ, Santos RD, Soran H, Watts GF, Abifadel M, Aguilar-Salinas CA, Alhabib KF, Alkhnifsawi M, Almahmeed W, Alnouri F, Alonso R, Al-Rasadi K, Al-Sarraf A, Al-Sayed N, Araujo F, Ashavaid TF, Banach M, Beliard S, Benn M, Binder CJ, Bogsrud MP, Bourbon M, Chlebus K, Corral P, Davletov K, Descamps OS, Durst R, Ezhov M, Gaita D, Genest J, Groselj U, Harada-Shiba M, Holven KB, Kayikcioglu M, Khovidhunkit W, Lalic K, Latkovskis G, Laufs U, Liberopoulos E, Lima-Martinez MM, Lin J, Maher V, Marais AD, Marz W, Mirrakhimov E, Miserez AR, Mitchenko O, Nawawi H, Nordestgaard BG, Panayiotou AG, Paragh G, Petrulioniene Z, Pojskic B, Postadzhiyan A, Raslova K, Reda A, Reiner Z, Sadiq F, Sadoh WE, Schunkert H, Shek AB, Stoll M, Stroes E, Su TC, Subramaniam T, Susekov AV, Tilney M, Tomlinson B, Truong TH, Tselepis AD, Tybjaerg-Hansen A, Cardenas AV, Viigimaa M, Wang LY, Yamashita S, Tokgozoglu L, Catapano AL, Ray KK. Global perspective of familial hypercholesterolaemia: a cross-sectional study from the EAS Familial Hypercholesterolaemia Studies Collaboration (FHSC). The Lancet. 398, 1713-1725, 2021.
- Yamamoto T, Mukai Y, Wada F, Terada C, Kayaba Y, Oh K, Yamayoshi A, Obika S, Harada-Shiba M. Highly Potent GalNAc-Conjugated Tiny LNA Anti-miRNA-122 Antisense Oligonucleotides. Pharmaceutics. 13, 817, 2021.
- Maruyama K, Kokame K. Carrier frequencies of antithrombin, protein C, and protein S deficiency variants estimated using a public database and expression experiments. Research and Practice in Thrombosis and Haemostasis. 5, 179-186, 2021.
- Eura Y, Kokame K. Commonly used anti-von Willebrand factor antibody for multimer analysis cross-reacts with fibronectin, which is difficult to distinguish from von Willebrand factor. Research and Practice in Thrombosis and Haemostasis. 5, e12598, 2021.
- Yamazaki Y, Eura Y, Kokame K. V-ATPase V0a1 promotes Weibel-Palade body biogenesis through the regulation of membrane fission. eLife. 10, e71526, 2021.
- Abe T, Matsuo H, Abe R, Abe S, Asada H, Ashida A, Baba A, Eguchi K, Eguchi Y, Endo Y, Fujimori Y, Furuichi K, Furukawa Y, Furuya M, Furuya T, Hanafusa N, Hara W, Harada-Shiba M, Hasegawa M, Hattori N, Hattori M, Hidaka S, Hidaka T, Hirayama C, Ikeda S, Imamura H, Inoue K, Ishizuka K, Ishizuka K, Ito T, Iwamoto H, Izaki S, Kagitani M, Kaneko S, Kaneko N, Kanekura T, Kitagawa K, Kusaoi M, Lin Y, Maeda T, Makino H, Makino S, Matsuda K, Matsugane T, Minematsu Y, Mineshima M, Miura K, Miyamoto K, Moriguchi T, Murata M, Naganuma M, Nakae H, Narukawa S, Nohara A, Nomura K, Ochi H, Ohkubo A, Ohtake T, Okada K, Okado T, Okuyama Y, Omokawa S, Oji S, Sakai N, Sakamoto Y, Sasaki S, Sato M, Seishima M, Shiga H, Shimohata H, Sugawara N, Sugimoto K, Suzuki Y, Suzuki M, Tajima T, Takikawa Y, Tanaka S, Taniguchi K, Tsuchida S, Tsukamoto T, Tsushima K, Ueda Y, Wada T, Yamada H, Yamada H, Yamaka T, Yamamoto K, Yokoyama Y, Yoshida N, Yoshioka T, Yamaji K. The Japanese Society for Apheresis clinical practice guideline for therapeutic apheresis. Therapeutic Apheresis and Dialysis. 25, 728-876, 2021.
- Bjelakovic B, Stefanutti C, Reiner Ž, Watts GF, Moriarty P, Marais D, Widhalm K, Cohen H, Harada-Shiba M, Banach M. Risk Assessment and Clinical Management of Children and Adolescents with Heterozygous Familial Hypercholesterolaemia. A Position Paper of the Associations of Preventive Pediatrics of Serbia, Mighty Medic and International Lipid Expert Panel. Journal of Clinical Medicine. 10, 4930, 2021.
- Terada C, Wada F, Uchida M, Yasutomi Y, Oh K, Kawamoto S, Kayaba Y, Yamayoshi A, Harada-Shiba M, Obika S, Yamamoto T. Programmed Instability of Ligand Conjugation Manifold for Efficient Hepatocyte Delivery of Therapeutic Oligonucleotides. Nucleic Acid Therapeutics. 31, 404-416, 2021.
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