病態代謝部
研究活動の概要

 病態代謝部においては循環器疾患の克服を目的として、重篤な循環器疾患発症の基礎となる脂質代謝異常およびその結果である動脈硬化症の発症機序や病態生理を解明し、有効な診断法・治療法の開発に関わる研究を、循環器および代謝内科学、分子生物学、材料工学、薬学、生化学、細胞生物学などの知識・技術を用いて実施している。人事では、部長であった斯波が定年退官し、分子病態部の非常勤職員となった他、流動研究員の山本が5月末に退職(千葉大学へ)、室長だった堀が6月末に退職(名古屋大学へ)、上級研究員だった松木が9月末に退職(弘前大学へ)した。現在は分子病態部の小亀部長が併任部長を務めている。

 病態代謝部では、若年性冠動脈疾患を高率に合併する遺伝性脂質代謝異常症である家族性高コレステロール血症(FH)の臨床研究とそれに基づく診療指針の作成を行ってきた。FH及びFH疑いに対する遺伝子解析は1500例を超え、金沢大学と共同でわが国のFH患者におけるLDLR遺伝子バリアントの意義付けを行い(J Clin Lipidol, 2020)、比較的良性の経過をとるバリアントの発見(Lipids Health Dis, 2020)、本邦で初めてとなるAPOB遺伝子の病原性変異家系の報告(J Clin Lipidol, 2020)を実施した。また当院心臓血管内科と共同でFHの診断に役立てるとともに遺伝子解析結果による重症群の選別を行っている。またFHにおいて、HDL機能が独立した動脈硬化性心血管疾患のリスクになることを報告しており、HDL機能の低下と動脈硬化重症度の両方に関与する因子としてHDL上のリン脂質をリゾ化するホスフォリパーゼA2を見出している。また食品成分からHDL機能を改善する成分を検索している。斯波は家族性高コレステロール血症ガイドライン作成委員会の委員長、松木は事務局として動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022の作成に携わり、新しい診断基準や診療指針の作成に携わっている。斯波は厚生労働省難治性疾患政策事業原発性高脂血症調査研究班班長、小倉は事務局・班員として、FHを含む脂質異常症難病の診断基準・診療指針作成を行っている。

 循環器疾患に関係するタンパク質を対象として主としてSPring-8を用いた放射光X線結晶構造解析法によって、原子分解能でのタンパク質の分子構造と活性相関の解明を進めている。それによりタンパク質分子異常に起因する病因の理解と将来の創薬への基盤づくりを目指している。

2020年の主な研究成果
  1. 家族性高コレステロール血症(FH)の臨床研究-遺伝子解析等による重症度解析-
     本年度は、金沢大学と国循のLDLR遺伝子解析データを合併し、日本人特有バリアントのアノテーションリストを作成し、バリアントの地域差について論文として発表した (J Clin Lipidol, 2020)。他に比較的良性の経過をとるバリアントの発見と報告(Lipids Health Dis, 2020)、本邦で初めてとなるAPOB遺伝子の病原性変異家系の報告(J Clin Lipidol, 2020)を実施した。当部では、FH遺伝子変異による冠動脈疾患の層別化を目的とし、多方面から解析を実施している。当院の心臓血管内科との共同研究で、国際学会が定める「重症FH」の概念に当てはまる患者の頻度や心血管リスクを明らかにした(論文投稿中)。またLDLR・PCSK9遺伝子のダブルヘテロ変異を有する患者では、LDL-コレステロール値は管理されているにもかかわらず予後不良であること、さらに生涯リスクが極めて高いことを報告した(JAHA, in press)。

  2. 超音波を用いたFHのアキレス腱評価に関する臨床研究
     FHにおいては、アキレス腱肥厚は良く知られているが、わが国ではX線軟線撮影法による厚さの定量化が従来実施されてきた。しかし、一般医家にとってX線撮影は設備や撮影条件の煩雑さからハードルが高く、FHの診断率の増加の障害となっていた。病態代謝部では超音波法を用いたアキレス腱の厚さの測定法を標準化し、FHの診断カットオフ値を設定してきた。今年度は超音波エラストグラフィによりその軟らかさについて検討を行い、厚さに軟らかさを加えることで、より診断の感度が上がることを明らかにした(JACC Cardiovasc Imaging, in revision)。

  3. 高比重リポ蛋白(HDL)の機能に関する臨床研究
     善玉リポ蛋白と考えられているHDLの機能測定系を確立した。現在、センター内外で共同研究を進めており、HDL機能の臨床的意義について検討を進めている。HDL機能を低下させる因子としてHDL中リン脂質に占めるリゾフォスファチジルコリンの含有率が重要であることを見出し、フォスファチジルコリンをリゾ化するホスフォリパーゼA2のうち、動脈硬化の重症度とコレステロール引き抜き能低下に共通して特定の酵素を見出した。

  4. 血中尿酸値を低下させる食品成分の探索
     ポッカ・サッポロフード&ビバレッジ株式会社との共同研究で血中尿酸値を低下させる食品成分の探索およびそのメカニズム解明を実施している。今年度は、昨年度に見出したキサントフモール(ビールの苦み成分であるホップに含まれる)の血清尿酸値低下作用のメカニズム検討として、体内での代謝産物2種が尿酸排泄トランスポーターの輸送活性に影響することを明らかにした(論文執筆中)。

  5. HDL機能やコレステロール逆転送系を改善する食品成分の探索
     ポッカ・サッポロフード&ビバレッジ株式会社(レモンポリフェノール)および京都大学・長瀬産業(ω3脂肪酸微生物代謝産物)との共同研究でHDL機能やコレステロール逆転送系を改善する食品成分の探索およびそのメカニズム解明を実施している。放射性コレステロールで標識したマクロファージからのコレステロール引き抜き反応を活性化させる測定系でスクリーニングを実施し、今年度はレモンポリフェノール成分がHDLによるコレステロール搬出反応に関わるABCトランスポーター発現を制御するmicroRNAを調節していることを明らかにした(論文執筆中)。また基質であるω3脂肪酸(αリノレン酸、EPA、DHA)ではなく、腸内細菌等が有する酵素で処理した複数の脂肪酸代謝産物がコレステロール搬出反応の促進、引き抜き反応に関わるABCトランスポーター発現を増加するものを見出した。

  6. 循環器疾患関連タンパク質の構造生理学的研究
     ADAMプロテアーゼは約200アミノ酸残基からなるプロドメイン(PD)が結合した不活性型として発現し、細胞膜上でPDが外れることで活性型プロテアーゼとして、様々な膜タンパク質の切断遊離に関与する。PDの新規結晶構造を基にした変異体解析により、PD乖離による分子活性化機構とPDによる阻害機構の解明を進めている。

研究業績
  1. Ota-Kontani A, Hirata H, Ogura M, Tsuchiya Y, Harada-Shiba M. Comprehensive analysis of mechanism underlying hypouricemic effect of glucosyl hesperidin. Biochemical and Biophysical Research Communications. 521, 861-867, 2020.
  2. Tada H, Hori M, Nomura A, Hosomichi K, Nohara A, Kawashiri M, Harada-Shiba M. A catalog of the pathogenic mutations of LDL receptor gene in Japanese familial hypercholesterolemia. Journal of Clinical Lipidology. 14, 346-351.e9, 2020.
  3. Hori M, Takahashi A, Son C, Ogura M, Harada-Shiba M. The first Japanese cases of familial hypercholesterolemia due to a known pathogenic APOB gene variant, c.10580 G>A: p.(Arg3527Gln). Journal of Clinical Lipidology. 14, 482-486, 2020.
  4. Hori M, Takahashi A, Son C, Ogura M, Harada-Shiba M. The benign c.344G > A: p.(Arg115His) variant in the LDLR gene interpreted from a pedigree-based genetic analysis of familial hypercholesterolemia. Lipids in Health and Disease. 19, 62, 2020.
  5. Yamashita S, Masuda D, Akishita M, Arai H, Asada Y, Dobashi K, Egashira K, Harada-Shiba M, Hirata K, Ishibashi S, Kajinami K, Kinoshita M, Kozaki K, Kuzuya M, Ogura M, Okamura T, Sato K, Shimano H, Tsukamoto K, Yokode M, Yokote K, Yoshida M. Guidelines on the Clinical Evaluation of Medicinal Products for Treatment of Dyslipidemia. Journal of Atherosclerosis and Thrombosis. 27, 1246-1254, 2020.
  6. 小倉 正恒. もっともっとくわしく知りたい!イラストでわかる脂質・脂肪酸・コレステロールのふしぎ 続発性脂質異常症. Nutrition Care. 13, 335 – 338, 2020.
  7. 小倉 正恒. LDL-Cを下げる. そうだったんだ!脂質異常症 治療の新潮流を探る 第2版. 160-173, 2020.
  8. 小倉 正恒. 動脈硬化予防におけるHDL-C値の考え方. Medical View Point. 41, 2-3, 2020.
  9. 小倉 正恒. 家族性高コレステロール血症ホモ接合体の管理. 糖尿病・内分泌代謝科. 51, 157-163, 2020.
  10. 小倉 正恒. ω3脂肪酸と動脈硬化予防. BIO INDUSTRY. 37, 63-72, 2020.
  11. 小倉 正恒. 小児や妊娠可能女性の家族性高コレステロール血症はどのように管理すればよいですか? jmedmook あなたも名医!評価・処方の“いま”を押さえる 見直し!脂質異常症. 145-148, 2020.
  12. 小倉 正恒. HDLはまだ死んでいない. 生物工学会誌. 98, 536-539, 2020.
  13. 松木 恒太. 角膜輪、黄色腫を診たら? jmedmook あなたも名医!評価・処方の“いま”を押さえる 見直し!脂質異常症. 88-92, 2020.